第九話 それは普通に嬉しい

 

 

 

「中華セット? 餃子あるから、それ使うんだろうけど、他に……?」

「チャーハンとスープ……あと適当に何皿か、かな」

「そんなに作れるの!? すごい!」

「え、まあ、はい」


 驚かれたことに大樹は驚いたが、今更かと思い直して苦笑する。


「じゃあ、まずは……米を炊くか」

「あ、お米炊くのなら任せてくれていいわよ!」


 どんっと大きな胸を叩く玲華。


「お、じゃあ、任せましょうかね」

「りょうかーい」


 ご機嫌に返事をして鼻歌を歌いながら、支度を始める玲華を見て大樹も動き出す。


(まずは……キュウリからやっとくか。ポリ袋あそこにあったな……)


 大樹はキュウリを洗って拭くと、取り出したポリ袋に入れる。そして包丁の背で乱雑に袋ごと叩き始める。


「な、なに!? 何してるの……?」


 米を研いでいる玲華が、目を丸くして手元を見ていた。


「ああ、驚かしてすみません。たたいてるだけです」

「たたいてるだけ……?」

「……まあ、出来上がりを楽しみってことで……あ、そうだ如月さん、昆布茶ってあります? 粉の」

「え? あるけど……」

「どこです?」

「えっと、そこ……」


 玲華に示された引き出しを開けて、なかなか上等そうな昆布茶の粉があり、それを一本取り出し、袋の中にパッパと軽く入れる。


「え、ええ!? 昆布茶の粉をキュウリにかけるの!?」

「……食べたら納得できますよ」

「そ、そうなのかしら……?」

「まあ、安心していてくださいよ」


 笑って言うと、玲華は安心したように自分の作業に戻る。

 次に大樹は袋の中に、ごま油、ごま、ラー油、醤油を入れて袋を縛る。そしてその袋を揉んだり振ったりしてから、そのまま冷蔵庫にしまう。

 それから鮭を電子レンジに入れて、じっくり解凍させる。本来なら冷蔵庫に入れてゆっくり解凍したいところだが、それは一日かかるから諦める。

 解凍を待つ間にレタスをランチの時と同様に、ちぎって氷水につけておく。


「先にスープの準備しとくか……如月さん、インスタントの春雨スープありましたよね? それもってきてもらえますか?」

「え? ああ、うん、わかった……」


 どこか落ち込んだように返事するのを不思議に思ったが、すぐに腑に落ちた。


(ああ、誤解してんな。スープがその春雨スープだって)


 苦笑して、大樹は玲華からインスタントの春雨スープを受け取る。この春雨スープは、スープ用の袋と、春雨用の袋と分かれていて、大樹が用があるのは春雨だけである。

 次に鍋に水を入れて、ガスコンロは後で使いたいのでIHのコンロに乗せて火、ではなく電気をつける。見た感じで操作してみたが、玲華に確認すると問題ないそうだ。

 それから鍋に春雨をいれて沸騰するのを待つ。沸騰したら鶏がらスープの素を混ぜ、塩、醤油、オイスターソースを入れる。


(本当に調味料は揃ってるんだよな……)


 軽く味見をして問題なければ、水で溶いた片栗粉を加えて弱めの熱で煮ておく。


「んん……いい匂いがする……」


 玲華が鍋から香る匂いに鼻をスンスンとさせて、顔を綻ばせている。


「もう。スープはインスタントなのかと思ってちょっと残念に思ってたけど、ちゃんと作ってるのね」

「……インスタントがよければ、如月さんだけそちらにしても構いませんよ?」


 大樹がからかい調子で言えば、玲華は断固として拒否の姿勢を示した。


「いーや! 私もそっちのスープがいい!!」


 その必死な様子に大樹は噴出した。


「冗談ですよ。と言うか俺一人で食べるにはちょっと多い量ですからね」

「むう……本当に柳くんっていい性格してるわ」

「褒めていただき、恐悦至極です」

「だから、褒めてないって……くふふっ」


 昼間に同じようなやり取りをしたのを思い出して笑ったのだろう。何故かと言えば大樹もだからだ。

 それから解凍が終わった鮭を、ごま油を引いたフライパンで焼く。


「鮭は焼いたやつをそのまま食べるの?」


 米が炊き上がるのを待つだけでヒマそうな玲華が聞いてきた。


「いえ、そのまま食べはしませんよ。これで焼けたの食っても美味いとは思いますが」

「うん、私が焼いた時よりよっぽど美味しそう」

「ははっ、これでも一応料理人の端くれですから」

「……洋食屋の倅って言ってたわよね? その割に洋食っぽい雰囲気がフレンチトースト以外に無いのだけど……」

「材料の問題もありますが、店で洋食作ってりゃ、家で食うものは店のメニュー以外、つまり洋食以外を選びがちになるからってことですよ。まあ、洋食ほど上手く作れる訳でもないですが、料理自体は好きですから、色々試して作ってきましたよ」

「なるほどー」


 感心した風な玲華を前に、焼けた鮭をフライパンから引き上げて皿に乗せる。そこから身をほぐすと、骨も取り除き、軽く醤油をかけておく。


「……すごく手際いいよね。これだけでなく柳くんが料理してる姿って、テキパキしてるから見てて気持ちいいぐらい」

「……そいつは、普通に嬉しいですね」

「あ、照れた? 後ね、一番は料理してるの楽しそうに見えるんだよね。だからなんか飽きることなくずっと見れちゃう」

「……そうですか」


 真っ直ぐ笑顔で言われて、大樹は普通に照れて顔を俯かせてしまった。だから玲華が微笑ましく見てることには気づかなかった。

 そんな中で大樹は餃子を焼き始める。これにはちょっと細工をしておく。玲華を驚かせたい悪戯心が沸いたので、テーブルの準備を頼んでその間に済ませておく。大体焼けたところで、蓋をして食事が始まるまで置いておく。

 そこで炊飯器から電子音が鳴る。


「あ、お米炊けたよー」

「ちょうどいいタイミングですよ」

「そうなの? ふふっ、よかったわ」


 玲華の笑顔に見惚れそうになったのを堪え、大樹はまずチャーハンに必要な調味料を全て、近くに置いておき、次にレタスの水も切っておく。そして大きめのお皿にご飯をたんまり盛ると、ガスコンロに中華鍋をおいて火にかけ、油を引く。


「さて――腕の見せどころってとこですかね」


 大樹が肩をまわして中華鍋を持つと、玲華がワクワクした表情で見つめてくる。

 鍋に油をまわしきると、溶いておいた卵を投入する。そしてすぐに皿の中のご飯を半分投入してから鍋を振りながらお玉でカッカとかき混ぜる。ご飯を半分なのは、まとめてやるより少ない量で炒める方が美味しく出来るからだ。

 パチパチと音を鳴らしながらご飯が宙に飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

 そしてほぐした鮭も入れ、塩コショウと中華スープの素を入れると、醤油を軽く一回り。そこから、また鍋の中身を宙に飛ばしながらかき混ぜる。

 そして醤油を鍋に直接当てて、軽く焦がしすぐにまたかき混ぜる。

 最後にレタスをかけて、軽く混ぜて仕上げる。


「よっし、一人分完成――鮭とレタスのチャーハンでござい」


 卵を投入してからここまでで二分足らずのことである。


「ええ!? 嘘、早くない!? それで出来上がりなの!?」

「見た感じ、どうですか?」

「すっごく、美味しそう……」


 玲華の喉がゴクリと鳴った。


「でしょ? チャーハンは時間かけて炒めるもんじゃないんですよ」

「そうなんだ……」


 玲華の目がチャーハンに釘付けで、大樹は苦笑しながら皿にチャーハンを盛った。それを脇に置くと、大樹は同じ手順で二皿目もササっと作り終えた。


「じゃあ、如月さん。スープ仕上げるんで、これ持ってってください」

「まっかせっなさーい!」


 玲華が力強く返事をして、鼻歌混じりに皿を運び始める。

 玲華が鼻ずさんでいる歌は何だったけなと思いながら、大樹はキュウリの叩きとトマトを冷蔵庫から取り出す。トマトはスライスだけして、マヨネーズを同じ皿に沿えておくだけにする。もっと凝ったものも考えたが他の献立を考えると、これが一番相性がいいように思えたのだ。キュウリは袋から出して器に盛るだけで終わりだ。


 最後に大樹はスープの鍋に溶き卵を入れると、少しだけ待ってからごま油を垂らす。味見をして、問題ないことを確認すると器によそう。


「――よし、全部完成」


 満足しながら大樹は頷く。


「あ、出来た? わあ、すごい! これも運ぶわね?」


 大樹の返事を聞いて、玲華が嬉々として皿をテーブルに運ぶ。


「おっと、餃子があった――これでよしと」


 大きめのお皿でフライパンに蓋をするように被せて、皿ごとフライパンをひっくり返す。

 そしてボトッと皿に乗るのは、こんがりした羽のついた餃子である。羽の色加減が狙っていた通りだったことで大樹はご満悦になる。


 テーブルに持っていくと、玲華が目をまん丸にした。


「羽根つき餃子じゃない!? これも家で作れるものなの!?」

「作れるから目の前にあるんですよ」


 苦笑しながら答えた大樹は、餃子に目が釘付けになっている玲華に聞いた。


「冷蔵庫のビール、もらっていいですか?」

「あ、そうだね。乾杯しよっか」


 そう言って冷蔵庫から二本の缶ビールを取り出した玲華に、大樹はストップをかける。


「ちょっと待ってください。出すのは一本だけで、グラスを二つお願いします」

「え? ああ、グラスに入れて飲むの? わかったわ」


 そうして一本を冷蔵庫にしまいグラスを取り出した玲華と一緒に大樹はテーブルに腰かけた。


「あーもうすごい。私の家のテーブルに美味しそうなご飯がこんなにも並ぶなんて……!」


 感動してるような玲華に、大樹は「大げさな」と苦笑を浮かべずにいられない。


「はい、じゃあグラスもって?」


 玲華が差し出すグラスを大樹は軽く会釈して受け取る。


「どうも――じゃあ、そっちもグラスもってください」

「ふふっ、はーい、ありがと」


 そうして玲華と大樹はお互いにビールを注ぎ合う。


「じゃあ――とりあえずは、お疲れ様?」


 小首を傾げての玲華のそんな言葉に、大樹も首を傾げる。


「まあ、そんなとこですか。如月さんも片付けと飯炊きしましたしね」

「うぐっ、ま、まあ、そうね――じゃあ、乾杯! お疲れ様!」

「ははっ、乾杯、 お疲れ様です」


 大樹は玲華のグラスに自分のグラスをカツンと当てた。


「あ、それと私のわがまま聞いて、ご飯作ってくれて、本当にありがとうね、柳くん」


 一気に飲み干そうとした大樹は、グラスを持つ手を止めた。


「さっきも言いましたが元々帰ったら何か作るつもりでしたし、構いませんよ。一人分も二人分も手間に大した変わりは無いですしね。それに――」

「……それに?」

「――いや、何でもないです。とにかく、食べましょう。冷めますしね」

「? そう、ね。じゃあ、いただきます!」

「はい、いただきます」


 そうしてまず手に持ったビールをゴクゴクと飲む二人。


「ぷはっ――美味え」


 飲み干した大樹が二杯目を入れようとすると、玲華が不思議そうに自分のグラスを見ている。


「どうしたんですか」

「えっ、うーん、気のせいかな……? いつも飲んでるビールなのに、味が違うような気が……」

「ああ、そいつはグラスに入れたからですよ」


 合点がいった大樹が答えると、玲華が目をパチパチとさせる。


「えっ、それだけで変わるものなの!?」

「まあ、些細なもんですが……と言うか、缶ビールってのはグラスに入れて飲むのを想定して作られてるものなんですよ。だから缶ビールが本領を発揮するのは、グラスに注いだ時なんです」


 それでも早々、味に変化を感じるものでは無いが、玲華が気づけたのは習慣的に、家で同じ缶ビールを飲んでいたからこそだろう。


「へ、えー……あ、だから柳くん、一本しまってグラス出せって言ったのね」

「そうですよ。そうした方が美味いんですから」

「はあ、私今までずっと缶のまま飲んでたわ……なんか損した気分」

「はは、これからグラスで飲んだらいいだけの話ですよ。気にしたって仕方ないんですし、さあ、食ってください」

「それもそうね! じゃあ、改めていただきまーす」


 玲華はまず最初にチャーハンからいった。一番気になってたんだろうと表情からわかる。

 そして一口頬張った玲華は、雷に打たれたようにぎょっと目を見開いた。

 

 

 

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