第五話 ランチ
玲華がフォークを手にもってから、気づいたように言う。
「あ、ドレッシングいるね。何か欲しいのある?」
ドレッシングは確かに種類が豊富だったなと、大樹は思い出しながら答えた。
「じゃあ、イタリアンドレッシングを」
「了解、私もそれでいいかな」
玲華が冷蔵庫からとってきたドレッシングを受け取り、サラダ部分に軽くかける。
「それじゃあ、今度こそ、いただきます」
「いただきます」
二人は揃って手を合わせ、今度こそ食べ始める。
大樹はまずサラダ部分にフォークを伸ばす。
レタスはいい感じにシャキッとしていて、キュウリは厚めに切っておいたから、歯応えがいい。よく見る形の薄切りより大樹はこちらの方が好みなのだ。トマトは切った時から思っていたが、なかなかに上等なやつでそれだけで美味い。
「んん! レタスがすごくシャキッてしてる!! キュウリも美味しい! 見慣れない形だと思ったけど歯応えあっていいね!」
「でしょう?」
「うん、美味しい!」
玲華もサラダから食べ始めたようで、ちょうど大樹が思っていたことを口にしている。
続いて、フレンチトーストを二人とも口にする。
「? 思っていたより甘くないのね……でも、美味しい!」
「食事として作りましたからね、甘さは控えめにしてます。黄身潰した目玉焼き乗せて食べると美味いですよ」
言った通りフレンチトーストの甘さは控えめだ。浸け時間がそこまで長くなくとも、牛乳、砂糖、卵を混ぜた浸け汁は十分に染み込んでいて、ふんわりもちっとしている。外側はバターの香ばしさがある。これがまたバターで焼いた半熟の目玉焼きが合うのだ。
「本当!? この目玉焼きも綺麗にできてるね……ううん、半熟嬉しい! 美味しい!」
幸せそうに食べているのを見て、大樹はふと気づく。
(そういや、作ったものを人が食べてるのを見るのは久しぶりだな……)
このなんとも言えない登ってくる満足感に、大樹は頬を綻ばせる。
「左側にあるフレンチトースト、ちょっと見てみてください」
「こっちのやつ? 何か違うの……? あ、チーズ!? そういえば、入れてたっけ……」
「ええ、チーズインフレンチトーストですね。プレーンと味を比べながら楽しんでください」
「うんうん、わかった! ――んんー美味しい!」
早速一口食べて頬を緩ませる玲華に、大樹の頬も緩む。
大樹もチーズインしたのを一口食べてみる。
(うん、チーズの塩気で控えめの甘さがいい具合に引き立ってるな。やっぱチーズ入りは美味えな)
自分で作ったものでありながら、満足できる出来だった。次いで、スープに口をつける。
(材料があれば、自分でポタージュも作ったんだがな……)
市販品のものだが、これはこれで普通に美味いので、良しとしておくことにした。
目玉焼きを乗せたプレーンを食べ終えると、大樹はチーズインフレンチトーストの上にレタスとハムとトマトを乗せてから折り曲げ、フォークで刺して食べる。
チーズインしたフレンチトーストにトマトとレタスのシャキッとした食感と、ハムの塩気と肉っ気が加わる。
(サンドイッチ風フレンチトースト……うむ、美味い)
大樹が満足しながらうんうんと頷いていると、玲華が目を丸くしてこちらを見ている。
「……どうしました?」
「ちょ、ちょっと何よそれ!? 自分だけそんな食べ方して!!」
「いや、別に俺だけってことでもないでしょう。食べたいならやればいいじゃないですか」
「う、うう……チーズ入りがもう無い……」
悲しそうに言う玲華のプレートを見ると、確かにチーズインのはもう無かった。
「いや、プレーンが残ってるんだから、それでやればいいじゃないですか」
「でも、チーズ入りでそれやった方が美味しいんでしょ!?」
「まあ、それはそうですが……言うほど大きな差はありませんよ?」
「そうかもしれないけど……」
拗ねたような玲華に、大樹はため息を吐いた。
「はあ、わかりました。俺の残ってるチーズ入りとそっちのプレーンを交換しましょう」
「え、いいの!?」
パアッと顔を輝かせる玲華に、大樹は苦笑する。
「そうまで嬉しそうにされちゃ、やっぱダメなんて言えませんね」
「う、ご、ゴホン……ありがとう」
少しだけ表情を引き締めて礼を言う玲華に、大樹は噴き出しそうになるのを堪えた。
「いえいえ、美味そうに食べてくれてますしね」
「う……」
玲華は少し恥ずかしそうに顔を俯かせた。
だが、交換したフレンチトーストで大樹と同様の食べ方をすると、途端に顔が綻びて、大樹は苦笑する。
(やっぱり作ったものを美味そうに食べてもらえるのはいいもんだな……あと、美女の笑顔最高)
しみじみと思いながら、大樹は食事を進めた。
「はー美味しかった! ごちそうさまでした!」
「お粗末さんで。ごちそうさまでした」
「まさか私の家にあるもので、あんなに美味しいものが出てくるなんて思いもしなかったわ」
「……材料的には、割と十分でしたけどね。でも、牛乳が無ければフレンチトーストはできませんでしたね」
「牛乳買ってあった私のファインプレーってことね、ふふん」
(いや、それはなんか違う……)
怪訝な顔をしていた大樹に、玲華が慌てて言った。
「も、もちろん柳くんの腕あってこそってわかってるわよ!?」
「ははっ、どうも」
「えーっと、あ、コーヒー入れようか。飲むでしょ?」
「是非」
「はーい。コーヒーは任せてちょうだい」
その言葉に、食事前に聞いた時の違和感の正体に気づく。
(料理は苦手だけど、コーヒーはってことか)
思わず苦笑を浮かべると、玲華が聞いてきた。
「それにしても、すごく手際よかったわね。料理得意なんだね?」
その質問に大樹は頬をかいて答えた。
「まあ、これでも洋食屋の倅ですからね」
「え!? そうなの!?」
「ええ。小さい店ですけどね」
「大きさとか関係ないじゃない! すごい。じゃあ、料理はお父さんに教わったってこと?」
「教わったというか、仕込まれたという方が正しいような……」
「へーえ? それであの手際のよさなのね……」
玲華は納得したようにうんうんと頷いている。
「でも、さっき作ったものなんて、そう難しいもんじゃないですけどね。洋食屋の息子とか関係なく作れるもんですよ」
「……」
玲華が気まずげに沈黙する。大樹は言う相手を間違えたことに気づく。
「……まあ、一部例外もありますか」
「ねえ、それちょっとひどくない?」
「俺は別に如月さんがなんて一言も言ってませんが、何か?」
大樹が白々しく言うと、玲華は頬を引き攣らせた。
「なかなかいい性格してるわね、柳くんって……」
「如月さんみたいな美女に褒められて大変光栄です」
「褒めてないわよ! ――また、サラッと美女とか言うし……」
そうこう話している内に、ぷんすかした玲華がコーヒーを手にテーブルに戻ってくる。
「――はい、どうぞ」
「いただきます」
「……柳くんが作ってくれたものに比べたら大したものじゃないけどね」
ツンツンして言う玲華に、大樹は堪らず苦笑する。
「いや、このコーヒーは大したもんですよ。美味いです」
「……そんな見えすいたお世辞言われても嬉しくないんだから」
どうやら玲華はツンデレ期に入ったようだ。
「いやいや、お世辞なんかじゃないですよ。これ、コーヒーメーカーでなく、ドリッパーでコーヒー用の水差し使って入れたものでしょ? あれは作り手によって味が全然変わってきますからね――うん、香りもいいし、本当に美味いですよ」
一口カップを傾けながら真摯に言うと、玲華はチラッとこっちを見て、少し頬を緩めた。
「ほ、本当に……?」
「ええ。俺は食べるものに関して、お世辞は言いませんよ」
「そ、そう……仕方ないわね。信じてあげるわ」
そう言って機嫌を回復させて、顔を綻ばせる玲華。
(ふっ、チョロいな……)
大樹が言ったことに嘘は無いが、初めて顔を合わせた時と比べて随分と玲華の印象が変わってきたのを実感する。
(最初の印象よりずっと可愛い印象になったって言うか……ポンコツっぽいって言うか……いや、もしかしたらポンコツなんじゃねえか……?)
そんなことを考えてしまって、大樹は思わず一人で噴き出し気味に笑いを漏らしてしまった。
「……どうしたのよ、急に笑い出して」
不審がる玲華に、大樹は口を滑らせてしまう。
「ああ、いや、昨日初めて会った時と印象がちが――ゴホンッ、何でもないです」
最後はキリッとした顔でしめてみたが、玲華は誤魔化されてくれなかったようで、ジロリと目が動いた。
「ふーん……? 聞かせてもらいたいわね、昨日の私の印象と今の印象がどう違ってるのか……?」
「はは、そんな俺の印象なんて、どうでもいいじゃないですか? ところで、このコーヒーなんですが――」
「はい、露骨に話題変えて誤魔化そうとした。それだけ聞かれたくないってこと? さあ、聞かせてもらえるまで、追求はやめないわよ? まずは昨日の私の印象を教えてもらえるかしら?」
足を組み、腕も組んで大きな胸を強調させてどっしりと構えた玲華は、聞くまでは動かないと言わんばかりだ。
大樹は諦めのため息を吐いた。
「そんな、俺の印象なんて気にしたって、仕方ないと思うんですけどね……」
「それは私が決めることで、柳くんが決めることじゃないの」
「おわかり?」と口にせずに、微笑みでそれを伝えてくる玲華に、大樹は手強さを感じた。
(うーむ、この交渉なんかに強そうな感じ……やはり仕事は出来る人のようだ)
先ほどまでのポンコツぶりからは想像できない玲華のプレッシャーから、大樹はそう再認識した。
「……では、如月さんの俺への印象なんかも教えてもらいたいところですね」
「……私の?」
玲華は意外そうに目をパチパチとさせた。
「ええ。俺だけ話すなんて、なんか不公平じゃないですか」
「……それもそうかもね。でも、それは柳くんが話してから、ね」
そう言ってニッコリ微笑む玲華に、釘を刺されて大樹は内心でため息を吐いた。
自分への印象を話させて、そこから別の話にスライドさせるつもりだったのを読まれていたようだ。
「……では、昨日の俺の如月さんの印象ですが……そうですね、仕事の出来そうな女性ってのが一番強いですかね。雰囲気や服装での勝手な印象ですが」
すると玲華はニヤリとして、腰に手を当ててえっへんとばかりに言ったのである。
「これでも社長やってるからね」
なんとなく予想はしていたが、それでも大樹は驚いた。
「……もしかしたらそうじゃないかとは思ってましたが……社長でしたか」
「もしかしたら? 予想してたの?」
「ええ。大企業に就職してバリバリ仕事しても、とてもこんなマンションには住めんでしょう」
広いリビングを見渡しながら言うと、玲華は腑に落ちたように頷いて、照れ臭そうに笑った。
「あはは、ここはいつかテレビの人とかが取材に来るかもしれないから、ハッタリのきくようなとこがいいって秘書課の子に言われてね、こんな無駄に広いとこ買っちゃった。景色は気に入ってるんだけどね」
「はあ……なんとも豪気な話で。しかし、買ったんですね、ここ」
「うん、もう面倒だったから一括でね」
アッサリ言う玲華に、大樹は格差をひどく実感した。
「大したもんですね、まだ全然若いのに……いや、若過ぎやしませんか?」
社長だからにしても、自分より四つ上の二十八才なんてキャリアで、こんなマンションを買えるほど稼げるものなのだろうか。
「――あ、もしかして会社を受け継いだ二代目とか……には見えないんですよね」
思いつきを口にしながら否定していると、玲華が肯定した。
「ああ、会社起ち上げたのが、大学のサークルの時だからね。一応起業して十年近く経ってるのよ?」
「はあ、十年近く……大学のサークル……?」
「そう。サークルのメンバーで、起業したんだよね。皆でやれることやってってガムシャラに色々してたら、いつの間にか大きくなっちゃっててさ」
「……なんとも、すごい話ですね」
「ふふん、そうよ。お姉さん、すごいでしょ?」
ドヤっと胸を張る玲華。途端に凄さが薄れたような気がしたが、実際にはすごいの一言では収まらない。
「ええ、まあ……はは、本当にすごいと思いますよ」
思わず変な笑いが出た大樹に、玲華はまた自慢げに笑う。
「仕事が出来るってどころの話じゃないですね、ほんと……」
大樹は玲華の話に圧倒されたせいか、思いつくままに口を動かしていて、玲華はご機嫌な様子でうんうんと頷いている。
そのまま大樹は考えることなく、口を動かしていく。
「でも、そうか……会社の仕事に能力振りまくってるから、だから家じゃポンコツになるのか、なるほど――あ」
気づいた時にはもう遅く、玲華はにこやかな表情のまま額に青筋を立てるという器用な真似をしていた。
「なんですって――?」
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