第一話 目が覚めて
「…………? ここは……?」
目が覚めた大樹はまず自分がいつの間に寝てしまったのかについて困惑し、次いでまるで見覚えのない光景に更に困惑を深くしながら、とりあえず体を起こした。
見渡すと、そこは広々と、それはもう大樹が見たことないほど広々とした部屋だった。いや、会社の仕事場なんかはここより大きい部屋だろうが、ここは意味が違う。巨大なテレビや大きなダイニングテーブルなど、キッチンが見える辺り、ここは見たことないほど大きな生活空間の部屋なのである。恐らくはリビングではないだろうか。
後ろを振り返ると、ガラス張りの壁である。窓ではなく、ガラスの壁で、レースのカーテン越しにこれでもかと陽射しが降り注いでいる。そのせいなのか、大樹が今寝ていた場所も、室内だからという意味だけでなく暖かい。いや、暑いぐらいかもしれない。
そこでふと気づく。大樹が今まで寝ていた場所は、ベッドや布団ではなく広々としたソファーだったのだ。
そして、自身には柔らかで薄い羽毛布団と思われるものがかけられている。
「高そ……」
ソファも羽毛布団も高級そうで、思わずそんな声が出てしまった。
どこか恐れ多くて、大樹は恐々と布団を剥がし、ソファから立ち上がる。そこで、ジャケットを羽織っていないことに気づく。
「……お、あった」
それはすぐ後ろにハンガーで吊るされていた。さっきは見落としていたのか、いや、色々とぶっ飛んだものが目に入っていたため気づかなかったのだろう。
「いやいや、それより、これはどういう状況だ……?」
少し頭が回り始めて、大樹はようやくその疑問に思い至った。
「えーっと、昨日は確か……電車降りて美女を受け止めて、コンビニで、そう、栄養ドリンク買って飲んでそれで、また美女に会って、美女が鞄の中身をばら撒いてそれ拾って――ああ!」
ようやく大樹は思い出した。自分がそこで血の気が引くほどの目眩をして倒れたことを。
「思い出した……けど――けど……?」
そう、思い出したところで、今の大樹の状況を理解するのには随分と情報が足らないのだ。
「あ、鞄……」
ふと見渡すと、テーブルの脇に自分の見慣れた鞄が置いてありホッとし、そこへ向かう。
「お、スマホも」
そしてテーブルの上にスマホがあり、横にはスポーツドリンクのペットボトルもあり、その二つの下には紙が挟んであって、こう書いてあった。
『飲んでいーよ』
その文字を読み、もう一度ペットボトルを見てから、大樹は唐突に喉の渇きを覚えた。いや、元々渇いていたのだろうが、それに自覚が無かったのだろう。
「多分、俺宛てだよな……? 俺のスマホが一緒にある辺り……いただきます」
恐らくそうであるが、確証は無い。しかし、喉の渇きを自覚してから、もう我慢できなかったのだ。
蓋を開け、ングッングッと一気に飲み干してしまった大樹である。
「はあっ……うま……生き返った気分」
渇きは相当だったようで、正直温かったが、身に染みる美味さを感じた。
そしてゆっくり回転を始めていた頭に糖分が行き渡ったお陰か、ようやく大樹の頭が本格的に回り始める。
「うーむ……状況的に、あのお姉さんの家……か?」
そう、あの億ションの中に自分はいるのではと推測したのである。
「つまり、あの後、あの美人お姉さんが助けてくれたってことか……? いやいや、無理があるな」
あの細い美人お姉さんでは、中々な体格のうえ意識を失った自分を運ぶことなど無理だろう。そう考えたためだ。
「いや、でもこの部屋の広さは、あのマンションでないと仮定しても、億ションぽいよな……」
言いながらガラス張りの壁に近づいて、景色を眺める。
「すげ……」
高い位置にあると思ったが、見てみると思っていた以上に高かった。
ガラスの裏はバルコニーというかベランダというか、そこへ繋がるような道があるが、首を伸ばして下へ目をやると、見覚えのある駅と大型複合店を発見する。
「……やっぱり、ここあの億ションか……? だとすると、どうやって……」
悩んでいると、リビング奥の扉が開かれ、バスローブを着て色香を漂わせている美女が、濡れた髪をタオルで拭きながら現れた。
「っ!?……あ、起きた? おはよう」
美女は大樹に気づいてからビクッとしたが、すぐに思い出したような顔になってからニコッと微笑んだ。
「お、おはようございます……ええと、昨日の――お、お姉さん、ですよね?」
「お姉さんって、ふふっ……え、私の方がお姉さんなの?」
近寄ってきながら首を傾げる美女。目のやり場に困りながら、大樹は答えた。
「た、多分……俺より年上かな、と思ってたんですが」
「私は同い年ぐらいかなーって思ってたんだけど……いくつなの?」
「俺は二十四です」
「え!? 四つも下なの!?」
(つまり……二十八歳か)
「は、はあ……よくもっと年齢あるように見られます」
「そ、そうなんだ……?」
目の前まで近づいた美女は、手を伸ばして大樹の額に手を当てる。
(お、おお……)
そんな触れるような距離でだし、格好から見てシャワーを浴びたとこだからでもあるだろう、ものすごくいい匂いがした。
そして手を伸ばしたせいで、バスローブが少し乱れたのか、目の前に深い谷間が見えてしまった。
(や、やっぱりでかい……)
所謂スイカップというやつではなかろうか。
「うん、熱は無いみたいね……昨日のことは覚えてる?」
その言葉にハッとして、大樹は桃源郷を思わせる谷間から目が離せた。
「そ、それです。あの、とりあえず世話になったようなのはわかるんですが、一体……?」
「うん、そうね……ひとまず、あなたも――ええと」
何故言い淀んだのか察した大樹は自分から名乗った。
「あ、
「そう、柳くん――でいい? 私は
「如月さん」
(なんか、名前も美人っぽいな)
「うん。ひとまず、柳くんもシャワー浴びてスッキリしてきたらどう? 着替えは無いけど、タオルぐらいなら出すから」
「え? いや、そんな――」
「いいのいいの、柳くん自分だけが助けられたと思ってるけど、私だって階段から落ちて大怪我するところを助けてもらったんだし、遠慮は無しにして?」
そう言って微笑んだ玲華の顔がすさまじく魅力的で、吸い込まれそうな感覚を覚えた大樹は慌てて目を逸らした。
「? どうしたの?」
「い、いえ――そうだ、その格好なんですが……」
「あ……」
玲華は思い出したようになって、胸元を抑え腰紐を引っ張りながら顔を赤くした。
「ご、ごめんね? こんな格好で……休日はいつも起きたらシャワー浴びてこれ着てたから、つい……」
「いえいえ……」
(ものすごく眼福でありました……)
いっそ拝んでもいいぐらいだが、それを実行したら流石に不味いことはわかる大樹である。
「と、とりあえず、シャワー浴びてきたら? その間に私は髪乾かすし、着替えるし! ね?」
そう言われたら、もう断れない。
「じゃ、じゃあ……」
「うん。じゃあ、こっちに――あ、ちょっと待って」
案内しようとしてくれた玲華はキッチン横にある冷蔵庫から、エネルギー補給メインの飲むタイプのゼリーを取り出した。
「昨日って晩御飯食べた? だったらそれから何も食べてないでしょ? シャワーの前にこれだけでも口にしといた方がいいんじゃない?」
昨日倒れたことを気遣ってくれてるのだろう、大樹は礼をして受け取り一息にそれを飲み干した。
「ふう……」
胃に落としてから体に少し力が戻ったように感じた辺り、もらって正解だったと思えた。
「ありがとうございます」
「いーえ。じゃあ、風呂場はこっちだから――」
そして案内された広々として綺麗な洗面所で、玲華がタオルを取り出す。
「はい、これ。中にあるシャンプーとかボディソープとか何でも使っていいからね?」
「ああ、どうも」
「あ、トイレこっちだからね」
「あ、先そっち借りても?」
「ええ。じゃあ、私リビングの方いるから終わったら来てね? あ、ゆっくりでいいからね?」
大樹が了解の返事を返すと、玲華はまたも見惚れる笑顔を残して洗面所から去った。
「まずはトイレっと――広っ!」
もしかしたら大樹のアパートと同じぐらいかもと思ったが、よく見たら流石にそこまでではなかった。
綺麗でいい匂いで、使うのが恐れ多く感じたが、ここで遠慮しても悲惨な事態を招くだけだ。
用事は小だが、少しでも汚さないために大樹は座って用を足すことにした。
終えてから化粧品のビンがいくつも並んだ洗面所で手を洗いながら、ふと正面の鏡で自分の顔を見て大樹は呟いた。
「ひでえ顔だな……」
げっそりしていた。隈も少しある。それでも昨日よりかはマシであったが。
(だから、あのゼリー渡された訳か……見てられなかったんだろうな。優しい人、なんだろうな)
それがわかったからなのか大樹自身わからないが何故だか嬉しくなった。
恐らく目上な人からの優しさに久しぶりに触れたからなのだろうが、大樹はそれに気づかず苦笑すると服を脱ぎ、バスルームに入った。
「広っ――!」
今日何度目かわからない感想を思わず口にした大樹であった。
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