第6話 イケメンの園

「ウチからも一つ言わせてもらっていい?」

「ウチ? 何です? 反論ですか?」


 ウチって一人称が珍しいか。

 そんなことどうでもいい。

 言いたいことは自分の慣れ親しんだ言葉で言う。


「スーツの話ちゃう、アンタのことで言いたい事があんねん」

「えっ、僕のことですか?」


 予想外だったのだろう。

 一体何を言われるんだと構える。

 今まで他人のことについて話をしていたのに急に自分のことをこれから話すと言われたのだから。


「仮面なんかつけてるアンタはどうせイケメンちゃうんやろ」


 彼は少し笑った。何をわかりきったこと言うんだと思われただろう。


「知っています。さっきも言ったでしょう。僕は」

「でも、そんなこと関係ないやろ」

「えっ!」


 自分でもなぜそういったのか分からない。言う必要もないことだ。


 だけど、今の彼にはその言葉が必要だと思った。


「……無理して言わなくてもいいんですよ」

「無理ちゃうわ。アンタはこんなイケメンが優遇される世界でもこの大学に入学したんやろ。容姿が良いだけで加点されるバカなイケメン共を蹴散らして募集定員枠に殴り込んだんやろ。アンタは間違いなく優秀な人間や」

「あーっ……」


 彼は右手で頭を抱えて、短い叫びをあげた。


「何で僕みたいなイケメンじゃない人間に優秀だって言うんですか!」

「だからイケメンは関係ない言うとんねん。そもそもウチは男性恐怖症からイケメンブサイク正直どうでもいいねん」

「えっ! それよりも、さっきから急に関西弁が強くなってますよ」

「関西弁でも別にいいやろが、ホンマに客観的に見た意見やからそんな自分卑下すんなや」

「……」


 彼は黙った。

 頭の中で何かが崩壊しているように、でも今はそれでいい。


 今まで自分をブサイクと思い続けて生きてきたんだし、

 きっと今まで、小中高と本気か冗談かは知らないが、

 長い間心無い嫌がらせを受けてきたのだろう。


 ウチの発言だけではおそらく彼は根本的に考えを変えることはできないと思うけど、

 彼が自分に自信を持つきっかけぐらいにはなってほしい。


「普通ですか……初めて言われました。今までさんざん容姿をバカにされていましたから」

「そうそう、これからの大学生活は気持ちを新しく行こうや」


 彼は目は少し明るくなった。そして、私をまっすぐ見てきた。


「それは無理です」

 

「……な、なっ、ななっ、なんでやねん。なんでこの場で否定的な言葉が出てくんねん!」

 ウチはこの仮面男の胸ぐらを掴む。


「なんでやねんと言われましても、そこまで心に刺さるような言葉ではなかったですよ」

「いやいやいやいや、多少は心に響いたよね。さっきよりもあんたいい顔してんで」

「まぁ、少しは前向きな気持ちになりました。雨津辺さん、ありがとうございます」


 なんだろう。スッキリしないな。でもまぁ、彼はこれから頑張っていけるだろう。


「でも、イケメンをどうでもいとか言うあなたは頭がおかしいんですね」

「なんでそうなんねん!」

 思わず叫ばずにはいられなかった。


「いや、だから初めてですし……多数決的にもその意見一人だけです。あなた一人がおかしいとしか……」


 ダメだ、コイツ、変わるきっかけにすらならなかった。


「それに、否定しませんけど、初対面の人間相手にいきなりレズを公表するのはどうかと思いますが……」

「男性恐怖症ってだけで、女が恋愛対象ってわけちゃうわ」


 最悪だ、ウチより明らかに感覚のズレてる変人に、変人だと勘違いされた。


「なんだ、そうですか。それを早く言ってくださいよ」

「何でも極端に考えすぎやって、ウチよりアンタの方が頭おかしいわ」

「ははは、そうかもしれませんね」


 彼は笑っている。他人をバカにする嫌な笑いではなく、普通に心から笑っている。


「名前言っていなかったですよね。僕は近山ちかやま元康もとやすです。元康と呼んでください。あなたみたいな人は貴重です。友人になってくれませんか?」


 私は彼を一度視界から外した。

 看護学科で初めての知り合いがコイツで大丈夫かなとも思う自分もいた。


 色々おかしいヤツけど、コイツとはなんだか不思議な縁を感じる。

 まぁ、少し不安はあるが、始めは男子というだけで関わる気もなかったが、

 不思議なことに彼からはさっきまで感じていた男という意識があまりしないから症状も特になく平気だ。


「まぁ、今日いろいろ話したりしたし、別にかまわへんよ。とりあえず、友達になるから仮面を――」


 そう言って、彼の方を向き直るとそこには彼の姿がなかった。

 代わりに、誰かが走りよってくる気配を感じた。


「ねぇ、会長どこ言った?」


 声をかけてきたのは金髪ノッポの男子だ。

 そのせいでウチの症状が爆発、体に寒気が走り手先が震える。


「だ、誰それ……」

「あっ、ごめんごめん、近山のこと」


 爽やかだけど、ウチには恐怖以外の何者でもない。


「ウチも見失って」

「クソッ、まだ避けられるのか。いつになったらまともに話ができるんだか」


 二人は、知り合いなのだろうか? でも何で彼は消えたのだろう。


「ごめんな、ありがとう」

 そう言うと、彼は看護学科の集団の中に紛れていった。


「看護学科の人は集まってください。今から集合写真を撮ります」


 カメラマンの声と共に新入生たちの集団の移動が始まった。

 カメラマンからの細かな指示を受けていると、特定の人間にある指示が出された。


「ちょっと君、その仮面何? すぐ外しなさい」

 当然ながら、同学科の生徒は元康の方を見る。

 そして聞こえるようになじる声も飛び交う。


「本当になんなのアイツ、まだ仮面なんか付けて迷惑よ」


「でもいいんじゃない。どうせイケメンじゃないんだし、容姿の悪い顔が映るよりマシじゃない」


 もうやだ。ここの女子マジ自己中、自分もたいした容姿してない癖に言いたい放題。

 でも、言う通りなんだよな。

 集合写真ぐらい堂々とすればいいのに。


「どうしても外さないとダメですか?」

「ダメだね。ほら、早く外して」

「……わかりました」


 元康が右手で仮面を掴む。

 元康の素顔に注目が集まる。


 そして、全員が絶句した。


 元康の隣にいるさっきの金髪ノッポ君はやれやれと言った表情で、

 一人だけ違う反応を見せる。


「なんだ。何で隠してたの。これはいい写真が撮れそうだ」


 カメラマンが先ほどの態度とはうって変わってご機嫌にカメラを構える。


「もう、何で隠してたのよ。人騒がせね」

「ホント、でもイケメンだから許しちゃう。『イケメンの園』の完成だね」


 女子も浮かれ気味に自分の髪を手櫛で整え、気合を入れ直す。

 ウチから見ても、元康は信じられないくらいイケメンだった。


 ようやく撮影が終わり解散になると後ろから元康の声がした。


「これからよろしくお願いします」

 後ろを振り向いたが、元康の姿は見えなかった。


 入学早々おかしなやつと知り合って私の大学生活はどうなるのだろうか。


 それにしても気になる。


 なぜ、元康は自分の事をブサイクだと言っていたのだろうか。

 アレじゃ実力じゃなくて容姿加点もらって入学したのかよ。

 褒めて損した。


 まぁ、そんなこと今考えても仕方がないか。

 きっと退屈しないで過ごせる気がする。

 もう一つ重要なことがある。


 普通の友人も作ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カザリノツラ 勝山友康 @kachiyama-tomoyasu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ