第5話 歪んだ心
この変人、普段みんなが言わずとしていたことを堂々と言いやがった。
イケメンじゃない自分が聞きたいはずの女子の建前をぶち壊して本音を言わそうとしている。
いったい何が彼をこうさせているんだ?
とりあえず、彼を止めないとこっちまで変な目で見られる。
「でも、普段の私服よりこういう式のときにピシッとしたスーツを着るとイケメンだけじゃなくても誰でもいつもよりはよく見えるんじゃないの」
この言葉は否定できまい。
と思ったが、彼は仮面のくり抜かれた目の部分から人を馬鹿にしたような目でウチの事を見てくる。
目潰しを喰らわせてやりたくなった。
「はぁー、本気でそう思ってらっしゃるなら確かめますか? あなたの知らない真実、あなた方が信じない事実を」
そういって彼はあきれた様子でふらっと歩き始めた。
マジ怖い。これ以上かかわるのはやめよう。
ウチは無視しようと決め込み彼に背を向けたのだが、
その態度を気に入らなかったらしい。
「ついて来ないんですか? まぁ、現実から目を背けるほうが幸せなときもありますから強制はしませんけど」
彼はウチの背中に問いかけてきた。
私は彼の何でも分かるというような態度にイラッとしている反面、
何を根拠にあそこまでひねくれた考えができるのか知りたいとも思えてきた。
いや、正直なところ、単純に腹が立ったのかもしれない。
ウチは勢いよく振り返る。
「行くわ。アンタの言い分をしっかり聞こうじゃない」
ウチが歩き出すと彼もついてくる事を確認して歩き始めた。
「ちょっと待って」
ウチは彼の後を追いかけた。
移動はほんの二十秒程度であったが、
景色は全然違った。
先ほどの女子しかいない看護学科とは違い、男子の多い医学科が視界に入った。
「さぁ、ここで何が分かるか教えて頂戴」
「はぁー」
彼はあきれながら大きくため息をついた。
「自分で見ても分からないのですか? やっぱり、女子の目は都合の良い物しか見えていないんですね」
コイツ、ほんとにムカつく。答えによったらただじゃおかないからな。
「国公立医学部医学科は実にいいです」
「そりゃ、賢くないと入れないし……」
「そう、その通り。どこぞのチャラいバカ男子が集まる私大文学部や根暗ヲタクの集まる国公立大工学部みたいに偏りがない。イケメン優遇政策の50点が加算されるのは一次試験のみ。ただ単に賢い人たちが集まる場所だ。賢さに容姿は関係ない。こっちの二次試験が面接と小論文だけで、イケメン男子しか入れないと噂が立つぐらいのクズ看護学科より様々な人間がいます」
コイツ、入学式早々何言ってんだ……。
「自分の在籍している学科を悪く言いすぎやろ」
「あそこ、右端のあのイケメン集団」
ウチのツッコミを華麗にする―して、彼はある方向を指差す。
彼の示す場所へ自然と視界が移る。
確かに看護学科と同じ……それ以上の人もいる。
そもそも人数的に考えると割合的にいてもおかしくない。
「そう、仕方ないことです。類は友を呼ぶということわざがあるように人間は自分と似た人同士集まる傾向が多い。当然イケメンはイケメンと集まり、あなた方のような女子はそちらの方へ目を向ける」
そりゃそうだろ。
わざわざブサイクを見るわけないだろ。
「そこに異論はない」
「そして、あちらをよく見てください」
そこには、イケメン集団に髪型が似たような男子がズカズカと参加していく様子が見えた。
「一番厄介なのがそれに便乗するやつらです。前髪をM型にセットした、たいした顔をしていない普通のやつらがイケメン集団に無理やり入ることで雰囲気イケメンへと進化してイケメンと付く人種が増えてしまう。そして普通のやつが消えてブサイクだけが残ってしまう」
「確かに……最近の男性アイドル事務所の人でこの人本当にカッコイイの? って思うこと増えたような……」
「そして、あちらを見てください」
彼の指差す先に視線をもっていくとイケメン集団とは反対側に女子の隙間からかすかにちらちら見える普メン以下の集団の姿があった。
「確かに、カッコイイとは思わないけど悪くも思わないけど」
「そう、あの集団は全体的に細身の人間で構成されているから見栄えとしてはいいんです。そして本題はそのすぐ近く」
細身の集団のすぐ近くに何と言うんでしょう……
よく言えば、ぽっちゃりした方々がいてその中でも一際デブの方が……。
「あの体系になった経緯は無視して悪口を言わしてもらうと、鍛えた筋肉によるスーツのピチピチ感ではなく、体にたまった脂肪や水分でパンパンになった体に着せるスーツは見るに耐えません」
「た、確かに……」
「医学科は再受験の方も多い。一度社会に出て会社の付き合いやらで乱れた食生活を改善するのは至難の業、持っているスーツも現役や浪人生に比べ新調することもないから前の会社で来たスーツを着ることでサイズが合うわけもなくあのような光景になってしまうんです」
私の視界に入る映像と彼の言葉は見事にリンクしていた。
反論はない、なぜならその通りだから、
私たちは目に見える都合の良い物しか認識していなかったから。
思わずうつむいてしまう。
彼は気づいていたのだろう。
私たちのような女子が少しでも相手を傷つかないようにやんわりと誤魔化している事に、
その言葉のおかげで今まで会ってきたブサイクな男子はこのイケメン優遇の世界でも希望を捨てずに生きているのに、
彼だけはしっかりと不必要なまでに真実を自覚している。
自分の顔が良くないことを、
女子が彼に掛ける言葉の嘘を……
それを考えると私は彼が余計可哀想になった。
彼がこんな歪んだ考え方しかできなくなったのは彼が悪いんじゃない。
この間違った国の政策だけじゃなく、彼に嘘をついてきた女子だということに気づいた。
このままじゃ、彼の心はすさむだけ……
今のウチにできることは何か……
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