第4話 仮面の変人

 男子の軽い品定めが済んだ後に教員の人が教室に入ってきた。


「新入生の皆さん、まもなく始まりますので学籍番号順に並んでください」


 教員方の指示に従って私たち新入生は入学式が行われる大講堂に押し込められた。

 内閣総理大臣やら大学の学長のありがたい話を一通り聞き司会進行役の方が閉会の挨拶をした後、ウチたちは大勢の拍手に迎えられた。



 ウチの大学生活が今日から始まる。



 大講堂を後にすると学科ごとに集合写真を撮ることになっていたのだけれど、

 カメラの調子に不具合があったらしくしばらく待機することになった。


 式中の堅苦しい雰囲気から開放された新入生におとなしく待機することなどできることもなく、思い思いに学籍番号も関係なく話をしている。


 ウチはどうかといえば、完全に流れに遅れてしまったため、一人ぼっちになってしまった。


 でも別に気にしない。一人は嫌いじゃないし。

 そう思ってふと上を見上げると満開の桜が私の視界に入ってきた。


 桜……きれいだな。

 頭にはそれしかなかった。その桜はウチらの入学を祝ってくれるように感じた。


「男子の顔見ました?」

「見た見た、会場を出るときにチェックできたから」

「うん、やっぱり四人はなかなかのイケメンね。でも私、イケメンの人にあまり興味がなくて、どっちかって言うとダンディーな方のほうが好みなの」

「やだぁ、オジサン好き? でも分からなくないなぁ。そういう人がスーツ着てたりするとなおさら素敵に見えるものね」

「そうそれー、男の人のスーツ姿っていいよねー。カッコ良さ三割増し」


 ウチの感傷タイムは女子のガールズトークに打ち砕かれた。

 オジサン好きと言っていた女性がいいものが見れたと感じているのがよく分かる。

 可愛らしく頬に両手を当てうっとりして幸せそうだ。


 実際、その誰かの発言を皮切りに、周りの女子たちも医学科の方を見て男のスーツ姿について熱い討議が繰り広げられているのが聞こえてくる。


「うん、アニメでも男のスーツ姿はカッコイイよね」



「ただし、イケメンに限ります」


 えっ!


 後ろから男の声がした。

 あまりに突然で予期せぬことだったのですぐに振り返ることができなかった。

 ゆっくり振り返ると背後に立っていたのはあの仮面の男子だ。

 男子とわかるや否やウチの心拍が脈打つ回数を増やす。


「すいません雨津辺さん、いきなり声をかけてしまって」

「いえ、それはいいんですけど」


 この人、なんでウチの名前知ってんの……持ち悪。


「えっ、あ……えっ何で名前を?」


 自分の名前を教えていないのに呼ばれることを不思議に思うしかなかった。


「それは、始めに新入生の一覧的なプリントをもらいましたよね。式の会場を一人ずつ出るときにそれを見ながら顔と名前を覚えたんです。途中で面倒くさくなって十数人しか覚えていませんけど」


 そんな一瞬でそれだけ覚えられれば十分、むしろすごいくらいやわ。

 男子ってだけでも厄介なのに、変わったやつに絡まれてしまったと思わず私はため息をついた。

 それを彼は勘違いして捉えたようだ。


「あっ、すいませんでした。やっぱり、僕なんかよりほかの四人の誰かに話しかけられた方がよかったですよね」


 はっ、ウチそんなつもりちゃうわ。


「いや、私そんなこと思ってなんかない。そもそも男にそんなに興味がない」

「隠さなくてもいいです。自分がブサイクなことぐらい知っていますから、むしろ自分をブサイクと自覚していないほうが病気です」

「そんな、自分をそんな卑下しなくても」


 フォローを入れるが、彼が表情を暗くしてさらに続ける。


「ほんとすいません。『この学科って入学条件に男子はイケメンって決まってるんじゃないかと思ってた』そんな女子の期待する『イケメンの園』を壊してしまって」


「げっ!」


 さっきの女子が言っていたセリフ。


「それいつ聞いたの?」

「控え室で、あなたの前の二人が言っていたじゃないですか。いつ言ったか覚えてないんですか?」


 怖い、この人マジ怖い。男性恐怖症とは別の恐怖を感じ始める。


「なっ、なんかごめんなさい」


 思わず謝ってしまった。

 いや、彼の暗い雰囲気と控えめとこがありながらも、そこからの外見からは見ることのできない精神的な圧力の前ではそうせざるをえなかった。


「いや、ほんと気にしないでください。控え室であなたの前の二人を含めて27人が似たようなこと言っていましたから」


 さすがに驚いたわ、あの二人の話し声が聞こえていたなら控え室で交わされた言葉はほぼ彼に聞かれたことになる。


 それだけじゃない、50人いる教室で全員の会話を理解していることになる。

 聖徳太子を完全に超えている。


「わかった、わかったからもうちょっと前向きになろう。せっかくの入学式なんだからさ。ほら、私に何か用事あったから話しかけてきたんだよね」


 彼は急に目的を思い出したようで、先ほど暗い表情はすっかり消えた。


「そうでした。男のスーツ姿は三割増しと言うのは果たして本当でしょうか?」


 んっ? 突然何を言い出すんだこの人は……食いつくところがおかしいやろ。


「いや、実際に素敵な部類には入るでしょう」

「じゃあ、僕のスーツ姿かっこいいですか?」


 そういうと彼は軽くポーズをとって私に感想を求めた。

 正直なんにもかっこよくないただスーツ着ている人であった。


「うぅっ……」

「ふっ、そうでしょ。僕じゃなにも思わないんですよ」


 彼は勝ち誇ったように鼻で笑った。


「ちょ、ちょっと待った。いきなり言われたらそれは考えるでしょうよ。そもそも、仮面付けている状態で聞かれても困るわ」


 私は返答に慌てているのとは反対に彼は冷静に淡々としゃべる。


「なぜ考えるんです。男がスーツ着ているのがカッコイイなら即答で僕のこともカッコイイと言えるはずです。それができないというのはスーツとは別にもっと重要なことがあるからです。男がスーツ着るから素敵じゃないんです。イケメンがスーツ着るから素敵なんです。男のスーツ姿がカッコイイなんて言わず、素直にイケメンのスーツ姿がカッコいいと言ってください。素直にイケメンが好きと言ってください」


 この変人、普段みんなが言わずとしていたことを堂々と言いやがった。

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