第3話 立案根拠

 十年前、ある経済学者が行った全国的な大規模調査が全ての始まりだ。

 行った研究のテーマは



『容姿の美醜による幸福度の関連について』


 という悪ふざけに等しいものだ。


 内容は容姿の美しい群とそうでない群に分類し、

 単純な幸福度の回答をはじめ、学歴、就職率、生涯収入、婚姻率、出生率とあらゆる面を比較した。


 まぁ、それぞれ結果を言うのも面倒だから端的に言ってしまえば、

 容姿が良い方が全ての面においてそうでない群より幸福であることが論文として立証された。


 もちろん、例外も当然あったが、それを差し引いても差は歴然、

 その研究でもう一つ明らかになったことが、

 容姿により影響されると思われていた女性よりも、

 男性の方が美醜による差が段違いにあることが分かったのだ。


 このことがきっかけで、容姿の良い人間には課税するべきだという声が上がったのだ。

 それ自体もおかしいのだが、新たな税源の登場に政治家は熱心だった。

『容姿税法』という容姿の良い人間には追加税を払わせるという草案が国会で議論され始める中、そこに待ったの声がかかった。


 女性団体の声明だ。『女性』を容姿で差別するような行為を認めないというものだ。


 ごもっともな意見で、この草案は廃案になると思われたがそうもいかなかった。

 女性を対象から外しただけで女性団体が納得したのだ。


 男性ももちろん反対したのだが、それを強く言う組織は形成されなかった。

 女性団体の歴史は長く、しっかりとした組織として確立していたが、

 男性にはそのような組織がなかったうえ、付け焼刃でできるほどことではなかった原因だ。


 男性のみ対象にしたその政策に話し合いが進める中、さらに、ある声が上がった。


 研究結果は


『容姿の美醜が幸福度に影響するのは、容姿の良い人間がそれだけ優秀な人間であるという証明である。その優秀な人材を課税し潰すようなことをしてはいけない。むしろ、そういった人間こそ必要であり保護していくべきだ』


 というなんじゃそりゃという訳の分からないことを言い出すバカ政治家が現れた。


 ウチのお父さんはこれに関連する政策に始めから反対していて、

 この案にももちろん反対していたのだが、意外にも国民からはこの案の支持があり、

 大半の議員は人気取りのためにこの案に賛同したのだ。


 結局話しは二転三転して、当初の目的とは全く逆のイケメン優遇の政策が施行されてしまった。


「皆、イケメンやな。みんな一類か二類ってところかな」


 前の女子が同じ科の品定めの結果に色めき立つ。

 一類、二類の優遇加減も半端ない。


 具体的な政策内容もまぁ酷い事。


 男子は高校入学時に容姿判定をまず受け、容姿一類から四類に振り分けられる。

 容姿一類が超絶イケメン、そこから順にランクは下がり、容姿四類はイケメン以外。


 イケメン以外は特に変わらずこれまで通りの生活を送り、

 一類から三類はそれに応じて国から補助金が支給される。

 未成年で経済的に苦しい場合は支援金も受け取れるうえ、奨学金も無利子で借りられる。


 一番ヤバいのが受験時の追加配点だ。

 最大で50点上乗せされる。


 この完全に不公平極まりない配点に男子は苦しめられる。

 イケメンは生まれながらの勝ち組という絶対的な地位を得る。


 わかると思うが、

 そんなことをすれば嫌が応にも、レベルの高い高校大学は容姿の良い人間が集まってしまう。


 看護学科のような女子の多い学科ではこのようにイケメン率が自然と高くなる。


 こういった学科を世間では『イケメンの園』と呼ぶ。


「五人目はそのすぐ後ろ」


 そんな状態だから、ウチは最後の男子も当然イケメンだろうと思って前の女子が指さす方向を見た。


 そして驚愕した。


 容姿が良くないだけなら驚きもしないだろう。


 事もあろうにその男子は顔をすべて隠す真っ白の仮面を被っていた。


「何よアレ! なんで仮面なんか付けてんの!」

「どうせ四類の人でしょう。当たり前よね。こんな場所で醜い顔なんてさらせるわけないもん。あーやだやだ。容姿が悪い癖に頭が良いなんて」


 前の女子の言葉にウチはイラッとした。

 確かに仮面を被るけったいなことしてるけど、容姿は関係ないだろう。


 実力でここに入学したんだから。

 この国の唯一の救いは、実力があればちゃんと大学に行けるということ。


 お父さん、大学に入学して改めて思ったよ。

 この国は間違っている方向に進んでる。

 生きていたらひどく嘆いていただろうね。


「まだわからないよ。もしかしたらイケメンかもしれないよ。ちょっと、こっち向いて」


 冗談交じりに前の女子が隣の人にも聞こえないくらいの小声でそう言ったつもりだったのだが、何かを感じ取ったのだろうか、いきなりこっちの方をピンポイントで見てきた。


 あまりの出来事に驚いて思わずウチは目線を戻した。

 前の人たちも「えっ!」といった表情をしている。


「私の声意外と大きかった?」

「ううん、私でもやっと聞こえるぐらいだった」


 偶然かな? 

 それにしてはウチたちの方に向くだろうか?


「でも、あの様子じゃ期待できないね」

「うん……、なんか残念、私この学科って入学条件に男子はイケメンって決まってるんじゃないかと思ってたのに、そんな少女漫画みたいなありえない設定と思ってたけど……『イケメンの園』が台無し」


 この女子の言いぐさに飛び掛かってやろうかと思ったが、

 入学早々問題を起こすわけにはいかない。

 そもそもウチには関係ないか。

 どうせ四年間男子とはかかわらずに生きる喪女だろうからな。

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