第8話 世界一、友達にしたくない男


 その男は、見るからに〝凶〟だった。


 「…何でびしょ濡れなんだよ」

 「体長8mを越えるワニに襲われてな…」

 「日本だよね、ここ‼」

 何気に同一ベクトル上で一番ありえない被害に遭ってんな、お前‼


 「ってか、聞くべきは血ダルマな理由っすよねぇ⁉」

 ああ、そういえば。こいつ、いつもこんなんだからスルーしちまったけど、…ほんと、血ダルマだよ。誇張なく。天パの先から、着流し着物先まで、血を流していない場所がねぇ…黒鉄色の中に白く光る瞳が怖い…まぁ、巨大ワニとの死闘の結果か。


 「違うよ?そこで転んだ」

 「なんで転んで血ダルマになるんだよ⁉」

 「俺は〝大凶星〟だぞ?刀剣所持×転倒=血ダルマ、に決まってるだろ」


 自らの血によって赤く染まる、白く輝くその刀身が150㎝を越えそうな日本刀をかざして見せる。それは、全てを斬り割くサムライマスターの証…


 って、


 「リョウマがすでにいねぇ‼」

 ほんと逃げ足早ぇな、あいつ‼

 無駄だと思って見回した世界は、人っ子一人いない夜の繁華街だった。リョウマは『絶対に勝てる戦いしかしない』男なので、不安要素しか存在しない大凶星とは戦わない。ってか、会ったら必ず逃げ去っている。


 「よし、俺達も逃げ」

 「逃げるんであとはヨロシクっすー‼」

 おーい…


 「あ、ジャンじゃねぇ~か!」

 俺が人を見失った時、大凶星は人を発見していた。

 声を掛けられたジャンは…気づいてない?いや、さすがに…隣の長髪には声が届いてるっぽいし。しかし、ジャンは大凶星の数度の呼びかけに答えようとはしなかった。リョウマもいなくなり、立ち上がって体をチェックしている。


 「おっひさ~」

 「…知り合いなのか?」

 「ああ、俺のダチだ」

 銃声が言葉を切り断った。


 「ふざけるな」

 …否定なさってるけど。


 「何で俺が真人なんぞの命令で動いていたと思う?」

 ジャンは、もう生気のない無表情、ではなかった。まるで真逆の、感情を剝き出しにした…〝憎悪〟が満ち溢れた容貌かおだった。眉間には深々と皴が刻まれ、血走った黒い瞳の横には血管が浮き、糸切り歯が歯ぎしりで砕けそうだ。

 「お前を殺す為だ」

 …友情0%ですよ?あれ。


 「なるほど。脳内友達か」

 「可哀想な人を見る目で見るな‼」

 一方、大凶星は、奴らしくもなく〝融和〟が満ち溢れた容貌かおだった。下がった目じりの奥は空洞で、緩んだ口元は無数の傷跡で埋まり、僅かに紅潮しても顔一面の血で見えない…奴らしい凶相で〝融和〟が泣き出しそうだぞ、おい。


 「俺さ、ガキの頃、マフィア組織にいたんだけどさ」

 「…何で?」

 「どうやら俺は、生まれてすぐ、両親とその親戚とその友人と、事前施設を不幸のどん底く落として潰しまくったらしくてな」

 …さすが大凶星だな。


 「最終的に、マフィアに身売りされて、そこで、俺はようやく落ち着いたのだ」

 …そら、どんだけ不幸者増やしても潰れない場所だからな。


 「そこで会ったのがジャン。仲良かったよ、ほんと。もう一人の女の子と3人」

 「その女の子は?」

 「ボスに襲われて殺された」

 …うわぁ。

 「それを見たジャンがキレてボスをめった刺しにした」

 …うわぁ。

 「で、『全てお前のせいだ‼』と俺を崖から突き落とした」

 …うわぁ。


 「全て、お前のせい。だろ?」

 「…余りにも正論過ぎて、否定しようがねぇな」

 銃声が大凶星の自嘲の声をかき消した。


 「俺は守るべき家族も、大切な友人も、愛する恋人も、全てを不幸にする〝大凶星〟だからなぁ‼あの子が死んだのは、当然、俺のせいだ‼」

 その銃声など凌駕する、大凶星の号砲だった。加害に対して、一片の言い訳もせずにそれを肯定する。肯定された被害者側は、ただ、怒りを増幅されただけだった。ただし、否定した所で、謝罪した所で、全て結果は同じなのだけど。

 …どうする?


 『好都合だな。このまま二人を戦わせよう』

 …いや、確かにそうなんだけどさ。

 『敵同士を潰し合わせて、傷ついた勝者を消せばいい』

 …そーすりゃ安全だよね。うん。

 『この二人が死んだところで、俺には何のデメリットもない』

 「リョウマーーーーーーーーーー‼

 俺の心の声みたいにインカムから声出すのやめろ‼


 「今、どこだ⁉」

 『現在位置は、爆弾から』

 え?ああ、爆弾の守備に向かったのか‼

 『遠く離れた場所だ』

 「このクソヤロウ‼」


 ただ、リョウマの思惑に関係なく、二人の対決はもはや既成事実だった。その血まみれの長刀を構える大凶星に対し、ジャンはポケットに手を入れている。


 「で?どうすんのよ?俺を直接殺せないから、真人の『日本破壊爆弾で1億人と心中させれば殺せるんじゃね?』作戦に従ってたんだろ?」

 「今は、お前を殺す武器がある」

 ジャンは、サイコロを取り出した。


 「賽卦五行殺…⁉」

 思わず口走る、大凶星の顔が不快に歪んだ。体に鳥肌が立ち、毛が逆立つその感覚は、かつての痛みを想起したからだ。それは、さっき俺が落としたサイコロ。さっきジャンに拾われたサイコロだった。


 「そ、そうか‼仙人の仙具なら、大凶星を殺せる…さすがはジャンさ」

 「お前がやるんだ」

 昂って身を乗り出した赤スーツが、反転収縮する。受け取るように差し出されたサイコロに手を伸ばし、指先が触れようとした、そこで後ずさる。


 「で、でも、これって…『1』が出たら、死んでしまうかもしれない…」

 「だから、お前がやるんだ」

 それは究極の効率主義だった。一見すると、リョウマと同じようにも思えるが、実は全く違う。リョウマは『他人にやらすだけで、自分はやらない』から。一方、ジャンは『他人にやらせた上で、自分もやる』から。

 …リョウマのがロクデナシだな、おい。


 「『1』が出て死ぬまで、せいぜい大凶星の命を削れ」

 「む、無理です‼」

 「お前はいつも言っているな。俺を愛していると。俺の為に何でもすると」

 また、この殺し文句が出た。


 「…あいつって、男が好きなの?」

 「はぁ?あいつに愛とか恋とかあるわけねーだろ?」

 何か、思いっきりバカにされた。


 「ただ、あいつは男でしか性処理できねぇんだ」

 …あー、…


 「女の裸を見ると、過去がフラッシュバックして…別方向の18禁になるからな」

 …めった刺し、か。


 「俺を愛しているなら、やれ」

 「愛してるわけねぇだろ‼」

 長髪イケメンの顔が、ありえない角度で歪んでいた。


 「ただ、地位に…出世に有利だからやってただけに決まってんだろうがボケ‼愛してるだぁ?媚び売ってただけだバカ‼…こんなの、やってられねぇ‼」

 清々しいほどに正直に、汚い言葉を汚い表情で吐き出して、パオは投げ捨てたバイザーにツバを吐きかけて立ち去った。ジャンはそのバイザーで顔を覆い、一言。

 「そうだな」


 「えーっと…」

 「賽卦五行殺」

 気を遣おうとした大凶星に向けて、サイコロが弾かれる。引きつり固まった大凶星の胸に当たったサイコロは、地面に落ちて4回ほど転がった所で、止まる。


 「ぐはぁぁぁぁああああああああああああああ⁉」

 割れ響くような悲鳴が辺りに響き渡った。いきなり、そいつの横で車が爆発したのだ。吹き上がる爆炎はその身を焼き、飛び散る鉄片がいくつも体に食い込む。


 「最初から『1』とは、な…本当に運命は、クソッタレだ…」

 被害者はジャンだ。一瞬で血ダルマになった男に、もう一人の血ダルマ男がすでに斬りかかっていた。咄嗟にジャンは爆発した車の中へと逃げ込む。大凶星がお構いなしに刀を振るうと、その長刀はいとも容易くその車を両断した。

 〝偶然〟当たり所よく、刀が合金を分断したのだ。


 「は~っはっはっはっはっ‼どうしたどうしたどうしたぁ⁉」

 高笑いと共に大凶星が刀を振るう。その一振り一振りで、街灯が、トラックが、店舗が、為す術もなく両断されていった。その断面は綺麗な一直線で、それはまるで豆腐でも斬るように易々と。まさに〝この世に斬れぬモノはなし〟だ。

 結果、街はどんどん破壊されていた。街灯からも、トラックからも、店舗からも炎が噴き出し、それは風に煽られてどんどんと燃え広がっていく。


 ただ、ジャンはその全てを避けていた。

 これはリョウマ戦でも見せたジャンの高い身体能力のおかげ、というより、大凶星の振りは余りにも大雑把なので、実は俺でも避けられた。


 「表なら斬れる。裏なら斬れない」

 俺と違うのは、避けたその場で確実に反撃をしている所だろう。5円を紐で繋いだ『銭剣』がその度に振られ、もう3度、大凶星の体を斬っていた。こちらの断面はとてもきれいな一直線ではなかったが、まるで刃物で切ったようだった。

 そして、またサイコロを弾く。


 「賽卦五行殺」

 サイコロが止まった、瞬間、大凶星の顔に水流がぶちまけられる。消火栓が暴発したのか…と視線を動かした、反対側からジャンが斬りかかる。大凶星は体当たりをぶちかましてジャンを吹き飛ばしたが、銭剣が当たった肩からは血が噴き出す。


 「賽卦五行殺」

 吹き飛ばされつつ、ジャンがサイコロを弾いていた。思わず大凶星が両手を頭の前に交差して防御に回った、そこに、大量のガレキが降り注ぐ。防御は間に合ったものの、頭から背中一面を襲い続ける激痛に、顔を歪めずには入れなかった。


 「ひゃ~っはっはっはっはっはっ‼ひ~っはっはっはっはっはっはっ‼」

 ジャンの顔も歪んでいた。…狂気に。


 「ついに…手に入れぞ‼お前を殺せる力をなぁ‼」

 …仙具って、誰でも使えるんだなぁ。


 『死人か』

 「しびと?」

 インカムからリョウマの声だった。


 『あのサイコロは、6分の1の確率で自らに凶がくる、最悪、死んでもおかしくない。あの銭剣に至っては、2分の1の確率で止められずに自らが両断される代物だぞ?そんなものを振れるのは狂人か、全てを…自らの命さえ捨てた死人だけだ』

 なるほど。

 「………」

 今、さらっと俺〝狂人〟呼ばわりされてなかった?


 「自らも物としか思わない〝死人〟は、全ての道具を扱える」

 アイテム使いって、そんな悲壮な職業だっけ⁉


 『ただ、…貴様もだが、何で「賽卦五行殺」と一々口に出すのだ?』

 「………」

 『必殺技名を口にしないと、起動しないのか』

 いえ。


 戦いは永遠に続くように…見えなかった。ジャンが悪い目を出す前に、大凶星の体を削りきれるか…たった数分の一で起こる終わりは、いともあっさりと訪れる。


 腕が、飛んだ。


 所詮は2分の1。賭けに負け、大凶星の刀を受け止めようとした銭剣は簡単に両断され、そのままジャンの左手が切り落とされた。

 それでもジャンは全く怯むことなく、それどころか、それを好機として刀の内側に入ったそこで銭剣を振るう。それは明確に大凶星の首元を狙っていた。


 「三災よ、来い‼」

 その声に呼応するようにタンクローリーが大爆発をした。巻き起こった火炎は周囲の炎をも巻き込んで、まるで意思を持つように二人を目がけて襲い掛かる。爆発の衝撃波は建物を破壊し、車を吹き飛ばし、ガラス窓を割り尽くす。

 俺は最初から巻き込まれまいと遠巻きだったけど、それでも危なかった。もうもうと上がる黒煙とここでも身を焼かれるような熱風…これじゃあ、


 「大凶星はこの程度の凶じゃ死なねーーーーーーーーーーーーー‼」

 …お前は、もう、いいわ。


 見た目は黒焦げで、何で生きてるか分からないけど。それよりも、ジャンだ。その近辺…爆炎の中心地には、いない。やや視界を広げた道路の樹木が燃えるそこらにも、いない。さらに視界を広げると…繁華街、爆撃されたみたいになってんな…

 …消し炭になっちまったのか…結論付けようとした、俺の後ろで誰かが落ちる。そこにいたのはジャンだ。服が焼け焦げてはいるけど、大凶星よりは軽傷に見えた。

 ただ、片手だけではなく、両足もなかった。


 「…また、そうなったなぁ」

 「お前のせいで失ったものを、またお前のせいで失ったから、何だ?」

 義足…なのか。奴らしくもなく辛い顔で見降ろす大凶星より、毒づいて見上げるジャンの顔のが生気があった。恐る恐る傷口付近を見ても、大量出血とかはない。

 どうやら、腕も義手か。


 「…義足がぶっ飛ばされてなければ、あそこで焼け死んでいたし、この足が義足でなければ、切断のショックで死んでいただろうがな」

 〝偶然〟ってすげぇな‼


 勿論、人為によって操った〝偶然〟だけども。どうやら、爆発の瞬間、あのバイザーで危機回避の〝偶然〟を探したらしい。ずっとかぶって戦っていたのに、ずっと使われなかったんだけど、最後の最後で役に立ったな。


 「終わりだな」

 「終わりじゃない」

 「それじゃ、戦えねぇだろ?」

 「できれば、お前は俺のこの手で殺したかったんだがな」

 かみ合わない会話に、大凶星が苛立つ。


 「まさか、爆弾のとこまで俺についてこいとか?やだよ。疲れたし。じゃ~な」

 「…そっち、爆弾がある方だぞ」

 「あれぇ⁉」

 ふつーに危険に向かおうとすんな‼


 「は~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ‼」

 なんか、ジャンにウケてんぞ…その意味が分からず、俺と大凶星は顔を合わせる。


 「…ここで十分なんだよ」

 「ナニ?」

 「ここは十分〝爆心地〟だろうが」

 「………」

 なんやてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 ここは………いや、知らんがな。ここ、どこ?そういえば、あの基地から1㎞も離れてないとか言ってたような…そら十分爆心地じゃん⁉しらんけど‼


 「〝日本を完全沈没させる〟とかならともかく、何十万人を殺し、何千万人を不幸にする…〝大凶星を殺すほどの不幸〟は十分に起こせるからなぁ‼」

 「………」

 マジかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 疑心暗鬼…というか、信じたくない信じたくない信じたくない、で思考放棄した俺を嘲笑うジャンが背後のビルを指さした。それは、確かパチンコが入っているビルで、その巨大スクリーンに『今月の最新台情報』とかが流れていた。

 その映像が、いきなり変わった。


 「日本破壊爆弾事務所‼」

 予測させられていたから、すぐに判別がつく。一見さんだと、工場内の風景に見えたかもしれないが、さすがの俺も数時間前だから忘れようがなかった。

 その、画面の中心に女性が立っていた。


 「ジャン様。準備は完了してございます」

 それは、豊満な体のラインが分かりすぎる全身黒タイツの美女だった。伊達メガネの奥で目を伏せるその女性を、俺はよく知っている筈だった。…が、名前が出てこない。ひょっとこ、じゃなくって、ガスマスク、じゃなくって、ええと…

 「オカメ‼」

 「誰じゃい、そりゃあ‼いてこますぞボケェ⁉」

 ああ、その暴言。間違いない、


 「コン⁉何で、お前…」

 「…なんでも何も、ワイは元々こっち側やろが」

 うん。そうだった。


 だから、言いかけた言葉が途中で消えてしまう。そもそも〝八鬼〟だっけ?こいつが所属していたマフィアって、真人の手下だったトキの仲間だもんな。しかも、トキに真紅のドクロを渡したのがジャンのつかえていた炎帝なんだから、バリバリです。

 ぶっちゃけ、バイザー横流しもこいつだべな。


 「残っていたサムライ舞台は全て眠らせました」

 …そんな怪しい人間を野放しにしていたのだから、当然の結果だった。何で野放しにしていたのかというと、リョウマはあのバイザーに仕込みをしていたから。リョウマは研究所に攻め込まれた時点で逃げると明言していたから。

 リョウマのせいじゃねーか、おい‼


 「爆破スイッチはどうした?」

 「…ここに」

 「よし。押せ」

 「   あ 」

 コンは、言葉を失った。


 「押せ」

 「で、でも、押したら、…ワイも死んじゃい…ます」

 「そうだな」

 当たり前のことを言うな。そんな声だった。コンも、分かっていた。当り前の事だから。コンが聞きたかったのは、その後なのだけど、ジャンの考えに〝その後〟なんてない。もう、ハッキリと「死ね」と言われているのだから。


 「わ、ワイが離れて操作してもいい…ですよね?」

 「好きにしろ」

 コンの顔に笑顔の花が咲いた。

 「そのスイッチの作動範囲、3m以内ならな」

 …すぐに散ったけど。


 「お前は言ったな。俺の為なら何でもする、と」

 「は、はい‼ジャン様がいなかったら、ワイはとっくの昔に死んでました‼生きていても、生きていないどこに売られてました‼ジャン様がいたから…せやから‼」

 「なら、押せ」


 押せるわけがなかった。それを見て、ジャンは溜息を吐く。

 「お前は俺を愛しているのだと思っていたのだが」

 「…え」

 コンの顔が真っ赤だった。顔から火が出る、ってか、いっそビームくらい出てそうな勢いだった。否定の否定の否定の否定の否定の否定、みたいな感じ。…見え見えだったけど…多分、気持ちを伝えてはいなかったんだろうな。

 ジャンは当たり前に男侍らして、女は抱かなかったのだろうし。


 「あいつらの口にした愛は全て偽物だった。女のお前の愛もそうなのか?」

 「違っ…違う…違」

 「愛しているなら、押せ」

 「…愛してるからヤれとかヤらせろとか言う男の言葉は無視していいと思うぞ」

 その俺の言葉は、1㎜もコンに届いていなかった。一方、ジャンの言葉はコンの体をハチの巣にして貫いていた。死の恐怖で顔をクシャクシャにして、顔をイヤイヤさせて震えながら体中から水分を出しているのに、ボタンへ進む指は止まらない。

 そして、スイッチを押した


 『爆破カウントダウンを開始します。60、59、58』

 「マジかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー⁉」


 泣きじゃくる子供のようなコンの後ろの窓に光が差し込む。爆弾を上空に発射して爆発させる為に、だ。その爆弾自体も小さく振動して、作業が始まっている。

 あかーーーーーーーーーーーーーん‼死にたくない死にたくない死にたくない‼


 「そうだ!大凶星を今、殺しちまえば…」

 「わが身可愛さに人を殺すなんて、…ヒドイ」

 「全ては人命救助!正義の為なのだ‼」

 「…ま、それで日本人は救われるけど、爆心地のお前はふつーに死ぬんじゃね?」

 そうだった。

 「それじゃ意味ねぇな…」

 「正義どこ行った?」

 俺は無意識にポケットで10円を転がしていた。


 …最悪、こいつに助かるか助からないかを聞けば、50%で俺は〝偶然〟助かるだろうな。…日本は滅ぶけど。こいつを弾いて、爆発するかしないかを表裏に問うってのはどうだ?…それ、50%の確率で確実に日本滅ぶわ。ついでに俺も死ぬ。


 その時、遥か高みから声がした。


 「ああ、…神の声が聞こえます」

 神の声キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――‼

 そのキノコ頭は、クリクリした瞳は、白いコートは、間違いなく天使…〝聖人〟だった。その頭上から一筋の街灯の光に照らされる様は、まさに預言者だった。

 …まぁ、立ってる場所、牛丼屋だけど


 「神はおっしゃいました」

 「オッケー‼」

 「〝そこにいると危険だ〟と」

 「うん。うんうん‼それ分かってる‼それで⁉」

 「それだけです」

 「………」

 神様の役立たずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 「わわわわわわ⁉」

 足を滑らせたキノコ頭は、下に落ちて気絶した。


 「何しに出てきたんだよ⁉」

 『38、37、36、35』

 「あかーーーーーーーーーーーーーーん‼」


 溺れる俺は、スマホを取り出す。


 「もしもーし⁉リョウマーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 『アテンションプリーズ、間もなくホノルル行き搭乗手続きが終了します』

 「………」

 日本から逃げる気まんまんじゃねーか、あの野郎‼


 「リョウマ様。セーコ様から連絡が」

 「よし」

 「ちょっと⁉リョウマ⁉」

 「俺は必ず戻ってくる」

 「え?」

 「安全になったらな」

 ぶちっ

 「………」

 ふざけんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 『19、18,1716』

 「もーダメだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 さっきから、俺、喚いてるだけじゃーーーーーーーーーーーん⁉

 「くっくっくっ…っひゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ‼」

 そして、ジャンは狂ったように笑い続けていた。人目もはばからずヨダレと唾を吐き散らす、その瞳は、ただ一人だけを映していた。それは、本当に腹の底からの…心の底からの、笑いだ。怒りも、恨みも、友情も、全てを含んだ、ただの大笑いだ。

 「…ふっ」

 「4、3、2」


 ぴたっ


 カウントダウンが止まった。


 「………は?」

 俺達の時も止まった。


 …それから何秒経ったのか…俺には全く分からなかった。もう10分経ったと言われても、納得したに違いない。沈黙の時間だけが過ぎていく。

爆発は、いつまで待っても起こらなかった。


 「コン‼」

 「わ、わわわわ、ワイやありません‼ちゃんと押してます‼おいおいおいおい⁉」

 コンが焦って連打するも、カウントダウンが再開する事はなかった。ジャンはその様子を上半身を起こした姿勢で見続けていたが、やがて諦めた。


 「どういう事だ⁉」

 しらんがな。


 「あー…、多分、俺のせいだと思う」

 おそるおそる手を上げたのは、大凶星だった。俺も、なんとなくそんな気がした。そして実は、ジャンも何となくそんな気がしていた。自分に向けられる視線から、それを悟っているのだろう。大凶星は視線を合わせられずに宙を彷徨わせる。


 「お前が俺を殺せて笑ってるの見て、何か『あー、よかった』的に思っちまった」

 「………だから?」

 「俺は〝大凶星〟幸せが訪れる事は、ないんだ」

 「………」

 「全ては〝運命〟だよ」

 「ふざけるなぁぁぁぁああああああああああああああああ‼」

 俺は、これほどの怒りの表情を、今後見る事はないだろう。


 「お前は大凶星だろ⁉あのままカウントダウンが続けば、何十万人の人間が死んだと思う⁉何千万人の人間を不幸にできたと思う⁉おかしいだろ‼」

 「俺にとってはさ、見ず知らずの何千万人より、お前一人の幸福のが重いらしい」

 「………」

 「お前は、俺のたった一人のダチだからな」

 「ふざけるなぁ‼」


 感情的に振るう手足もなくもがいていたジャンが、たった一本残った右腕に銃を握り、感情のままに大凶星に向けて撃つ…が、一発として当たらなかった。

 「何で、俺にはお前が殺せない⁉」

 「殺されてやれば、お前が幸福になる…と、俺が思っているから。だろうな」

 …イヤな友情パワーだなぁ。


 『ふざけるな』と呪詛の言葉を呟きながら、ジャンは這いずっていく。…止める理由も、殺す理由も、助ける理由も、ないからな。暫くして、秘密基地から駆け出してきたコンが涙ながらにその身を抱きかかえて、どこかへ消えた。


 これって、ハッピーエンドなのか…?

 「ああ、…神の声が聞こえます」

 「へ?」

 「〝ハッピー・エンドである‼〟」

 どこが?

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運命の駒たち ロウヒーローVSカオスヒーロー まさ @goldenballmasa

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