第7話 ニンジャマスターVS偽ニンジャマスター
女性達が色めきだった。無理もない…現れたのは芸能人⁉とすら思えない、美の権化。軍服にも見える純白の詰折制服よりも透き通る肌、完璧な秀麗さで整う眉目は彫像の様でおよそ人のそれではなく、そしてまばゆく輝く黄金の瞳…リョウマだ。
その、唇が動いた。
「それは俺の変質者だ」
なにそのパワーワード⁉
「さっさと変質者を開放しろ」
警官に向けて言う言葉と思えねぇ‼
「よくやったな、変質者」
1㎜たりとも褒められた気がしねぇ‼
手錠から解放された俺に向けられる、リョウマの…結構、心からの称賛。…結構、心からのねぎらい。…結構、心からの感謝。…嬉しくねぇ‼
「にしても、よく、すぐ駆けつけてくれたな」
「バカか貴様は」
「へ?」
「ここは、あの基地から1㎞と離れていないぞ」
うっそーーーーーーーーーーん⁉じゃあ、俺、この辺クルクル回ってただけなの⁉愕然としたその俺の鼻先に、白い筒が向けられる。
「アンさん、ありが」
「…リョウマ様のお手を、この様なモノで汚す訳にはまいりませんから」
「す、すんません‼」
「いえいえ。リョウマ様の心からのご称讃…さすがは変質者様でございます」
ついに〝様〟づけになったよ、変質者‼
なんか、アンさんの営業スマイルが怖い…完璧に切り揃えられた前髪とロングヘア―が、なんか市松人形に見えてきた。俺はアンさんに恨まれてる覚えが…数えきれないのだけど、どうやらは今は、憧れのリョウマ様に俺が褒められたから、っぽい。
アンさんと同じく藍色の詰折制服が二人。さっき人込みからの中から叫んだケイは、…さっきより軽蔑の顔で俺を見ている。もう一人は銀髪メガネのシルバ。ポニーテイルと一つ結びだけど、髪の長さ自体はあんま変わらん気がする。
「………」
何だ?シルバが暗い…ってか、眼鏡の奥が見えない…
これだけの人間がいながら、見てるものはたった一人だった。正確には、たった一人を除いて、だけど。その二人が正対していた。一人は純白の詰折制服を着た黄金の瞳を持つ麗人。もう一人は漆黒のスーツを着た生気のない瞳をした美丈夫。
「この人ゴミを巻き込んで、戦うか?」
「俺は構わん」
いや、構おうよ‼
いっそ清々しく言い切ったよ、この野郎‼そして、こいつはウソがつけない男なのだ。ウソをつくと死ぬ男なのだ。つまり、完全なる本心です。
ただ、すでに人込みは周囲から排除され、ここは隔離されつつあった。
「さすがはアンさん。見事すぎる手際だな。どんな情報操作したの?」
「全ては、仙人様のおかげでございます」
「へ?」
「…ネット上、あんたのわいせつ物ポロリ画像ばっかっすよ?」
アンさーーーーーーーーーーーーーん⁉
慌ててスマホを見ると、黒い目線が…明らかにズレて素顔が丸出しになった俺が、わいせつ物をポロリしていた。…股間から。そんな画像で溢れていた。
「なにこのコラ画像⁉」
「ご安心ください」
アンさんの慈母の微笑みが、俺の緊張を解く。
「わいせつ物には100%モザイクをかけてあります」
「俺の顔にも100%の黒い目線を入れてくれないかなぁ‼」
…どうやら『変質者出没!』で、立ち入り禁止になってるらしい。ここ…
気が付いたら、自分達はゴーストタウンにいた。…ホスト達がそう錯覚してもおかしくない、静けさだった。未だ夜の街にはネオンが煌めき、灯りのともる飲食店からは今にも夕食の匂いが漂ってきそうだ。ホストに似合いの夜の街の景色だった。
そこでも、どんな場所でも、浮いてしまうのが、リョウマの美しさだけども。
「そのバイザー、八門五行を利用するモノだな」
「そ、そうだよ‼これがあ」
「殺す」
ただ、断言された。
そして、1㎜の誇張も脅しもなかった。躊躇なく肩から飾緒の様に下がった星石鎖をとり、それを足元へと配する。怯えた様に足元を、急回転で見回すホスト達には、それによって〝運命〟が書き換えられたことが見えるのだろう。
「怯むな‼よく考えろ、一対五だぞ‼負ける筈がないだろ‼」
長髪の赤スーツが檄を飛ばす。静かなる男、というのはイメージってかポーズで、実は相当に攻撃的な性格だと今の激で分かる。あわやという所で踏みとどまれたホスト達が身構えた。やっぱり、レッドはリーダー色なんだろうか。
本当のリーダの筈のジャン様は、無関係っぽい顔をしてた。
「最初は俺が相手だぁ‼」
見た目は一番好戦的な黄スーツが雄たけびと共に前に出る。そして、ポーズを決めてから取り出した赤い星石を左右のグローブへと装着し、その左手を南、右手を北東へとかざす。そして南へと一歩踏み出した時、その右手に火球が燃え上がった。
「はーっはっはっはっはっ‼どうだ!出やがれ、〝炎」
「バカか?貴様は」
リョウマの左眉が跳ね上がる。
「貴様は黒石、水属性だろうが。それにこの地性…何で火を使う」
「………」
カッコイイからだと思う。
さすがにそう答えられずに、キンキラ黄スーツは固まってしまう。そうしている内に、右手の炎はグローブに燃え移り、シャンは慌ててそれを消そうとする。不自然な〝偶然〟で火球を発生させるのは、本質的に〝凶〟を操る技だからな。
無論、その隙をリョウマが逃すはずがなかった。
「〝風神剣〟」
リョウマが袖から抜いたクナイを投げつけた。それはシャンに当たらずに、左上をかすめて飛んで行く。…それに吸い寄せられるように炎が全身へと燃え移った。
「バーーーーーーーーカ‼シャンのバーカバカバカバーカ‼」
火だるまになって転がる黄色を、を赤と青のホストスーツの上着を叩いて消火する。そして、仲間に見向きもしなかった小柄な紫のホストスーツが、同じ髪型をわざわざアピールするように前髪をかき上げつつバイザーを装着する。
「このマーくんがお相手するよ~ん‼」
その顔面目掛けて、銃口が向けられていた。
「来い」
「は~~~~ぁ?何、ソレぇ?」
無邪気な子供のような、無邪気な子供らしい、残酷な笑みだった。
「見えてるっつ~の!この先、全部、俺、吉格‼」
「だから、来い」
荘厳優美な女神のような、荘厳優美な女神らしい、残酷な瞳だった。
「銃弾に当たっても死なないだろ?来い」
「どうした?行け」
何もない、一言だった。
挙動不審の様で振り返る部下に、ジャン様は何の興味も持っていないようだった。左目にかかる前髪に見つけた、ゴミを取る事よりも。そのゴミよりも軽く、部下に向けて銃口に向かって歩けと言っていた。リョウマとは真逆の殺人者だ。
「あ、あの…いや!大丈夫なんですよ⁉ですけど‼…万が一…当たったら、死」
「お前はいつも言っていたな?『ジャン様を愛しています』と」
そういう言葉に〝愛〟は全くなかった。
「行け」
「来い」
前後から、全く心のないドS二人に追い立てられ、マーくんの瞳からとめどなく涙があふれだしている…けど、全く心のない二人に届くはずもなかった。溢れ出ているのは瞳だけではなく、股間も含めた体中から水分が全て流れ出ているようだった。
リョウマは銃を撃たずにそのまま歩み始める。撃っても当たらないから。それを分かっていて、マーくんは震える足を踏み出すことはできなかった。自分の眉間に向けられた銃口から視線を動かせない。その銃口が眉間に到着するまで。
「あああああああああああああああああああああああああ‼」
マーくんは絶叫しながら回れ右をして駆け出し、勝手に『死門』を踏んで転び、途中のガードレールに頭をぶつけて気を失った。む、むごい…
それを見届けることなく、リョウマは次の星石鎖を配した。
「次は貴様だ。来い」
また、その眉間に銃口が突き付けられる。
「どうした?進まんのか?」
また、その背中に煽り文句が向けられる。
大男が無言で自らの青い上着を引きちぎる。露になった上半身はむしろ膨れ上がったと錯覚するような筋肉質で、その体中と同じくバイザーとメガネの奥の顔一面に血管を浮き上がらせている。自然、目も血走り、体一面が真っ赤に染まっていた。
「ジャン様バンザーーーーーーーーーーーーイ‼」
雄たけびを上げ、猛然と前進する。その長身と筋肉が目を血走らし、牙をむき出して、猛スピードで突撃して来る様は、肉食恐竜が突撃して来るようだった。
…横から飛んできた看板で頭を打ち、気絶したけど。
「バカか?貴様は」
リョウマの顔がいつもにもまして青白く、その瞳は細い。真っすぐ突っ込んでくると分かっている。正面からの攻撃が無効だと分かっている。なら、横から攻撃すればいい。当り前の事で、それを予測できなかった男に対する視線は蔑みを極めた。
ただ、その蔑みが向いているのは〝全て〟だった。
「何で八門五行を使う?銃や火炎放射器を使えば済むだろうが」
カッコイイからだと思うな‼
…まぁ、実際には、非合法な武器を携帯しないというのが一番大きいのだろうけど。マフィア(犯罪者)だから武器の調達はできるけど、日本国内での携帯は難しいと思う。…いや、マフィア(組織)なら、武器の輸送形態は偽装すればできるか。
「バカは、お前だ」
その蔑みきった正論に答えたのは、無表情だった。
「銃や火炎放射器でお前を殺せるのか?」
「貴様には無理だな」
「なら、結局、八門五行を破れなければ、お前は殺せないだろ」
「ああ。なるほどな」
リョウマは本気で感心しているようだった。むしろ常に氷のような美しさが、今は融解したようにも見える。…こいつ完全武装のテロリストを完封してるもんな。
ひとしきり納得したリョウマは、引き金を引いた。
「ほぉ」
銃弾はジャン様の額右上に当たって弾かれる。
「その吉格なら、当然だな」
「…えー…」
俺はドン引きだった。人様の顔面に銃を撃つリョウマにも、自分の顔面に銃を撃たれて微動だにしないジャン様にも。たとえ、絶対に安全だったとしても。
その表情を見て、リョウマが長いまつ毛を伏せた。
「貴様の言いたいことは分かっている」
「え?」
「〝幸運〟には〝銃の暴発〟もありうる、というのだろう?」
…反省するポイント、そこ違う。
俺がツッコまなかったのは、…呆れ果てたのもあるけど、ジャン様がすでに駆け寄ってきていたからだ。途中、仕掛けられていたトラップを当然のようにかわしつつ、すでにリョウマの右斜めからナイフを振り下ろす直前だった。
それに対してリョウマは抜き放った日本刀で、止めなかった。
「正しい方向から正しい凶格を狙ってくるな」
要するに、あの位置で受け止めれば刀が折れてしまうと。
3歩ほど左斜めに下がり、そこから左回りにリョウマは斬りつけた。それを左肘で何事もなく受け流し、ジャン様は三歩下がったそこで、指パッチン。リョウマの肩から立ち上った炎は、左を向いたリョウマの刀の一振りでかき消えた。
「…互角じゃねーか」
リョウマがこれほど長い間、打ち合いを続けるのを見た事がなかった。リョウマは、常に最適解を最短距離で選び続けるから。しかし、今回は相手も…そのバイザーに搭載されたAIも常に最適解を最短距離で選び続けるので、完全に千日手だ。
「リョウマサマ…」
それを見せつけられる
「ワターシのAIちゃんの前に、為す術もないようデスネ⁉」
…すまん、全く複雑じゃなかった。単純明快だ。
湧き上がる興奮で頬を真っ赤に紅潮させ、まんまる眼鏡の奥で瞳を爛々と輝かせ、銀髪を勢い良く左右上下に振り乱し…うん!なんか楽しそうでよかったね‼
「
どっちの応援してんの⁉
「機械ごときに、俺は負けん」
あ、聞こえてた。
「フン、強がりを…降伏するなら今の内デース‼」
完全に〝敵〟発言ですがな。
「機械は痛みを考えない」
「ぃいい⁉」
リョウマの手刀が肘をかすっただけで、ジャン様の顔が苦痛に歪む。無論、吉格で受けているので重度の身体的ダメージなど受けない筈だ。ただ、完全に痛みを感じないわけではなかった。そして、痛みとは過去に感じたそれが想起されるものだった。
「機械は疲労を考えない」
「次…今度はぁ‼」
吉格で受け、凶格を攻める。確かにAIは正解を示してくれた。ただし、それは〝カーナビによる無慈悲な最適解〟みたいなものだった。左から右へと、結構無茶な要求を簡単にしてくれる。無論、リョウマがそう導いているのだけど。
「機械はズルを考えない」
「な、何だ⁉視界が…このパスワード‼」
〝パスワード〟…そうか。今の一言、もしくは直前の三言がトリガーになって、バイザーのAIを停止させたのか。…考えてみりゃ、敵に渡るかもしれないもんをノーガードにしてないよな…ジャン様は脱ぎ捨てたバイザーを地面に叩きつけた。
「よって、俺が負ける理由がない」
「わ、ワタシのAIちゃんが負けちゃうナンテ…」
…何で悪の女科学者みたいな立ち位置なの?
「ジャン様…!」
駆け寄ろうとした長髪の前に、思いっきり火柱が登る。それは発火地点も適当な、完全に牽制ではあるのだけど、足を止めさせるには十分すぎた。
膝をつくジャン様を、黄金色の瞳が見降ろしていた。
「貴様は、何だ?」
「…何だと?」
「機械の指示にそこまで従える、貴様は何者だと聞いている」
…確かに。バイザーAIの指示は正しい。…正しいのだけど、普通、人はそれに従えない。ホスト達だけではなく、製作者のシルバでさえ『安全』と書いてあっても、自らを危険には晒せない。…いくら何でも銃弾を額で受けるとかは異常すぎる。
「まぁ、リョウマも人のこと言えなくね?」
「俺は世界で一番信頼できる者に従っているだろう」
「誰?」
「俺だ」
…うん。そう。
今もそうだ。ジャン様は頭に銃を突きつけられているとは思えないほど、その瞳は澄んで…いや、上の空…でもない、ええと…目が死んでる、か?
「…俺は、大凶星を」
「呼んだ?」
呼んでねぇぇぇぇえええええええええええええええええ‼
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