第6話 戦隊モノと必殺技

 

 神様の声を信じた俺は、道路の外へとバイクでダイブしたのでした。


 「神の声はぁぁぁぁあああああああああああ⁉」

 「…聞こえませんね」

 神様ーーーーーーーーーーーーーー⁉


 「ああ、…神の声が聞こえます」

 「おおおおおおおおお‼」

 「〝明日の天気は【晴れ】。降水確率は【10%】です〟」

 「………」

 俺、この神に殺意しか湧かねーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 コインを投げて何とか…って、ハンドルから手を離せねーーー‼でも、でもでもでも、何とか手を離して、ポケット………ぁああああ‼色々こぼれたーーーーーー‼


 「え…えええええええええええええええええええええええ⁉」

 ぎゃーーーーーー‼下に誰かおるーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」


 「ああ、…神の声が聞こえます」

 「え⁉」

 「〝下の人間を攻撃するのだ〟」

 「…は?」

 「〝不幸は下の人間に向かい、お前たちは無事だろう〟」

 ただの邪神じゃねぇか‼


 俺の攻撃は実行されなかった。俺の正義感がそうさせなかった、からではない。そんな暇もなく、地面に激突したからだ。とんでもない衝撃が俺達を襲い、投げ出された反動で壁にたたきつけ、られもしなかった。クッション?下が…あ。


 …確かに〝不幸は下の人間に向かい、俺達は無事〟だった。


 おそるおそる下を見てみる。…なんか、人の手みたいなもんが見える、な。ピクリとも動かなかった。バイクの重量って、200㎏くらい?×高さを考えると…

 俺の人生終わったーーーーーーーーーーーーーー‼


 「降りないんですか?」

 「降りろぉぉおおおおお‼」

 天使のささやきと、同時に爆発する怒号。ビビッてよろめく俺と並んで、傾くバイクの車体から、危ない所で飛び降りた。そこにキノコ頭の天使が抱き着きという体当たりをかましてくる。ちんちくりんなので、大したことないけど。


 降りたそこは、ゴミの山だった。…いや、水道管とか標識とかも見えるな。なんか、色んな物が倒れたそこに、バイクは挟まっていた。下がクッションになった程度で、あの衝撃軽減にならない。もっと色んな物が多方向から衝撃分散しなければ。

 で、何でそんな事が起きるのかというと、


 「〝偶然〟か」


 「せ、〝仙人〟と〝聖人〟⁉なんで⁉」

 セーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーフ‼

 「よーし、問題なし‼」

 俺が踏み潰したのは、マフィアさんたちだった。


 俺達を見上げるVRバイザー集団。どうやらあのゴーグルで八門五行を操り、標識が倒れる、ゴミが飛んでくる、バイクのタイヤが引っかかる…などなど〝偶然〟を積み重ねて落ちてくるバイクから『自分達の』身を護ったらしい。

 結果、俺達も無事で済んだけど。


 バイザーの下から現れる、居並ぶイケメン達。その顔は、…醜いシワが一杯に歪みきっていた。均整の取れた細い体のシルエットが浮かぶホストスーツが、…汚れ破れている。いきなり空から降ってきた災害に向けるに、当然の憎悪だろう。


 ただ、実際はそれへの憎悪ではなかったけど。


 「なんで、ここに現れた⁉ここが分かった⁉」

 「…まさかぁ、つけられてたんじゃ…」

 「違う。ここ、研究所、近い」

 ええと、

 「神の導きです!」

 「…そーだねぇ」

 もはやハナクソほじって相槌を打つ。


 鼻息荒くイキがって、胸を逸らして見せても…天使的に可愛い。白いふわふわコートとランドセルは相手の攻撃意思をそぐ…だからなのか、ホストマフィア達の憎悪の視線が、俺一身に集まってる気がする…理不尽すぎる‼


 「お怪我はありませんか?ジャン様」

 その中で、一人長髪の男(赤)が跪いて手を差し出した。マフィアのボス…ジャン様は未だに胡坐をかいたように地面に腰を下ろしていた。右目にかかる黒髪を気にした風もなく、こちらを見る。ちなみに、さっきの動かない手はこいつの手だ。


 「あ~っ!ずる~い‼パオ‼ジャン様には、このマーくんが‼」

 ジャン様と同じ髪型をした、小柄なホスト(紫)が後ろからジャン様に抱き着いた。こうして並べると、ジャン様はイケメンではあるけど、ホストっぽくはないな…いや、周囲のイケメンが余りにもホストっぽいのか。色気、洒落っ気、艶気、と。


 「仙人の相手は俺がするぅ‼ジャン様の護衛は任せたぞ、シィイイイ‼」

 鬣の様に金髪を総毛立たせて叫んだ男(黄)は、すでにナイフを抜いていた。言葉と内面の粗野さとは裏腹に、最も洗練されたオシャレさんだ。ピアスからタイピンから指輪から、体中をキンキラキン装備しながら、下品ではないのだから。


 「了解。ジャン様、護る。シャン」

 一番長身で、胸元を大きく開いて胸筋を披露する、中分黒髪のメガネ(青)が頷く。日本語がカタコトだな、…確か、外国系のマフィアだっけ?〝八鬼〟とか…あの時、トキに真紅のドクロを渡したのが炎帝らしいから、その配下も同じだよな?


 っつか、ジャン様、モテモテだな…


 「さっさと始末しろ」

 ただ、ジャン様は誰の顔も見ていなかったけど。俺の顔すらも。同じホストスーツ(黒)を着ているのだけど、ジャン様だけが違った。ただ、着てるだけだった。きっちりと着こなしている、それはサラリーマンスーツと何ら変わらない。

 っつか、何でみんな違う色なの?戦隊系なの?


 牙をむき出すように好戦的な金髪ホストが、すでに顔にはバイザーをかけ、手にはナイフを構える。その後ろでは、メガネの上からバイザーをかけて、中分黒髪ホストが俺に向かって特殊警棒を構える。さらに長髪もバイザーをかけて構える。

 構えた、だけだけど。


 その最大限の警戒は、あの〝真人〟の『絶対防御』を知っているからこそなのだろう。その絶対防御を容易く破った〝聖人〟と同レベルの脅威〝仙人〟への警戒。


 「フッ」

 …ふつーに殴りかかられたら、ふつーに負けちゃう気がする。


 いや、だって、最近、腕立て伏せやろうかなーと思ったくらいだからね!2週間前‼先週、ちょっと懸垂でもしようかと小学校に行ったら、通報されたからね‼


 その膠着状態は、すぐに崩れた。


 「ああ、…神の声が聞こえます」

 「よっしゃーーーーーーーーーーーー‼」

 わざとなのか偶然なのか、街灯の光の下で、キノコ頭が両手を広げて天を仰いだ。それは〝聖人〟による絶対に起こる事実の前触れ。あの〝真人〟の絶対防御さえも無効化した絶対者による攻撃宣言。…ホスト達を絶望させるには十分すぎた。

 キノコ頭はコートからスマホを取り出した。そして、猛スピードで連打を始める。


 「〝今すぐ、金蔵商事の株を全て売るのだ〟と」

 神様ーーーーーーーーーーーーーーー⁉


 「今、それどころじゃないよねぇ⁉」

 「神の言葉は〝絶対〟なのです」

 「優先順位‼優先順位ーぃ‼今、やる事は、株なのかなぁ‼」

 「まぁ、…たった10億円程度の利益ですね。確かに」

 すんません‼生意気言いました‼


 「よ、よし!こっちから行くぞぉ‼」

 ぎゃーーーーーーーーーーー‼相手煽っただけぇ‼


 「さ、サイコロサイコロサイコロ…」

 「探し物はこれか?」

 ぎゃーーーーーーーーーーー‼ジャン様が持ってる‼


 「銭剣、銭剣、銭剣…」

 「探し物はこれか?」

 ぎゃーーーーーーーーーーー‼ジャン様が持ってる‼


 …どうやら、さっきの落下時にポケットをひっくり返して…全部落ちちゃった。それを回収した長髪の手から掴むジャン様は、初めて興味らしい表情をしていた。

 っつか、落ちただけだと発動しないのか、アレ…


 全てのポケットを引っ張り出す狼狽ぶりは、敵にずいぶんと余裕を与えてしまったようだ。さらに、何も出てこなかったことが決定打だった。ニタニタと笑いながらユラユラと近づいてくる茶髪ホステスの顔は、もはや嗜虐者のそれである。

 サイコロもない、銭剣もない、十円玉もない、…


 「………」

 …あと、俺に残されたのは…コレか。


 眉をひそめて視線を落とすと…そこに、天使はいなかった。気づかない内に、どっか行ってしまったようだ。もうタコツボは売りつけたし、『俺はすでに用なし』が徹底していて…好都合。〝聖人〟の前では、使えない武器だからな。

 俺は腰からチェーンで下げていた白い筒を持つと、その先端をひねった。


 「び、ビームサーベル⁉」

 「魔剣マーラブレイドだ」


 白い筒の先端が僅かに開き、そこから漏れ出す光が一筋の剣を形どっていた。あのゴーグルをかけた奴らになら、星石の光がより鮮明に見えているに違いない。長さ1mほどの、鮮明なビームサーベルのように。


 「そんな懐中電灯が、何の役」

 魔剣マーラブレイドの一振りで、ナイフが折れ飛んだ。


 「シャン、下が」

 魔剣マーラブレイドの先端から迸る電撃が、中分メガネの特殊警棒を破壊する。


 「焼き尽くせ‼〝炎」

 魔剣マーラブレイドの一閃で、長髪の手から発した火球はかき消された。


 「何でだよ⁉」

 〝偶然〟です。


 ナイフが〝このタイミングで〟…僅かな傷を起点に折れたのも、特殊警棒が〝このタイミングで〟魔剣に向けて発電しつつ壊れたのも、炎をかき消す風が良い方向に良い強さに〝このタイミングで〟吹いたのも、全て、


 「〝偶然〟だよ」

 「ふざけるなぁぁぁあああああああああ‼」

 当然、納得してくれなかった。


 この白い筒の中にあるのは〝大星石〟…全ての〝運命〟を自分の思い通りに変えたい人の望みが詰まった石だ。それを、全ての〝運命〟に従う俺が振るった時、あらゆる物事が〝偶然〟で解決する。それは起こるべくして起こる〝運命〟だから。


 「どぉりゃぁぁぁあああああああああああああああ‼」

 ジャン様の盾になろうと中分メガネが両手を交差して立ちふさがるが、光の刃はその体を通過してジャン様を斬り割いた。文字通り、手から噴き出している。斬られたはずの男は、…何ともない自分の体を慌ててチェックする。

 「む、無敵じゃん⁉あの武器‼」


 「何で、すぐにその武器使わなかったんだ⁉」

 「そりゃあ…」

 これは俺にとっても危険な兵器…だからな。


 「…ヒーローは最終決戦にしか、必殺技を使わないもんだろ?」

 ヒーローらしからぬ嘲笑を浮かべて、俺は魔剣マーラブレイドを振るう。その最終兵器に、もはやホスト軍単は立ち向かおうとしなかった。背を向けて、明確に逃げ出した。


 「逃がすか!」

 10円の目は〝捕まえる〟だからな。


 狭く暗いビルの谷間を逃げ、追いかける。牽制しようと振り返ったそこに、魔剣から生じた電撃が撃ち抜ける。道を塞ごうと倒すゴミ箱もドラム缶も、魔剣の一振りで道を開ける。魔剣の前でその努力は、全てが無駄な努力だった。

 そして、俺は追いついた。


 「逃げないのか?」

 足を止めたホスト達の背後から、強烈な光が差し込んだ。


 「この人ゴミを巻き込んで、戦うか?」

 そこは繁華街の入り口前。ちょうど仕事帰りのサラリーマンが飲みに行く時間で、すでに一部出来あがった皆さんが楽しげに歩いている。光っているのは町だけではなく、行きかう車のライトが時にアッパーで俺の目を細めさせる。

 すでに、通行人たちは異様な…VRバイザー軍団×野球ユニフォーム懐中電灯に気づいており、人だかりも出来始めていた。オタクと思われてるっぽいけど。


 「俺は構わんが」

 「巻き込まねぇで終わらせる‼」

 俺は魔剣マーラブレイドを大きく振りかぶった。


 ぽろっ


 その反動で、柄から中身が落ちた。


 「え…」


 アスファルトの上に転がったのは、長さ20㎝くらいの反り返った円柱形で、先端はやや膨らんだ卵型をしている。その〝あおぐろいぼう〟は、誰がどう見ても、


 「ちんこじゃねーか‼」

 「ぎゃーーーーーーーーーーーーー‼変質者‼」

 「路上でわいせつ物を振り回す変質者を確保‼」

 ふつーに逮捕された‼


 「あんた、何やってんすか⁉」

 群衆の中からツッコんだポニーテイルは、ケイだった。…警察に手錠を掛けられた俺は、猫背から卑屈な上目遣いで浮かべた自嘲で応える。


 「…ほら、ヒーローってさ、いざという時しか必殺技を使えないじゃん?」

 「は?」

 「…あれには、理由があるんだぜ?」

 「どんなっすか?」

 「わいせつ物陳列罪、とゆー」

 「その理由で必殺技を使えないヒーローがいてたまるか‼」

 ここにいるぞ。

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