第5話 日本国、大ピンチ
鳴り止まない銃声。壁を塗りたくる血痕。響き渡る阿鼻叫喚。
「ここ日本だよねぇ⁉」
「俺の国だ」
ドン引きして振り向いた先に、見惚れてしまうほど美しい横顔があった。日本を自分の所有物と言うには、一滴の歪みもない、余りにも爽やかな横顔だった。阿鼻叫喚の一方的加害者とは到底考えられない、女神の様に澄み切り秀麗な横顔だった。
戦場で我を忘れた、その横っ面10㎝に弾丸がめり込んだ。
「あ、危ねぇ‼」
「気をつけろ」
「え…」
心配してくれんの?
「死ぬなら俺の役に立つ場面で死ね」
ひどすぎた‼
「〝仙人〟は貴重な俺の駒。犬死は許さん」
とんでもなく真っ黒な発言を、とんでもなく真っ白な男が言った。白でも忍者服ではなく、詰折制服だけども。肩からは飾緒の様に星石鎖を5、6本たらし、額の星石を隠すように深々と帽子をかぶっているので、半ば軍人を想起させる。
…敵は、まんま軍人だけどな。
今回、この『日本破壊爆弾』のある秘密基地を攻めてきたのは、迷彩服、とか、サブマシンガン、とか、そーゆー『軍人』な記号に溢れた皆さん。前回攻めてきたジャケットと、その前のローブで身を隠していた皆さんと、何が違うのか。
「喋る言語が全て違うだろうが」
「…バカで御免なさいねぇ」
俺には分かるのは『外国語』くらいだよ。
「ちなみに今『この場にいる者は皆殺しにしてもかまわん』と言っているぞ」
最悪の通訳じゃーーーーーーーーーーーーー‼
「ここで待って迎え撃つのと、ここから出て迎え撃つのと、どちらがいい?」
「出て迎え撃つ方でお願いします‼」
「ふむ…あの広い地形を利用する、か。なるほど、勝算が高いな」
すんません!ただ遠くで戦って欲しいだけです‼
ここはそもそも悪の組織の秘密基地だったので、攻め込んでくる敵を迎撃しやすいポイントがいくつもあった。その中の一つが、この無駄にだだっ広く出丈夫な部屋だった。敵は無防備な姿をさらし、こちらは狭い通路を護ればいい。
広場を走る迷彩服の足が止まった。ウェディングドレスの様に、帽子から靴の先まで真っ白な詰折制服…その、…結局、不審者が、銃口の真ん前に姿を現したから。
「撃てぇ‼」
…と言ってる気がする。言われるまでもない。っつか、もう目立ちすぎてマトでしかねぇ‼迷彩服着た皆さんが、揃えるように銃口を向け、そして引き金を引く、
ただ、それは一発として掠りもしなかった。
「ニンジャに銃は効かん」
銃弾の雨あられの中を、リョウマは猛然と走り抜けていく。ニンジャには、リョウマには八門五行によって〝運命〟を動かす術があるからだ。八門とは、生門、休門、開門、景門、驚門、傷門、杜門、死門。五行とは、火、水、木、土、金。
つまり、…『運よく当たらない』んです、アレ。
その黄金色の片目でこの場の全ての〝運命〟を見極め、その肩からさがる星石鎖や星石を柄に埋められたクナイを投げて運命を動かす。自らを〝生門〟吉に置いて銃弾を逸らし、敵を〝死門〟凶に置いて銃弾を曲げる。
何でこれだけの銃弾を捌き切れるのか…それは瞬きほどの、ほんの僅かな運命操作だからこそ可能であり、銃弾を逸らすには、そのほんの僅かで十分だった。
「サムライにも銃は効かねーんだぜ?」
「カッちゃん⁉刀忘れてるよ‼脇差、ちゃんと持った⁉星石も確認して‼」
…いいから、さっさと行け。
カクさんとギンのサムライコンビが俺の横を通り過ぎて戦場に向かう。眼帯やスケさんと同じく、見た目は黒コート姿で、容姿もサムライというより、サッカー部のイケメンキャプテン(カクさん)と柔道部のイカツイキャプテン(ギン)って感じ。
リョウマはすでに、その右手が敵に届く距離まで詰めていた。
「地殺星」
リョウマの右手が首筋に触れた男が、地面に吸い寄せられるような無気力で倒れた。地殺星…そこがあの男の命理だったからだ。命理というのは、言ってみればその人間の運命の急所。そこを正確に正しい方向から突けば、最悪、命も取れる。
つまり…『運よく当たり所がよかった』んです、アレ。
リョウマに首を、腹を、頭を、打たれた迷彩服たちは、ある者は幸せに天にも昇るように気を失い、またある者は不幸にも想像を絶する激痛に悶絶する。等しい結果は『戦闘不能』だ。立ち上がってくるものは、一人もいなかった。
確実な一撃必殺。それは〝運命〟を完全に読みつくしているのと同時に、体術の鍛錬によって、そもそも一撃で敵を乗せる武力があるからこそだろう。
「オラオラどーしたどーした⁉もっと撃ってこんかい‼」
「すっご~~~い‼さすがカッちゃん‼」
…いや、敵を倒しに行けよ。お前ら。
カクさんはひたすらカッコよく銃弾を弾く事に夢中で、ギンはそれを拍手するだけ。…サムライも〝運命操作〟で、こちらは簡易な陣形で脇差…刀に〝凶〟を集めて銃弾を集める。そして、脇差の刃色…星石の〝吉〟で刀身が折れるのを防ぐという。
その時、リョウマは頭から火炎放射器の炎を浴びていた。
「風神剣」
リョウマの刀の一振りが風を起こし、そこに炎が吸い寄せられる。都合のいい時、都合のいい方向に、都合のいい風が発生する〝偶然〟は、果たして何万分の一だろうか。それも、火炎放射器の炎を曲げるほどの。
つまり、…以下同文。
そのありえない光景に驚愕しきった男の顔は、…その100倍、驚愕に歪むことになる。炎を巻き込んだ風が、あからさまに自分目掛けて襲い掛かってきたからだ。それは辺りの風を巻き込んで、もはや竜巻と呼ぶべき大きさだった。
まさに驚天動地。迷彩服たちを次々と、炎が、雷が、風が、水が、襲い続ける。全てはリョウマが〝運命〟を操作して可能性を積み上げた結果だった。
「さ、支えきれないよ‼カッちゃ…ああああああ⁉」
「俺の後ろに隠れてろ!ギン‼」
…お前ら、何しに来たの?
ギンが転んであわや、という所でカクさんがその前に立つ。そして、迫りくる二人分の銃弾を弾き続ける。さすがに今度は余裕なく、必死の形相で銃弾に抗い続ける。その後ろでギンはただ守られるだけのお姫様ポジ。いや、お前、余裕あんだろ‼
まぁ、リョウマ一人で勝ったけど。
「サムライ・ニンジャ連合軍の勝利だな‼」
「カッちゃん!お疲れ様」
「…お前ら、何もしてねぇ」
いっそ、最初の場所から一歩も前に進んでねぇ。
「あんただって、何もしてねぇだろうが」
「…ん?タコツボ、買うですか?」
おねむの天使が寝ぼけ眼で見上げてくる。キノコ頭ががっくりと落ち、…また眠ってしまったが、その手はしっかりと俺の裾をつかんで離さない。それを見て、拍子抜けしたようにギンは踵を返し、その背をポンポンとカクさんが叩いて慰める。
あえて言おう。天使が起きていても、行かない、と‼
あの二人より、片付けに参上した一般のサムライ達のがあの二人より働いているんじゃなかろうか。黒コートのサムライ達十数人が、てきぱきと、落ちている銃を回収し、迷彩服たちを武装解除して運び、破壊された施設の状態をチェックしている。
サムライ達に混じって、コンも黙々と作業をしている。今日も素顔なので、ただの実りすぎた黒タイツ美女だな。自分にコソコソ向けられているエロい目に、全く気付いていないようだ。…こいつって、自己認識がズレてるよね?
「コン…なんか、ふつーだなぁ」
「ぁあん?じゃ、いつものワイって何や?」
「変なお面かぶったエロムチ
殴られる‼咄嗟に身構えたけど、杞憂だった。興味なさげに手を振って、すでに俺の前から立ち去っている。…やっぱ、コンにもいろいろ過去があるのかもしれない。マフィアの殺し屋で八門五行をマスターした幹部テロリストだった訳だしな…
「さて、どうしたもんか…」
「タコツボを買えばいいと思います!」
「…それで、コンの気持ちが分かるの?」
「分かりません‼」
言い切ったよ。改めてその顔を見ると、…天使だな。くりくりとした瞳は澄み切っていて、キノコ頭をポンポンと叩くと嬉しそうにはにかんで笑う。
この呪いのアイテムを外すには、百万円を教会に寄付しないといけないらしい。
「〝聖人〟は〝仙人〟と並ぶ有用な駒だ」
いっそスライムでも倒して金を稼ごうかとキョロキョロしだした俺を、黄金色の瞳が射抜いた。その人間離れした美しすぎる詰問顔に…威圧しか感じないんだけどぉ⁉
「絶対に100万円は払うな」
とぅるるるるるるるる
不意に、電話が鳴った。
「あ、アユムちゃん⁉さっき、あのタコツボが売れたの‼5000万円で‼」
「………」
「なんか、伝説の5億円事件の解決を決定づける歴史的な証拠なんだって‼」
「………」
「一緒にあったメモの口座に振り込めばいいのよね⁉もう振り込んだから‼」
「………あね」
ぶちっ
言いたい事だけ言って、姉貴は電話を切った。俺はその場で5秒ほど現実逃避する。俺を現実に引き戻すのは、袖を引く小さな手。そこでは天使が指でOKサインをして見せる。恐る恐る振り向いた俺を待っていたのは、…蔑みきった表情だった。
「…この無能が」
俺のせいじゃないよねぇ‼
「全ては神のお言葉通りです」
体が軽くなったと思ったら、すでに、いつの間にかキノコ頭は数ⅿ向こうにいた。タコツボ売れれば、神のお言葉が実現すれば、俺は用なしだからな。何事もなかったよーに俺にバイバイと手を振ってるよ。…別に、寂しくなんかないぞ!
それより、次の襲撃に備えねぇとだしな…
「次、か」
次で8度目だっけ?
あれから時を置かずして、次々とここを武装集団が襲うには理由があった。世界中のネットワークに情報がバラまかれたからな。世界中の政府機関、ではなく、それこそ市井のSNSとかにさえ。『あそこに日本を破壊する爆弾があるぞ』って。
結果、世界中のロクデナシ達が攻めてくる場所になった。
真人の仕業、なのか?ちょっと首をかしげざるを得ない。攻め込んでくるのが普通の武装勢力で、八門五行の使い手ではないってのもあるけど、あの正義の味方さんたちのやり口ではないようにも思う…ただ、あからさまに俺達は、
「…ここに足止めされてね?」
「それに気づかないバカではなかったのか」
…なんか、本気で感心された。ムカつく…
問題は、その意図だ。単純に考えれば、俺達をここに足止めして、その間に大凶星を探して連れてくる。だろうな。実際、俺達は逃げた奴らを探せてない。リョウマとスケさんは同時にここを離れられないし、サムライ戦力も集めてしまっている。
ただ、この単純な考えには一つ大きな落とし穴がある。
「最終的には〝ここ〟に来るんだよな?これだけ戦力の集まった〝ここ〟に」
「バカか?貴様は」
…本気で罵倒されると、やっぱりムカつくな…
「ここに大凶星を連れてこられた時点で、負けだ」
「え?」
「俺が逃げるからな」
おい。
「俺は、絶対に勝つ戦いしかしない男だ」
何、威張ってロクデナシ宣言してんだコイツは⁉
イケメンだから何を言っても許されるって訳じゃねぇんだぞ?…まぁ、こいつの発言はイケメンだから、ではなく、嘘をつけないから、なのだけど。そして、行動原理が「一、生存。二、勝利」というケダモノ論理だからなのだけど。
つまり、奴等より先に大凶星を見つけて隔離する、もしくは、奴らが大凶星を見つける前に探し出して殲滅する、の二択が勝利条件って事だ。けどけどけど…
「ま、探しには行ってるよな。…サムライマスター様が」
「あれが探しているのは、別の男だろ」
だよねぇ。
スケさんは、必要最低限度しかここにいなかった。…いや、むしろ、必要最低限度すらここにいなかった。逃げた『眼帯』を…探してるんだよ。…意味ねぇなぁ。
「こちらもキョウに捜索をさせているがな」
「それただの隔離措置‼」
…いや、まぁ、アレをここに…日本破壊爆弾の側においておけないけども。実際
『ちょっと手が滑って日本消滅』をやりかけたしな‼
明らかに最重要な『捜索』にリョウマが出れない事には理由があった。
「官邸から、定時連絡を求めてきています」
これ。
噂をすれば何とやら。いつにもましてアンさんは無表情に見えた。その手が抱えるノートパソコンに映し出されたのは、バーコードな頭をした、異常に肌がつやつや光っている、70歳くらいの男性…俺でも一応知ってる、この国の総理大臣さまだ。
「ついさっき、また六十人程のテロリストを処理した」
それは称賛されるべき勝利報告、の筈だった。…にもかかわらず、総理の顔は焦燥と恐怖と狼狽とで醜く歪み、リョウマに向けて指さし蛮声を上げる。
「殺してないだろうなぁ⁉」
「殺して、何か問題があるのか?」
殺人罪だよねぇ?
…って、ツッコミたい。ただ、リョウマにそれは適用されない。いや、あらゆる法が適用されない。イケメン無罪だから、ではなく、こいつは「八門五行を悪用すると〝思われる〟人間を殺す特権」を国に与えられているから。
その独裁者の特権の代償に、額に『嘘をつくと死ぬ石』を埋め込まれているけど。
「問題あるに決まっているだろ‼」
唾がカメラに飛び散るほど、総理は声を荒げた。
「もし…もし、友好国の人間だったらどうする⁉」
それ、もう友好国じゃねぇ。
…いや、まぁ、確かに、攻めてきたテロリストの中に〝友好国〟の言葉っぽい外国語を話していた人いたけど。…結構。殺しちゃったら外交問題になりそうだけども。
「安心しろ」
その涼やかで美麗すぎる表情は、総理の胸をなでおろさせるには十分すぎた。
「その時は総理のクビを切れば済む」
「俺のクビじゃねぇか‼」
「勿論、友好国に土下座し、不都合な情報をもみ消し、俺に金を払った後でな」
「俺にやらそうとしてんの⁉それ‼」
「選挙ポスターに書いていただろ『祖国の為の捨て石になる』と。叶うな」
「いいな‼一人も殺すなよ‼絶対に殺すなよ‼間違っても殺すなよ‼」
…台詞的には、良いこと言ってるんだけどなぁ。
それで通信をブチ切ったのは、現実逃避だったかもしれない。今、現在、何人が死んだのか。それを聞くのが怖くて、耐えられなくて、激高を装った。
実は0人だけど。
「何でわざわざ殺す手間をかける必要があるのか」
…もうちょっと、良い理由はないのかなぁ…
どうせブチ切るなら必要ないと思うのだけど、この定時連絡がある為に、リョウマはホスト達の捜索に出れないのだった。俺にゃ関係ないけど…確かに、このまま家に帰ってのほほんとくつろいでる床下から爆弾爆発したら困る。
こんな時、俺の行動は決まっていた。
「表だったら、マフィアを探す。裏だったら、探さない」
ポケットの中で転がしていた10円玉を弾く。3秒ほど空を舞ったそれは、乾いた反響を残して床を転がり、やがて面を上にして止まった。
「表か」
「…はぁ。しゃーない」
コインの裏表とサイコロの目は、天のご意思だからな。
「仙人様、あちらのバイクをお使いください」
どこまで準備がいいのだろうか。アンさんの横にはすでにバイクが用意されていた。いや、もしかしたら単にそこに置いてあっただけかもしれないが、全てを分かったようなアンさんの営業スマイルにはそう思わせる。
俺はバイクに跨り、ヘルメットをかぶった。
「よし!れっつごー‼」
背中で、天使が右手を突き上げた。…が、もうツッコまねぇ。
「しっかり掴まってろよ」
「は~~~い‼」
右手を半回転させ、バイクを走らせると、その道の時々にいる官憲の皆さんが行く先を示してくれる。実は裏方さんに警察官や機動隊員、自衛隊員が結構いる。ここは世界中のテロリストに狙われた、悪の組織の秘密基地だからな。
…早く出てぇ。
以前、入ってきた灰色の駐車場を抜け、何回もクルクル回りながら坂道を上り、ようやく一般道へと出た。…けど、ポリがいっぱいだ。よく見ると遠くにちょっとした人だかりも見える。…確か『有毒ガスが流失してる』とか報道統制してるんだっけ?
その人ごみに出会わないよう誘導されたそこは、原っぱだった。
「…って、どっちに行けばいいの?」
マフィアを探せってもなぁ…
「ああ、…神の声が聞こえます」
後ろで、キノコ頭がお日様に向けて両手を上げていた。
「500m先を【右折】です」
「………」
「700m先を【左折】です」
「………」
「300m先を【東京方面】へ向かってください」
「お前の神は、カーナビか」
やっぱ、宇宙からの電波じゃないの⁉それ‼
…とはいえ、他に行く当てもない。俺はキノコ頭の言う通りにバイクを走らせる。どこに向かっているか全く分からないカーナビだったが、とりあえず、行き止まりや交通不能な行先は言わなかった。
そしていつの間にか、俺も〝神の声〟を信じきっていた。
「右でーす」
「ほい」
「左でーす」
「ほいほい」
「空を飛んでー」
「ほ………ちょっと待てぇーーーーーーーーーーーーい‼」
気づいた時はもう遅い。バイクは崖下に向けて落下していた。
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