第21話 ハードクラッカー、通称ネギリネ
「う、うそ!ネネちゃんが!?」
植物学の準備室にて。夕方にも関わらず、寝癖をはねさせたケイ先生が、目を白黒させる。ネネちゃんというのは、ハードクラッカー、通称ネギリネの愛称だろう。
「そうだよ、おたくのネネちゃんがわいらに襲いかかったんやでい。どう落とし前つけてくれるっちゅうんや」
ポックの言い方は、まるで昔見た演劇の悪役である。
「そ、そんな、昨日私が見たときは、って、あなたたち、なんであんなに森深くに!あそこは危険エリアのそばよ!」
「いや、まあそうですが、とにかく、なぜハードクラッカーのような珍しい植物がいるのかを説明してほしいのです!」
ロロが珍しく語気を強めた。真相の追求というより、生来の学者肌がそうさせているように見える。
「あ、あれは」
とたじろぎながらもケイ先生は話し始めた。
春休み、珍しい植物を探してとある森に行った際のこと。山手の岩地で、学名ハードクラッカー、通称ネギリネを発見、危険生物に指定されていることは知っていたので、戦うか逃げるかを思案していたケイ先生であったが、案外にも温厚なそれに心を惹かれる。そもそも、お目当ての珍しい植物である。なんかいろいろ頑張って持ち帰り、森の奥深くに隠したという。ハードクラッカーの、固いものに根を張り破壊するという性質が、あの廃墟(旧校舎?)に住み着くようになった理由とのこと。
「わかります。本当に」
とロロが一歩引いた。そうりゃそうだ。やってることはデメガマと同じである。
「それであの旧校舎に」
「カイくん、あれは旧校舎じゃないわよ。昔あった勇者訓練所」
「訓練所?」
「昔っていっても、訓練所は10年前までは機能していたんだけどね。そもそも、40年以上前はね、職業勇者のライセンスなんてなかったし、もちろん勇者学校も、訓練所もなかっわ。困った市民からモンスターを倒してお金をもらう。そうするとまあ粗暴なやつだったり荒っぽいやつがでてくるのね。それで、ライセンス化して、職業にしてしまおうって始まったのが40年ぐらい前ね。そのときできたのがあの訓練所。私のときは、あそこで1年訓練やら講習を受けて仮免。さらに1年実地訓練を行って、試験に受かればライセンスがもらえたのよ。今はいろいろと変わってるけど。懐かしいわ」
と懐かしんでいるケイ先生。興味深い話ではあるが、そんな話をしたいわけではない。
「で、なんで温厚なはずのネネちゃんが俺たちを襲ったんだよ。その訓練所とやらも穴だらけだったぜ」
ポックの追求に対し、ケイ先生は、開き直ったのか、胸を張り言う。
「あの穴はネネちゃんがしたんじゃないの。あれには凄惨な歴史があるの。ていうか、歴史学ももっと現代史に力を入れるべきね。今の若い子はほんと、歴史をしらなすぎるんだわ」
「だから、今はそんなことどうでもいいんだよ、馬鹿!」
「先生にバカとは!それに、私もここ最近は毎日ネネちゃんの様子を見にいっていたのよ?昨日もいったし。そのときはとっても穏やかだったわよ!」
「何が穏やかだ。現にロロはやばかったんだぜ?わかってんのかこのボインちゃんは。いってやれ、ロロ!」
「え、ああ、うん」
とロロは頭を掻く。
「あんた、先生にボインちゃんとは何よ!そもそも敬語を使いなさい、敬語を!」
収拾がつかないよ収拾が。
「まあまあ、ポックも先生もおちついて。普段は穏やかなネギリネなのに、何か原因があるんでしょうか?縄張りに入ったら怒るとか」
「カイくん、ネネちゃんはね、外敵というものを知らない無垢で、穏やかな子なの。私が最初に発見したときも、何にも敵意を見せなかったし、森深くでその辺の岩をえぐっていれば満足する子だったし。それにね、固いものが好きって言っても、そんなハイペースでえぐらないわよ?岩があれば、何日もかけてゆっくりとえぐるぐらいよ。それにねそれにね、あの子には理性があるの。言って聞かせてあるんだから」
とケイ先生は、なぜかふんぞりかえる。
嘘を言っているとは思えない。昨日の暴れっぷりはいつものネネちゃんとは違ったようだ。
「最近は毎日様子を見てたっていうのはどういうことでしょうか。何か違和感でも?」
「うーん、なんていうかね、なんか嫌な予感というかね。女の勘っていうの」
ケイ先生のことばを、ポックが人差し指を立てて止めた。目を瞑り、耳をそばだてている。
西日の眩しい窓を風が叩いた。壁にかかった時計がちくたくと時間を刻む。
こつこつと足音が近づいて来た。別に悪いことをしているわけではないのだが、心臓が高鳴る。
「ケイ、いるか?」
グラス先生の声であった。ほっと胸をなでおろす。
「はいはい、いますよ」
ケイ先生が返事をすると、グラス先生はガラガラと戸を開けた。
「この前もらったコーヒー豆をもう少し、ってなんだお前ら」
相変わらず黒い尖り帽子に黒いマント、パンツスーツとよくわからん組み合わせのグラス先生。何か適当にごまかさなくては。
「い、いえ、植物学のことで訊ねたいことがあって、ああ、もうこんな時間だ、寮長に怒られる、では、ありがとうございました、ケイ先生!」
と不信の目を向けてくるグラス先生から目を背け、そそくさと準備室をあとにした。
寮までの道を歩く。昼間よりも長い影が伸びている。特に長いのはリュウドウのものだ。
「危なかったな。それにしてもよく聞こえたな、足音」
「グラスの方じゃねえよ」
「へ?」
と我ながらとぼけた声で返す。
「もう一人、明らかに警戒した歩き方で近づいているやつがいた。グラスが来たからどっかいったが」
とポックは目を細めた。
「マークされているな」
リュウドウが久しぶりに喋った。
「ハードクラッカーの異変もそうだけど、森全体で何かが起こっていると思うんだ。今日、トーリ先生に、メイテイカが森にでたことを話したんだけど」
「メイテイカって、たしか、植物学のときにいたでっかい蚊か?」
「俺がお前を助けたやつだな」
とポックがにひひと笑った。
「ちげえよ、あれはたしかアルトだったろう」
と俺が言うと、「あれ、そうだったか」とポックはとぼけた。
初めての植物学のとき、茸を探した際にアルトのそばを飛んでいた大きな蚊である。ポックが弓で射たのだ。噛まれると酔ったような症状がでるとかなんとか。
「そうそう、その話をすると、トーリ先生、とっても深刻な顔をして。生息地でもないのに、って」
「トーリはそんなに物知りなのかよ」
「ポックくん!君でもトーリ先生を馬鹿にするのは許さないよ!若くしてモンスター学の最先端にして、異端児とも言われている、数々の学説をひっくり返して来た偉大な先生だよ!そんな先生からモンスター学を学ぶことができるなんて!動物学にも造形が深く、その比較研究から発見されたことも」
「やばい、長くなるぞ」
一人演説をするロロを置いて、俺たち3人はさっさと歩きだす。
そうだ、デメガマ忘れてた。
「デメガマいかなきゃならねえよな」
「昨日洞窟に5日分ドロ蜜置いて来たから大丈夫だ。毎日も行ってらんねえって」
とポックが答えた。
まあデメガマは基本臆病らしいし、洞窟から出てこないだろう。それよりも、俺たちが付けられる可能性が出て来た。俺が旧訓練所の小屋で見た何かは、人だったのかもしれない。
「ロロお!デメガマ今日はもう行かなくっていいって!」
と夕日に照らされてなにやら喋っているロロに言った。あいつは誰に喋ってるんだ。
「あ、ありがとお!」
ロロは、ようやく小走りでこちらへ向かってきた。
お腹が鳴った。リュウドウの。腹がなったのに恥ずかしげもなく堂々としてやがる。
「飯、作ってやろうか?」
と訊ねると
「すまん」
とリュウドウは答えた。
この間母親から手紙が届いた。リュウドウくんのお父さんが亡くなったから、寂しがっているだろう。あんたがいろいろと力になってやりなさい。リュウドウくんは自炊をしたことないらしいから、あんたは料理ができるし、なんだ、かんだ、こうだ、ああだ。
晩飯ぐらいつくってやるよ。
「俺もな!同じパーティだろ!」
「ぼ、ぼくは、ダメかな」
「ええい、2人も4人も一緒だ!」
言っといてなんだが、結構違うか。買い物いかなきゃな。
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