幼少期編21

カメレオンおじさんの性的な趣味は若干偏っているようで、今考えるとライトではなかった。

濃かった。そう、濃厚なシーンが多い雑誌だった。こんなものを机の引き出しに入れている女子小学生は、気持ちが悪い。当時、学校では、面白くてお勉強もできるいい子ちゃんで通してきたキャラクターが一気に壊れてしまう時限爆弾のスイッチみたいなものだ。まぁ、見つかっても見つからなくても別に怖くもないのだったが、どうも困ったことになってしまった。私が気にしないからとかそういうのではない。雑誌を玄関先に無造作に平積みされることがなくなったのだ。置かれているのは、成年コミックと呼ばれる類のもので、ちっとも面白くもなんともない。「気がつかれてしまった」私の中で妄想が膨らむ。おじさんは、置いていた雑誌の位置か厚みかなんかそういうのでおかしいと感じ取ったのだ。そして、外には出さずに家の中に保管することにした。それで終わればいいのだが。もし、玄関ドアにある指の先ほどののぞき窓から、いたいけな女子小学生がエロ本を嬉々として持ち帰っている様子を見ていたとしたら。それは、あまりいただけない。おじさんの私を見る目がさらに怖く感じられるようになった。奥さんは、比較的お綺麗な方でお子さんがいらっしゃらなかったということもあり、時々私にみかんゼリーを作ってくれた。その奥さんにも私のエロ本を盗み見ている行為を話されている可能性は非常に高いのだ。カメレオンの目が縦横無尽に動き回るように、私の周りを全て見渡しているように感じられた。カメレオンは私の足先から登りつつ、要所要所を確認しながら目玉をぐるぐる回すのだ。時には、その先が割れた舌で私がエロ本を手に取ったかどうかをさらに詳細に確認する。私の体はすでにカメレオンの配下に置かれてしまった。


配下に置かれてしまったとかいう表現だと、まるで隣のおじさんが私を陵辱しているように語弊があるので訂正しておく。おじさんは、ただのすけべな本が好きな人で、目がどこを見てるかわからないくらいおかしな方向を向いているだけの人だ。配下に置かれたというのは、私がおじさんが置く本をまるで新刊が出るのを心待ちにしている青少年のような状態に置かれたからである。ある時からエロ本は放置されなくなった時に私が真っ先に頭に浮かんだ言葉がある。とてもバカすぎて記憶している。「本を戻さずに持っておけば良かった」。どこまでもアホな小学生だ。今考えると、もし持っていたのならそれをどう処分するのかも、当時の私だったら相当頭を巡らせなければならないだろう。だって、あの手の本は不良の始まりになるのだから。そして、これを読んでる君、私の幼少時代は常にエロい訳ではない。あくまでも現実逃避するための大事な1ファクターであるだけだ。100%のうちの15%くらいだ。多いのか少ないのかは、自分でもわからないけど、きっとそのくらい。他は、極めてインドア派な本好きで弟をいじめ、父から言葉の暴力をシャワーのように浴び、それを黙認しているという環境にあった極めて平凡な小学生なのである。にしてもおじさんが小積む雑誌が青年誌に変わってから、なんてつまらないものを読む人なのだ。というレッテルがおじさんに貼られた。私にとっておじさんはとても興味深い物、知らない物を提供してくれる存在としてこの頃から確立し始めたのかもしれない。本好きな私は、もちろんエロ本オンリーが好きなのではない。


それはそれだ。本屋さんでもエロ本は別コーナーにあるものだ。一般図書とは一線を画する魅惑的な物体なのである。普通の本として私は、非常に真面目な一面も持っている。ただ、真面目という言葉の意味自体が私自身不明である。ただ、一般図書として売られている以上、エロ本とは一線を画する物であることは確かだ。私が図書室で楽しんだ明智小五郎シリーズからちゃんとした小説を読んで見たいと思った私であった。ただ、私の当時の小遣いは50円。一番安い文庫本を駅前の本屋で探した。そこにあったのは、武者小路実篤の「愛と死」であった。当時私の記憶では、210円だった気がする。わけもわからなかったが白樺派に当たるのか(間違ってたらごめんなさい)武者小路という苗字に惹かれることもあり、私は消費税という言葉も知らない頃愛と死という純文学の小説を手に取った。それから私がどのようにその文章に向き合ったのかは分からない。ただ、読み上げることが私の目的であった。当時から今に至るまで何度その小説を読み上げただろう。読む毎に小説は私に訴えかけるものは変わっていった。名作が故の成し遂げる技になるのだろう。受け取る側によってその様相を変える。愛と死に関しては何度読んだか分からない。小学2年生で初めて武者小路実篤に向き合った私は、その真意は理解できなかったのかもしれない。ただ、そのストーリーは、私の中で未だ息づいていることは確かだ。それを皮切りにし、私の乱読の時期が始まる。小学2年生から高校卒業するまで、私の生活の半分は小説の世界にあった。

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母の酒 雄高美奈子 @minako666

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