第2章 不思議な探偵さんと失う素顔
プロローグ
――1921年8月3日。ドルージュ町。
太陽が雲の隙間から姿を覗かせ、小鳥のさえずりが心地よく町中に響き渡る。続いて響き渡るニワトリの鳴き声を合図に、このドルージュ町は目を覚ます。町の外が緑で囲まれ、山も水も畑もある、そんな田舎風な町だ。だが、唯一の田舎風ではない箇所があるとするならば、それは建物だろう。どの建物も大抵はレンガ造りで、首都に建っていたとしても違和感のない、お洒落な建物ばかりである。まぁ、それ以外はほぼ田舎同然なのだが……。
それはいいとして、忙しく動き出す町中を歩く、ある二人の姿があった。一人は中学生くらいの青年、ジョン・ウォルダだ。もう一人は、小学三年生くらいの身長で、長い黒髪を腰下まで伸ばしている少女、マリー・ハリソンだ。二人ともこの町に拠点を置く、今とても有名なハリソン探偵社の人物だ。ちなみに、今日の服装もいつもと何ら変わらない。ウォルダは紺色のブレザー、マリーは沢山のフリルの付いた黒いドレス。強いて違いを挙げるとするならば、今日のマリーは縁の赤い眼鏡を掛けている事だろうか。
「マリー、ドルー小学校に行くなんて久しぶりだね」
「そうですね。ですが、私たちを知っている人は、あの学校にはもういません」
「うん……時間っていうのは、とっても……寂しいものだね」
――昨晩。ドルージュ町、ハリソン探偵社。
「新たな依頼が届いたよ! ほら、キミ達、来てごらん!」
そう夜中に大声を上げたのは、ハリソン探偵社の唯一の大人、モルダー・コルソンだった。彼女の本業は新聞記者なのだが、その立場を利用して依頼を集めたりする、第二の助手なのである。
「何ですか、モルダー。夜中に騒々しいですよ……」
「マリーちゃん、そんな寝ぼけてる場合じゃないよ! 今回の依頼は、キミ達にとって馴染み深い場所からの依頼なんだ!」
ふわふわしていそうな青いパジャマを着たマリーは、ゆっくりと階段を下りて来ていた。その後ろに続いて、ウォルダもゆっくりと下りて来る。そして二人がリビングに集まった事を確認したモルダーは、ゆっくりとその依頼書を読み上げる。
『初めまして、ハリソン探偵社の皆様。私はドルー小学校の生徒、Aです』
「ドルー小学校⁉ モルダーさん、それは本当ですか?」
モルダーはウォルダの言葉に、キラキラとした笑顔でゆっくりと頷いた。そして、再びゆっくりと依頼書を読み上げる。
『あなた方の噂は存じております。そこで今回お願いしたいのは、今、学校で流行っている”視えない虐め”についてです。誰かに仲間外れにされる、嫌がらせをされる、といった様な内容はよく聞く気がしますが、今回はある点が決定的に違います。それは、誰が犯人か全く分からない、という点です。その為、犯人に問い質す事も出来ません。だから、探偵の皆さんにはその犯人と真相を突き止めて頂きたいのです。また、今回の依頼は失礼ながら匿名とさせて頂きます』
「『よろしくお願いします』だとさ。で、どうする? 受けるかい?」
モルダーの問いかけに対して、二人は黙り込む。しかし、モルダーには何故二人が黙り込むのかが分からなかった。しばらくすると、マリーとウォルダは顔を見合わせてから、ウォルダが口を開いた。
「モルダーさん。確かに、僕とマリーの出身校からの依頼は受けたいです。ですがあの学校にはもう、僕達を知る先生はいないのです。僕が卒業する時に、学校は大きく変わりましたので……」
「今回の依頼は生徒からでしたね。故に、私達は学校の中に入らなければならない訳ですが、そう簡単にはいかないでしょう。何故なら、そんな学校の内部事情なんて、世に知られたくないでしょうから。ですから、受けたくても、受けることが出来ないのです。私達を知る先生がいない以上、学校の中には入れないでしょう」
二人の言葉に、モルダーは腕を組んで考え込む。そして少しすると、何かを思いついた様に顔を上げた。
「じゃあ、探偵さんの取材って事にしちゃおうよ。そうすれば、学校の事は上手く誤魔化して記事を書くことも可能だし、学校に侵入する事も出来る。アタシもアタシ達も得する、一石二鳥な考えだと思うのだけど?」
「……そうですね。では、モルダーの言う作戦で、この依頼を受けることにしましょう。モルダーは先に学校で話を済ましておき、その後、私とウォルダが学校の中に侵入する。それでいいですね?」
――現在。
マリーとウォルダは、気付けばもう学校の校門前に立っていた。校門の左右には木が並んでおり、木漏れ日も相まってまるで一つの絵画の様であった。そんな光景を、ウォルダは懐かしそうに眺めていた。
「懐かしいね、マリー。ほんの一年前の4月、桜が舞い散るあの日に、君とここで会ったんだよね。桜の花びらと共に現れた君は、まるで絵画から飛び出してきた様だったよ」
「そうですか。ですが、ここで出会わなければ、私達はずっと独りのままだったかもしれませんね。あの時の出会いをきっかけに、私達は冒険に出た。その冒険のおかげで今があるのだとするならば、ここで出会ったのは運命かもしれませんね」
ウォルダは笑顔でマリーに頷くと、身体を学校の方へと向けた。そして呼吸を整えると、学校の中へと足を踏み入れた。
Time Doll ―不思議な探偵さん― 柄針 @tukahari
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