『春巻き丼』 (下)

 ぼくは、座敷に連れ込まれました。


 そこにいたのは、3人の『頭』・・・・


 「うちの、『まご』たちです。このひとが『銀河』食堂大将でおじいさん。あたしが、おばあさま。」


 奥様が言いました。


 『まご』たち・・・・・。


 たしかに、ちいさな子供のようでした。


 しかし、見えているのは『扁平な頭脳』だけなのです。

 

 その頭の周囲を、透明な膜が覆っています。


 奥様が一人を抱き上げました。


 「ほら、ここに、手と足の痕跡がありますでしょう。もともとは、あなたと同じ姿だったわけです。ここに、可愛い、おめめもありますが、360度回転して、見えます。」


 「われらは、ホモサピエンスの子孫だから。」


 「し・・・そん・・・・」


 「そうですの。」


 「あ、でも、おふたりは、ふつう・・・というか」


 「これは、つまり、スーツです。あ、服ですな。あなたの着ている服とおなじだ。あなたには、ショッキングだろうから、脱ぎませんよ。でも、この子たちが大きくなったものだからね。」


 『ぎゃ・ぎゃ・ぎゃ!』


 という笑い声が聞こえ、三人・・・が、走り回り始めました。


 というより、転がり回り始めたというか。


 すると、こんどは、透明な膜から、突然、触手が伸びました。


 床にあった、『現代』の自動車のおもちゃで、遊びはじめたのです。


 『ぎゃ・ぎゃ!』


 しかし、この声は、頭の中で聞こえる様な・・・


 「まあ、一種のテレパシーです。小さいうちは、まだ、音声波は使えない。あなたがたは、歩く時も走る時も足をつかうが、我々は、自動車のように転がることができる。まあ、こうして、ほら、足を延ばして使用することも可能ですが。まあ、一階には、店には降りてくるなと、嫁さんにも注意したのですがねぇ。」

 

 「いねむり、してたらしいのです。」


 「あの。どこから、いらっしゃったのですか?」


 「未来の地球。終末を迎えた地球です。太陽が予想より早く膨張を始めました。しかし、また、予想よりも膨張の範囲が小さかったのです。それでも、地球上は干上がってしまいました。我々は、宇宙船で木星のあたりまで逃げていました。」


 おやじさんが言いました。


「そうなのです。」


 思い出すような、遠い目になって、奥様が言います。


「でも、予想外の事態が起こりました。地球が爆発したのです。まあ、そう言っていた科学者さんもいたのですが。政府は分かっていたのかもしれません。地球住民は、周辺の惑星や衛星、それとも過去の時代に、分散して移住し、あるいは、潜り込む、ということになりました。集団だと、さすがにまずいということで。わたしたちは、この時代あたりに分散しました。」


「あの新しい島は、われわれの『異端主義』の一派が、無理やり、侵入させたものです。現在もごたごたしていますよね。もっとも、ぼくらは、そうした争いには関わりたくない。島内の友人を通じて、あの島で養殖している『翼竜』を調達することに成功しました。行政の承認も『とり』ましたよ。あ、これ、しゃれですが。がはははは・・・・・」


「こほん・・・・もう、こういうひとですから、悪者じゃあないんですよ。」


「あ、料理持ってこいよ。現場は、大輔で大丈夫だろう。」


「あああ、はいはい。ご注文の品を持ってきますね。大輔は、長男です。このこたちの父親ですの。」


 奥様は、調理場に戻りました。


「いやあ。突飛な話ですんません。でも、この場所での修行など、苦労はしたが、ようやく店が持てたんです。どうか、このあたりのお話は、内密にしてください。来ていただいたら、サービスしますよ。食事はいたって、本物だから。」


 無邪気に遊び回る子供たちを見ていると、なんだか、脳みそだけが動き回っているという不気味さよりも、可愛らしさが優先になってきました。


 同じ人間なんだ・・・・・


 奥様が『春巻き丼』を持って現れました。


 「まあ、どうぞ。今日はサービスにしますから。」


 「はあ・・・・まあ、じゃあ・・・いっただきます。」


 もう、こうなったら、食べないわけに行かないですよね。


 「あ! うまい。こるりゃあ、うまい。最高ですね。いやあ、うまいです。」


 本当に、美味しかったのです。


 これなら、人気が出てあたりまえです。


 ふわふわな、上品なたまごとじに、薄切りにされた『春巻き』さんが、じっとりと絡みつき、なんともいえない、良いお味がしみ込んでいます。


 「でしょう。」


 いただきながら、ぼくは、座敷の奥に、段ボールの箱らしきものが、積みあがっていて、そこに『地球』の写真らしきものが印刷されていることに気が付きました。


 その『地球』は、でも、大陸の位置が、まったく違います。


「あれって、地球ですか?」


「はい。まだ、干上がる前の地球の最後の姿です。」


「あの中身って、すいません、なんですか?」


「ああ・・・・・いやあ・・・・まあ、ここまで話したからなあ・・・内緒ですぜ。絶対に。企業秘密ですから。」


「あ、はい。」


「あれはね、ここの料理の、秘伝のスパイスなんです。秘密の工場で、加工しています。」


「ああ・・・なろほど。未来の食材ですか。」


「まあ、その通りですが。地球が崩壊した後、我々は、そのかけらを、いっしょけんめい『巨大宇宙ゴミ回収船』で、回収しました。母なる地球の遺体ですよ。たくさんあったのです。」


「そりゃやあ・・・まあ、そうでしょうなあ・・・・」


「そう。で、ぼくらは、その地球のかけらから、美味しい、『だし』が取れることを、かなり昔から、知っていました。実用化されていましたし。」


「え・・・・?」


「まあ、いろんな生物のだしが、つまってますのですからねぇ。」


 そう、奥様が追加しました。。


「そうなんです。もちろん、無害です。それは、確認済みです。で、実際、美味しいでしょう?」


「いやあ・・・おいしい・・・・あの。つまり、たとえば、人間の。そのつまり・・・・おだしとかも・・・・・」


「まあ、含まれているとは思いますが。問題はないです。合法的ですし。かなり大量に仕入れてまして、まあ、この先、500年は、この子たちの代までは、まず、大丈夫でしょう。ははははは。」


「はあ。あはははははは。」



  ************   ************



 ぼくは、まるで、VIPさんみたいにされながら、タダで御馳走になり、1年分の割引券もいただいて、お店を出ました。


 考えすぎても、しかたがないです。


 そういう、趣向なのでしょう。


 しかし、あの子たちは・・・・・


 ロボットとか・・・・・・・


 なんで、人類がそういう進化をしたのか。


 まさか、食料のせいとか・・・・いやあ、まっさか、それは、ないよな。


 ただ、なんとなく、確かに、常識が食い違っているようにも思いますが。


 あの『幽霊島』の住民は、普段、姿は見えないが、超能力があるとか・・・・・


 このさき、通うべきかどうか。


 そこは、ぼくは、やはり、迷いました。


 しかし、あまりに、うますぎる。


 くせになりそう。


 忘れられない、魅惑の味です。


 恋焦がれそうです。



 実際、そのお店は、どんどんと、はやったのだそうです。


 あのスパイスは、麻薬のような効果があったのではないかしら・・・。



 ただ、結局、すぐに実家に戻ったぼくは、あまりその先は、知りません。


 あの味も、次第に、気にならなくなりました。



 しかし、数年後、実家のそばにも、その支店が進出してきたのです。





  ************  🌏  ************



                        おしまい








































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『春巻き丼』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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