第6話
目が覚めると駅前の階段に座っていた。じめじめした風はぬるくて不快だった。膝に重みを感じて見下ろすと、ケーキの箱が残っていた。
(夢じゃなかったんだ)
私はミドリのことばを反芻した。俺が気持ちよくて、さやかは気持ちよくない。でも、さやかは俺のことがすきなの。それっておかしいんじゃねえの、それって、俺のせいじゃないじゃん。なんで怒るんだよ、いつもみたいに優しくしてくれよ。そうして、見たこともないような真っ暗な瞳のことを思った。違う、ミドリは本当はあんな目じゃなかったはずだ。小さくてかわいいケーキの箱に、だんだん腹が立ってくる。どうして残しておくんだ。夢じゃだめだったのか、どうして行ってしまったのか、私は、勝手にミドリを好きなままだってよかった、よかったはずだった。
目頭が急にカッと熱をもった。全部、私が悪かったのだ。ミドリに、一番言ってはいけないことを言った。勝手に好きなままじゃ嫌だって、ミドリも私を好きでいてって、きっと私は目で言っていた。容器に合わない蓋をむりやり嵌め込もうとして、破綻させたのだ。
あ、とかう、とかいった不明瞭な汚い呻き声が漏れた。それが自分の声だと、出してからわかった。階段をよろよろと降りて、その場に膝から崩れ落ちた。ケーキの箱を抱え込んだまま背を折って蹲ると、厚紙のどこかがひしゃげた音がした。もうなにもかもが、とっくに疲弊しきっていると思った。
電柱に抱きつくようにして泣いた。わたしはまるで期限切れの蝉だった。終わる夏にみっともなくしがみついて、愚かなことだとわかっていてもまだ、ミドリの薄い胸板や骨ばった指、さわればくたりとして指に絡みつく柔らかい黒髪、一重瞼のいつも笑っているような瞳のことを思った。さやか、と呼ぶ掠れがちな声を思った。失恋だ、そう思ってそうして、たまらなくなってまた、嘔吐するように泣いた。ミドリ、笑って、と泣きながら頼んだ、自分の声を思い出しながら。
(笑うとかわいいんだ)
(本当に、かわいかったんだ)
/ストロベリー・パンケーキ
ストロベリー・パンケーキ 星染 @v__veronic
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