第70話 呉越同舟

「…………」

「…………」


「ふんふんふん~、あっ、昌芳くんおはようございます!」

「ふわぁ……ねむ……」


 取材旅行(?)二日目。


 朝、と言っても既に九時を過ぎたくらいの時間ではあるのだが、そこには目には見えない陰と陽の空気感が漂っていた。


 ソファを挟んで左手ではご機嫌に鼻歌を歌いながら朝食を作る黒芽先輩と、ソファに寝っ転がり欠伸をしてスマートフォンを弄る川西姉。


 対する右手ではテレビのニュースを凝視したまま動かない山中と、奥の畳の部屋で正座をして動かない川西の姿が。


 服部さんは……まあ多分寝ているのだろう。仕事柄夜行性って感じだし中々その癖は抜けない気がする。


「昌芳くん、朝食が出来ましたよ!」


 まさに天と地の如き状況に若干気後れしてしまっていると、朝から満面の笑みを崩さない黒芽先輩がキッチンから料理を手に飛び出してくる。


「あ、ありがとうござます、黒芽せんぱ――!?」

「沢山作ったので一杯食べて下さいね!」


 そう言って彼女が意気揚々とテーブルに並べたのはまさかの三段重箱。


 一瞬おせちでも作ったのかと驚愕しかけるが、それぞれの箱の中にはものの見事に和洋中が、綺麗に盛り付けられながらも所狭しと鎮座していた。


「え、えーっと……これは皆の――」

「昌芳くんの為に作ったんです! お、お口に合えばいいのですが……」


「わ、ワア、オイシソウダナー」


 燦々と照りつける真夏の太陽以上の眩しさを見せる彼女の表情を前に、当然ながらそれ以上は何も言えず、俺は機械的な返事をしてしまう。


 あの……いや……待ってくれ。何故彼女達は揃いも揃って俺に飯を食わせようとするのだ……。


 いや、気持ちは非常に有り難いよ? しかし俺もようやく昨日分の消化が終えたばかり、このままではマジでデブまっしぐらなのだ。


 しかし黒芽先輩は構わず俺を椅子に座らせ、重箱に箸をつける。


「ではまずチーズ入りハンバーグ目玉焼きのせを――」

「カロリー爆弾……」


 せめて皆が同時に食を共にしてくれればいいのだが、如何せんこれを見ればそれが不可能なことはお分かりであろう。


 昨夜の一件で山中と川西の関係が芳しくないのだ。ただでさえ色々とややこしくなっているというのに、これ以上問題が増えるのは全く以て笑えない。


「おいしいですか? 次は生牡蠣と白子、雲丹をポン酢で和えたものをどうぞ」

「あれ? 俺もしかして痛風になる?」


 というかそれは何処で買ってきたんだ……滅茶苦茶美味いけども……。


 って、そんなことを考えている場合ではなかった。


 今はお姉さんとの問題に集中しないといけないというのに……折角黒芽先輩が穏やかなのに山中と川西が喧嘩していては何も進まない……。


 何ならお姉さんには余裕すら伺えるので、状況は後退すらしていると見える。


 とはいえ昨日はバタバタで考える暇がなかったし、まずいな――


「重大発表ー!!」


 と、少し焦りも感じ始めていると、突如背後から叫び声がしたので驚いて振り向くと、パジャマ姿の服部さんが、宣誓のポーズで立っていた。


 因みにパジャマはピンクを基調にネズミーランド系のキャラがふんだんにあしらわれている可愛らしい奴である。


 何でも外では家スタイルでないと寝れないタチなのだとか。


「――って、服部さん? 何ですか重大発表というのは……?」

「私はイベントに行きたい、いえ、行くのです三国さん」


「は……? え、えっと、どういう……」

「こちらを御覧下さい」


 そう言われ渡されたスマートフォンに目をやると、そこには神戸のとある会場で行われるコスプレイベントの概要が書いてあった。


「んん……? 服部さん、コスプレが趣味だったんですか?」

「嗜んだことはありますが、特段好きという訳ではありませんね」


「? では何故このイベントを――」

「重要なのはこちらです」


 疑問を浮かべずにはいられない俺に対し、服部さんが指でスワイプし示したのは所謂ゲスト一覧というもの。


「へえ、ゲストで声優さんが来るんですか。あ、この人は俺も知っていますよ、確か最近話題のヒップホップアイドルの作品の奴ですよね」

「そう! 重要なのはそこなのです!」


「へっ」


 通常時の黒芽先輩以上に無感情な服部さんが、まるで人が変わったみたいに熱のこもった声で喋りだしたので、俺は気圧されてしまう。


「いいですか、この作品は次世代の覇権とも言える神作品なのです。今やイベントにライブと競争率があまりにも激しく、せめて漏れ聞こえる歌声だけでもと会場に殺到するファンすらいるくらいなのです」

「そ、それはまた……」


「私もこれまで100を超える応募を繰り返してきましたが当たらず、最早私の鼓膜に生声が震えることは一生ないと思っていました……しかし!」


 服部さんはぐいっとその顔を寄せてくるので、俺は思わず身を引く。


 す、凄い圧……というかこの人、もしかしてお腐りになられてる?


「先程チケット売買サイトにて奇跡的に二枚チケットを手にしたのです――これで私は推しをこの目で拝見することが出来ます! ヒャッホウ!」

「よ、良かったですね……」


 だが、喜びに満ち溢れる服部さんは、急に表情を曇らせこう言った。


「ですが――これは私の我儘ですので、無理にとは言いません。どう考えても急ですし、実はライブも今日なので」

「あー……それは……」


 折角チケットを入手出来たのだから快く送り出してあげたいが、服部さんは真面目なので規律を乱すような行為は本位ではないのだろう。


 とはいえ、俺達に予定がある訳でもない。ここで過ごすのであれば温泉を巡る以外にないし、何より現状そんな空気でもないし、俺も逆上せるのは怖い。


 ならば、少し強引ではあるが、イベントに皆を連れて鬱屈した雰囲気を解消させるのもアリかもしれない、そう思い振り向いた時だった。


「皆が同意するのであれば俺は全然構わな――――いいっ!?」


「コスプレ……ですか」

「ふうん……」

「昌芳くんの……」


 音も立てず、いつの間にか這い寄っていた黒芽先輩と山中と川西の存在に、俺は悲鳴を上げそうになる。


「成る程……コスプレイベント自体は入場料を払えば誰も入れるんですね」

「そもそもコスプレ会場は野外だし……あ、見てコスプレ体験もあるみたい」

「昌芳くんの……」


「おやおや……これは――」

「……みたいですね」


 明らかに爛々とした視線を見る限り、異を唱える者はいないようだ。



 どうやらあれだけ啀み合っていても、意見は一致するらしい。

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机に突っ伏して寝ていているだけなのに毎日色んな美少女がおせっかいを焼いてくる 本田セカイ @nebusox

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