それを、青春と呼ぶのは

青井 憂

青春と呼ぶのは

「久しぶりだ。変わってないなぁ…」

人の少ない電車から人のいない駅に降り立ち、すぐ見える我らが母校。校庭ではーーーなるほど滝のようにとはよく的を得ている表現だと思う。部活動が行われているのが見える。

高校3年間、部活ではなく生徒会と読書、それから買い食いに打ち込んだ私にはない経験だ。

心のなかで頑張れ、とエールを送り歩きだす。目的地は心休まる安息の地。青春時代を思い出させ、嫌なことから逃げられる場所。

そう、実家だ。



ガラガラとキャリーバッグを引きずり歩いていく。

本州最北端といえど夏は暑く、セミはうるさい。いくらかマシな気もするが、背中は既に汗でシャツが張り付いている。髪をショートにしておいて正解だった。嫌なことから逃げられても、暑さからは逃げられない。

段々と強くなる潮の匂い。そろそろだ。



「ただいま。」

あいさつを大事にしなさい。とは私の祖母の教えだ。そのせいで、たとえ家の中に誰も居なくともあいさつするのが癖になっている。

「あーおかえりー」

しかし予想外にも返答が帰ってきた。3年ぶりにみた妹は背も伸び顔つきも少し、大人びている。そうか、もう高校生なのか。しかし今は平日の午後。なぜ家にいるかの疑問は晴れない。

「青葉、学校は?」

「まだ夏休みだよ、ギリギリいま最後の思い出作り。」

そういう青葉の手にはシャーペンが握られている。なるほど最後の大仕事だ。


シャワーを浴びて汗を流し、汗ばんだ服を着替える。どうせ田舎だ。そんなにカッコつける必要もないだろう。ジーンズにテキトーなTシャツ。これで十分だ。

階段を下り思い出作りにいそしむ妹に声をかける。

「ちょっとコンビニ行ってくる」

「ならテキトーにお菓子かってきて」

はいよ。

気の抜けた返事をして外に出る。さて、どれほど暑いだろう、と思って外に

コンビニに入りテキトーなお菓子、とやらを買いに行く。なにがいいかな、と考えるもなにも思い付かないので某チョコたっぷりなお菓子を買った。これでいいだろう。あとは自分のコーヒーと…私は頑張った。東京から帰ってくるのはなかなかに大変だった。それに仕事でもいろいろあった。だから許される。

私はビールを手に取った。


「お姉ちゃんってお酒飲むんだ。」

ばれないように隠れて飲もうと思ったがすぐにばれる。

「まぁもう21だし。疲れたし。別にいーでしょ?」

「ダメとは言ってないし。ねぇ、お酒って美味しいの?」

「うーん…ジュースほうが美味しいよ。」

「なにそれ。じゃあなんで飲んでるの?大人アピール?」

「ストレス発散」

我ながらヤバい答えだ。しかし事実そうである。そんなに美味しくはない。それに

「私なんてまだまだガキんちょよ。大人じゃない。」

「21は大人でしょ。」

「あんたもなればわかるさ。」

そう。私は大人にはなれていない。大人は、もっとちゃんとしたものなのだ。仕事でちょっと嫌なことがあったくらいじゃ、逃げ帰ったりはしない。不満げな妹をよそに私はまた、外に出る。

「どこ行くの?」

「すぐそこの公園」

「なんで」

「ちょっと散歩。」

「私も行く。宿題疲れたし」




私達は家から徒歩3分ほどの、海沿いの公園に来た。ちょうど夕日が沈むところでなかなかに景色がいい。

しかし青葉は「夕日?いつでもこんなんじゃん。」とあまり関心がないようだ。まぁ花より団子の妹はほっとこう。

懐かしい景色だ。私は高校の頃、友人と帰宅途中にコンビニでお菓子やらコーヒーやらを買いここで食べながらおしゃべりをしていた。何を話していたのかは覚えていない。いつまでもそうしていられた。今思えば、もっと大切にすべきだったのかもしれない。…そういえば私も高校の頃、夕日が綺麗な、だなんて思っていなかったような。

「高校、どう?」

高校時代を思い出し、懐かしくなった私はそんなことを聞いていた。

「まぁ、普通。早く卒業したいかな。」

「どうして、どうせ一回しかないんだから楽しんどきなさいよ。」

言っておきながら自分もそうだったな、と思う。

「お母さんにもそれ言われた。」

そんな会話をしていると公園を一周した。夕日ももう、ほとんど見えない。何も言わずとも帰る流れになった。歩きながら飲んでいた缶ビールはまだ少し残っているが家につく頃にはなくなっているだろう。今日は母の手料理が久しぶりに食べられる。それだけでも帰ってきたかいがある。ビールのせいか母の手料理のせいか、少し浮き足だって実家に帰った。




翌日の朝、下の会の物音で目が覚める。目覚ましが鳴る前に起きたのは久しぶりだ。そういえば高校の時もこんな感じだったな、と懐かしくなりながら階段を下りる。テーブルには朝食が用意されていた。離れてわかる、母の凄さ。母にしっかりと心のなかでお礼をいいながら朝御飯をいただく。しっかりとした朝御飯を食べるのも実に久しぶりだ。青葉もモソモソと起きてきて、テーブルについた。こいつめもっと有難いと思って食え。

私達が食べ終わる頃には母も父も仕事に出かけるところだった。やたら早いな、と思いながらも二人を見送った。そのあとせめてこのくらいはと食器を洗う。青葉はモソモソとソファーに移動し、どっかり座る。私もあんな感じだったのかな、と思うと少し申し訳なくなった。

「あ、今日ね~、夜に花火行くから車で送ってちょーだい。」

モソモソが話しかけてきた。

花火大会か。そういえばこの時期は私も毎年のように花火大会に行っていた。高校の友人とともに。なぜ私が送らなければ、という気もするがどうせ予定はない。

「午前中は?なんか予定ある?」

「ない。お姉ちゃんは?」

「ない。」

地元の友人はみんなどこかに行ってしまった。残っている同級生などほぼいない。それはつまり遊ぶ相手がいない。

「んーじゃあ、車あるしお昼なんか食べいこ~。なんか食わして。」

こいつ、昨日のお菓子といい私にたかる気だな?さっき貰ってた昼ごはん代はどうするのやら。私にはくれなかったのに。

「てか、車?お父さん達使ってないの?」

「健康意識でバスと歩きだって。あれ、免許持ってたよねお姉ちゃん。」

持っとるわそれくらい。ほぼ万能身分証となってるけど。というかだからか。出勤時間が早かったのは。片付けを終えて軽い眠気を感じた私はコーヒーを淹れた。見ると青葉はソファーで眠りに落ちていた。私は、あんなに酷くはなかった。たぶん。


コーヒーを飲み、することがないので洗濯物を処理し掃除をする。モソモソ妹はいつの間にか起きて宿題をやっている。しかし急にこちらを見ると「お腹すいた」と言いはなった。さっき食べたばかりじゃないか、と思ったが自分も少しの空腹を感じている。時計を見れば11時30分いつの間にかこんな時間だ。仕方ない、約束通り昼を食わせてやろう。



私はひさびさのおぼつかない運転で近所のレストランへと向かう。高校時代の思い出の場所だ。バックでの駐車が不安なので、頭から駐車場に突っ込む。到着。よかった、生きてて。

店のなかに入り、丼ものとそばのセットを頼む。食べきれるか不安だったが、懐かしさには勝てず頼んでしまった。青葉も同じものを頼んだ。

「お姉ちゃん、これ奢ってくれる?」

かわいい妹に上目遣いで頼まれればノーとは言えない。だまって頷いた。

「やったぜ、さすが大人」

だから、私はまだ

「お姉ちゃんさ、大人って言われると嫌そうな顔するよね。なんで?」

その言葉にドキリと音がなった。

核心を付かれたように胸が苦しくなる。まだ21だからとか、もっとちゃんとしてから、とかいろいろと理由があったがーーー私は答えられなかった。



少しの沈黙が訪れた。



「まぁ、いいけど、奢ってもらえるならなんでもいいや。」

沈黙が破られたことにホッと息を吐いた。結局そこか、こいつめ。

しかし、胸に何かが詰まったかのような気がして私はほとんど食べられなかった。



その夜、きらびやかな浴衣に着替えた青葉を乗せて花火大会へと向かった。大丈夫だろうか、今度こそ命の危機にならないだろうか。まぁいい。そしたらその時だ。

「ねぇ、さっきの話だけど」

モソモソから美女子高生へと進化を遂げた青葉が後ろから聞いてきた。

「なんで、大人って言われるの嫌いなの」

「別に、嫌いじゃないよただ。」

なぜか言葉に詰まる。いうことは決まってるのに

「そんなに、立派な、人じゃないから」

言葉に詰まりながら、そう言った。

「立派かどうかなんて、気にすることじゃないと思うけど。」

そこで会話は終わった。なぜかその話はしたくなかったし、運転しながら話をする余裕はあまりなかった。



海沿いの道を進んでいくと、だんだんと人が増えてき

た。浴衣を着た人も多い。みな、花火大会へ行くのだろう。そして、人も多いが車も多い。というかほぼ進まない。

「やば、そろそろ始まる…」

青葉が少し焦り始める。私もつられて焦ってきた。早く、早く進めーー


祈り通じずさっきの場所からほぼ変わらず。開催までほぼ時間は残っていない。もうかなり近くまで来ているというのに。そんなとき、青葉を呼ぶ声が聞こえた。

「あ!優衣たち!」

どうやら友達を見つけたらしい。数人のグループが見える。そのなかには男の子も混じっていた。

「青葉!下りなさい!これ、車待ってたら間に合わないよ!」

仕方ない。ここから先は歩いてくれ。

「…ごめん!行ってきます!」

「ん。行ってきなさい。」

青葉は車を降りて走っていった。

友達と合流し笑う青葉。浴衣を誉めあっているのだろうか。女子楽しそうに歩き始める。

そのあと男の子に話しかけられた。青葉が少し照れたような表情を見せた。かわいいよ、なんて言われたのかな。


いいなぁ。もう、私には訪れない時間だ。



わかっていた、もう子供じゃないことぐらい。





青春とは、短くて、愛しくて、楽しい時間だ、と思っている。

でも、本当にそうだったのだろうか。

きっと今の私が苦労しているように、彼らにも彼らなりの苦労がある。

でも、皆、無条件に青春とは楽しい時間だ、と口を揃えていう。いや、楽しい時間だった、と。

彼らは、青葉たちはそう思っていないだろう。もしかしたら思っているかも知れないが、私達ほどではない。


わかっていた、私が子供のフリをしたかったのだと。


中学時代を、高校時代を、短かい、愛しい時間だと、楽しくて、素晴らしい時間だと言うのは。

それを「青春」と呼ぶのは。




大人なのだ。過ぎ去ってしまった時間だから、もう二度と味わえない時間だから。

愛しいと思うのだ。


彼らは、そうでなくていい。彼らの時間を青春だと思わなくてもいい。

昔を懐かしまなくてもいい。日常の風景を綺麗だと思わなくてもいい。


ただ、一生懸命に、その時間を楽しめばいいのだ。大人に憧れながら、はやく卒業したいと思いながら。学校に行って、授業を受けて、みんなと遊んで。

それでいい。


その時間を、愛おしむのは、大人なのだから。


わかっていた、私はもう大人なのだ。

お酒を飲めるのは、車を運転できるのは、保護者役をできるのは、


あの時間を「青春」と呼ぶのは


大人なんだ。


時間の流れは残酷だ。私がいくら子供に戻りたくても、子供のフリをしたくても、それは許されない。

過去には戻れない。未来に進むしかないのだ。下の世代のために。青春を「青春」と呼ばない人のために。






渋滞を抜け、車を止める。


会場の方へ足を進めると学生たちが青春を楽しんでいた。私はもう、もどれない。ならば進むしかない。こんな情けない大人じゃなく、母のような、父のような、立派な、かっこいい大人になろう。

青春時代の私が憧れていたように。


お酒を飲みたい気持ちをこらえて、私は愛しい妹の帰りを待つことにした。

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それを、青春と呼ぶのは 青井 憂 @yuh_aoi

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