生保レディは華麗に笑う 三十と一夜の短篇第41回
白川津 中々
第1話
散々と無視していた保険屋の呼び出しにとうとう応じざるを得なくなってしまった。
とはいっても難しい話ではなく、年一にある義務事務業務的な茶飲み半分の説明なわけだがどうにも気が乗らず鳴り響く電話をそのままにし続けて何食わぬ顔をして底辺労働に勤しんでいたのだ。が、先日、昼間から酔った勢いに任せ自ら電話をかけ「来週の休みにいってやる」と馬鹿を申し出てしまったというのだから呆れたものである。酒の毒に当てられ、シカトぶっこいて持ってしまった自責の念に駆られたのだろうが、いやはやつまらん真似をした。貴重な休日が削れると思うと憂鬱でならない。
ともかくとして約束をしたのだから守らねばならぬ。電話越しに述べた「来週の休み」となった当日。俺はわざわざ余所行きを引っ張り出して電車に乗らねばならなかったのだから窮屈だった。
保険屋の事務所に着くと女が待っていた。歳はそこそこ。顔はまぁまぁ。品は良し。程度の守られた化粧と上手く仕立てられたスーツが眩しく、格の差を見せつけられた気分。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
案内されるままに応接室。着席。出される缶コーヒー。せめて容器に移せと思ったが俺が入っているのは一番安いサービス。納得いく待遇である。
「本日はご足労いただきありがとうございます」
「いえいえとんでもない」
挨拶終了。ここから商談。並べられる割高プラン。始まる女のセールストーク。躱す俺。さすがその道のプロだけあって中々不安を煽る。つい老後に焦って不要な保険を我が身にかけてしまいそうになるも、最低時給で働く貧困層である事を思い出し正気を維持。「如何ですか」「必要ないです」「将来不安ですよね」もう少し考えます」応酬。接戦。譲らぬ舌戦。金を出す側出させる側の攻防は現代における決闘の一種。互の誇りを掛けた戦いに負けるわけにはいかない。
「では本日、ご契約内容のご変更はなしという事で……」
「はい」
勝った! 俺はセールスレディのキラーワードを打ち破り生活を死守したのだ! これで安泰! 今日はぐっすり眠れる!
「それでは、申し訳ありませんがお客様のお勤め先とご年収をタブレットにご入力ください」
歓喜束の間一転地獄。年収〜〜〜〜デリケートなやつ〜〜〜〜
「ね、年収ですか」
「はい」
泣く泣く入力。差し出されたタブレットを返却。セールスレディの口元が緩んだ気がする。
負けた……
旗が敗色に染まる。それから先、なんやかんやと話したがまるで記憶に残らず、ずっとあの口元がチラついた。
俺は帰ってから酒を煽り泣きながら大の字に寝転んで貧困格差へルサンチマンをぶつけるのだった。無常。救いがないのが世の理である。南無合唱。
生保レディは華麗に笑う 三十と一夜の短篇第41回 白川津 中々 @taka1212384
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