第2話 伝説の夢追人《光の銃士と機構の母》


–––数刻前–––。

ヴァルハラ島最北端。

「あーらら、まさかこの島ヴァルハラに手を出そうなんて人間が出てくるなんて世も末だねー」

島に近づく船団、その数20隻。

協会の大船団にも匹敵する船団が水平線に現れた。

その姿を木の上から眺める30代前半ほどの容姿をした男が1人、悠長にサンドウィッチを頬張っていた。

「もぐもぐもぐもぐ、うまっ。戦闘前の腹ごしらえは重要重要、軍に居た頃を思い出す。最前線で弁当を食べていたら上官に殴られたっけなー。もぐもぐ、まぁ全部平らげたのだが、もぐもぐ、ごっくん。俺も若かったなー」

ずずずーっと瓶に入った水を啜り、濡れた唇をハンカチで拭う。

そのに映る船団はまだ少し大きく見えるようになったくらいで、この島に到達できるのは3時間後程だろう。

瓶にコルクの栓をし、枝に引っ掛ける。

「暇だ。少し昼寝でもしようかねー……」

ハンカチを顔にかけ、頭の後ろに手を組んで足を伸ばす。

静かな波と揺れる木の葉の歌声が聴こえてくる。

BGMは頭蓋骨に響く金属のパーカッションがメインだった。


––ゴチーーーンッ!!!––


「あ"ディ、やハー¥$°%#>=+〒〆.jp……」

木漏れ日を浴びて光る白銀のモンキーレンチが衝撃で宙に浮かんだハンカチを掴み取る。

「おはようございます、レオナード様。お気分は如何ですか??」

透き通る様な落ち着いた声音がハードロックの後に聞こえる。

チカチカと流星が目の前を流れる中、薄ぼんやりとブロンド髪を三つ編みに結った男よりも若く見える女性が立っていた。

「や、やぁ、麗しの花嫁。こんな昼間から作業着に油を吸わせて何をしているんだい?」

花嫁と呼ばれた女性は肩掛け鞄に獲物を仕舞い、ハンカチを畳む。

オールインワンの作業着の上を脱いで晒している肌着と肌にも煤が付いていた。

「寝ぼけていらっしゃるのですね。私に整備を指示したのは旦那様ではありませんか。これはオコですよ。嫁オコです」

肩掛け鞄のベルトで強調されている曲線を両腕で抱き抱え頬を膨らませ、そっぽを向く様に海を見ると彼女の目にも薄っすら船団が見て取れた。

「旦那様………」

「ああ、わかっているよ。愛銃ドラグーンに火を入れる」

「では、愛機でお待ちして居ります」

音も立てずに木を降り去っていく妻の後ろ姿を眺め、小脇に立て掛けていた銃を手に取る。

「あ、お伝え忘れていました!、独り占めは許さない。だそうですよ!」

「ラージャ」

ふふふっ、と微笑む妻にウインクを送ると愛銃に魔力を通す。

魔力とは人がこの世に生を受けてすぐに神より与えられる奇跡の力。

と教会は謳っている。

真実はわからないが、この世に産まれた誰もが1つ。

絶対に1つ持って産まれる。

それが"魔法"である事は確かだ。

ある者は炎を操り、ある者は身体を鉄よりも硬くし、ある者は壁をすり抜け、またある者は聖獣を呼び出した。

その全てを"魔法"といい、それを扱うエネルギーを"魔力"と呼んだ。

魔力の大小は曖昧で、魔法によっては使用回数や時間またその魔法の強弱によって消費が違い過ぎる為に決められない。

故に強さの定義は"偉業"だった。

「半分……ねぇ、2分もかからないぞ?」

レオナードと呼ばれた男が手にする白銀に金の装飾を施した長銃"ドラグーン"は紛れもなくの手で造られた物。

「暇つぶしと思って、まずは1つ貰うとしようかね」

その引き金に指をかけ、両目で標的を捉える。

銃にスコープは無くその目に魔法もない。

紛れも無い裸眼で水平線より少し進み出た船を捉えているのだ。

奇跡は魔法だけではない。

産まれ持った特性ステータスもまた、この世界における優位性であった。

「–––ファイア–––」


–––ドォォオオン–––


男の声と遠く聞こえる爆音はほぼ同時だった。

それは瞬く間に走る死の伝令。

それは一撃で船を沈める魔の手。

それは天候にも揺るがない力。

光を操る、それがレオナードの魔法だ。

「着弾視認、次のターゲットは……」

見つめる先には敵しかいない。

砂浜を荒らし、植物を踏みつけ、果てはを奪おうという。

引き金に触れるその指に憎悪が募る。

「奪わせはしない。他の何にも変えられないのだから……」

1つ、また1つと船を沈める。

光弾が数十、又は数百の命を撃ち抜いたとしても今更。

見方によっては自身も誰かの大切なモノを奪う立場なのだと後ろ指を刺されても今更と。

その心臓は一定のリズムを刻み、その脳は淡々と命を狩る指に命令を送る。

『–––…お辛い役目をお任せしてしまってすいません。"スワロー"の発進準備が整いましたので、今お迎えに上がりますね…–––』

トクンッと一度だけ心臓が跳ね、耳に付けていた通信機の声が遅れて鼓膜に届く。

「ありがとう麗しの花嫁。丁度ノルマを達成したところだ、視認し次第。ハッチを開けておいてくれ」

『–––…ラージャ…–––』

スルリと地面に降り立ち、頭上を見上げるレオナード。

太陽に一点だけ影が落ちた瞬間、その姿は地上から消えた。





–––ツィィィイイ–––

「お疲れ様です、旦那様」

分厚い金属の扉が自動で開くと、赤と金の装飾をあしらった白のブレザーとミディスカートに着替えた妻が出迎えてくれた。

「ありがとう。このスワローの調子はどうだい?」

返事をしながら抱えていた愛銃を妻に手渡す。

「とても元気ですよ。深夜から整備していましたので、すっかり甘えん坊さんで困るくらいです。ふふふっ、ドラグーンもお疲れ様。旦那様を支えてくれてありがとね」

会話の中、夫の愛銃を手にしてうっとりと話しかける。

心なしか銃身の光沢が増した気がした。

「いつもながら惚れ惚れするね、そのには」

「惚れ直していただけた様で、この力を授かった事を心より神に感謝しています」

銃身を撫でながら微笑む妻をそっと抱きしめる。

石鹸と油が混じった、何故か落ち着く香りが鼻をくすぐった。

「さて、操縦席を代わるよ。君はドラグーンの整備を頼む。今回はかなり魔力を込めたから、要所要所で部品の交換も出るかもしれない」

「大丈夫ですよ、ほんの片手間で済みますので。では行きましょうドラグーン、心配は要らないわ私がすぐに良くしてあげます。旦那様、機体はあまり揺らさないで下さいね?」

「善処するよ」

–––ツィィィイイ–––

妻が退室した後、操縦席に座りモニターに映る敵船団を凝視する。

朽ち行く船からは生存した人間が木片を担ぎ次々と海に身を投げていた。

ここまで進んで来たのだ。

近くに泳ぎ着ける島などヴァルハラ以外に有り得ない。

「それは事実上の死だ。生きてる船に移り踵を返せっていう意図なのに、なんて言ったところで伝わりはしないかなー」

腕を組み、溜息を溢す。

戦空艇『スワロー』は妻が創造した半自動操縦機体。

武装攻撃操作以外は登録された音声認識によりスワロー自身が可能な行動をする。

現在は高高度旋回偵察を実行中。

攻撃を受けない限り、ハンドルから手を離しナビを凝視しても道路交通法には抵触しない。

つまりは安全という事だ。

「–––スワロー、"ヘッド"より命令する–––」

『ハロー"ヘッド"』

「マークした敵船直上に到達し次第旋回偵察を解除、敵船上陸ポイントの誘導を目的とし攻撃行動に入る」

『ラージャ』

人の言語を理解する機械。

人知を超えたオーバーテクノロジーだが、使い慣れてしまえば戦友だ。

機体が緩やかに高度を落とし、旋回も緩やかなものから角度を付けた急なものへと変わる。

「これは少し怒られるかもなー」

レオナードは組んだ腕を解き操縦桿を握る。

敵よりも天災よりも鈍く光るスパナが怖いのだ。

頬を伝う冷や汗を肩で拭い、スワローに指示を出す。

「スワロー、2分後に主砲展開。エネルギーの装填に入ってくれ」

『ラージャ』

音声と共に両翼の付け根に格納されている2つの主砲が展開されていく。

戦空艇の自動音声とは思えない可愛げのある声は妻の趣味とはいえ気が抜ける。

やれやれと呟き軽く左右に首を振ると妻がコントロールルームに戻って来た。

「少し揺れましたが、不足の事態ですか?」

「いいや、高度を落としただけだ。あえて言うなら機体を揺らしたのにお咎めが無い事くらいだよ」

「はぁ、いつから私の旦那様はマゾになってしまったのでしょう……。私よりもスパナが恋しいなんて、妬けます……」

「いやいやいや、誰もそうは言ってない、ってふざけてる場合じゃないよフレイア。スワロー、状況は?」

『ヘッド、1分後に太陽エネルギーの装填が完了します。"マザー"コントロールは如何致しますか?』

「お疲れ様スワロー。機体のコントロールは私が行います。振動制御のフォローをお願いしてもいいかしら?」

『ラージャ。ヘッド、エネルギーの装填が完了致しました』

スワローから開戦の合図が出される。

レオナードとフレイアはアイコンタクトを交わし微笑んだ。

誘導目的なので当然当てはしない。

だが、もし仮に殲滅を目的としていたなら1秒後には完了するだろう戦力差。

大陸の何処かには航空船団が有ると聞くが、まさかド田舎の孤島に最新最速の戦空艇があるなど誰が思うのだろう。

「気の毒だが撃たせてもらう。当てない予定だが、流石に俺の目にも海面の人は映らないんだ。その時はごめんな」

「後であの子に鎮魂歌を歌ってもらいましょう」

「君は歌が聴きたいだけだろう?」

「ファンなの♪」

顔も見ずに笑い合う二人。

モニターには熱放射で海水が一気に蒸発し、海に2つの大穴が開いていた。

その穴を埋めるべく海水が集まり大きな渦を作る。

渦に足を取られた船団は進路が狂い、目指していた北端から東に船首が傾いていく。

森林に覆われた北端の海岸なら上陸後のキャンプや行進も楽になったものを。

海流も北から南に流れているため舵を戻す事は難しい。

上陸もその後も苦労が見える東端の岩場に向かうしかないだろうと、そうと決まれば次の攻撃が当たる前に島に上陸するのだと。

上空には届かない声と焦りが見て取れた。

「状況クリア。進路を正面から"蛇の巣"へ誘導完了。フレイア、そのまま"天魚の鱗"まで飛ばしてくれ。ジョルジュとマリナを迎えに行けとさ」

「承知しました。朝ごはんの時間ですし、少しお腹が空きましたね」

「ああ、サンドウィッチが食べたいな」

海に惑う船団の上を銀翼の戦空艇が飛び去る。

世界最高の狙撃手と機械技師。

日輪に輝く銀翼の燕。

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夢追人《トレジャーハンター》の子《宝》 入美 わき @Hypnos

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