夢追人《トレジャーハンター》の子《宝》

入美 わき

第1話 伝説の夢追人《港の酒場と絶海の天魚》



ここは私の目に写る"現実"と呼ばれる世界なのだろうか……。

日常に過ごす世界とは異なるもう一つの世界。

しかし、現実の一つ隣とも言えよう世界。

その世界で、日々を生きる者達がいた。

その者達の姿は我々と同様、又は異形とも呼べる姿の者もある。

それぞれが多種多様に"種族"であったり"国家"であったり。

将又はたまた"職業"であった。

我々と同様に彼らは世界、社会に奉仕をし収益を得ている。

ただ淡々と時間、体力、精神を浪費し"生活"を手に入れるだけの我々と………。

だが、その中にもと同じ様に夢を追う者がいる。

地位や名誉などの周知的な富とは全く異なる全てが自己満足で固められた富を追い、求め、奪い又は勝ち取る者。

それは職業ではない。

無論、種族でも国家でもない。

それらは個。

個性であって、資格である。

世界が世界を知るために放つ、努力と執着を身に纏う者達。

人それを夢追人トレジャーハンターと呼ぶ。


〜トム・マーカス冒険記 前文〜



「オヤジーーー!!エールを3杯ジョッキでくれ!!」


「青菜と干し肉のキッシュも頼む!!」


「ダコタチーズの燻製はあるのかね?」


何処にでもあるような小さな村の、また何処にでもあるような土地に建つ村長の家の3倍はある建物は賑わっていた。

名を『天魚の鱗』。

調理をするお腹周りが太めの男性とウェイトレスの美女夫婦が営む酒場。

普段は村の男衆か旅の者、商人などが利用するのだが、今夜は珍客が大勢やって来たのだった。

「−−−それでさそれでさ、聞いたかよ今回の獲物の話!!」

「聞いた聞いた、こんな辺鄙へんぴな所にまさかとは思ったが本当だったんだな」

「俺達も早く行きてぇよなぁ〜」

その中でも妙な興奮を隠せない様子の男が3人、キッチンに近い席に座っていた。

「さぁ、お待ち遠様っ!エールジョッキ3杯とキッシュね。ダコタチーズの燻製はもうちょっと待ってね」

そこにウェイトレスが音も無くやって来て、テーブルに手際良く注文の品を置く。

桃色の髪を揺らしながらウインクをすると歓声が上がった。

男達はその肢体と容姿の美しさ、そして料理と酒の香りに鼻の下を伸ばした。

「待ってましたー!!!」

「美味い酒、美味い料理にいい女、こんなド田舎で店開くなんてもったいねーなー」

「注文もそうだが、オネーチャンも待ってたぜ〜、っ痛ぇ!!」

「こら、今お尻触ろうとしたでしょ!!ウチの店はお触り厳禁!!私に触っていいのは旦那と子供達だけ。旦那の包丁捌きは世界一なんだから、ミンチになりたくなかったら触るのはフォークとナイフそれからジョッキと皿だけにしておきなさい?」

臀部に差し伸べられた手をトレーではたき、助平男を叱るウェイトレス。

「わっはっはっは!!こりゃ手厳しい」

「惚気でお腹いっぱいだよ!!」

「おやっさんもすまねぇな!飯が美味くて飲み過ぎちまってなぁ」

「酔い痴れ見惚れるくらいなら結構。それに妻は私よりも手練れだ。並の人間では触れられもしませんで」

ホールに背を向け洗い物をする目の細い膨よかな店主は少しだけ客の顔を見て笑う。

「ふふふっ。あ、そういえばお客さん!何か楽しそうなお話してなかった?」

興味深々な表情で3人の顔を見るウェイトレス。

男達の心臓は飛び跳ねて加速する。

「……オネーチャン。ここだけの話にしてくれよ?実はここにいる全員、とあるトレジャーギルドのメンバーなんだ。あぁダメダメ、そんな顔してもギルド名は言えねぇ俺がギルマスに殺されちまう」

「……それでよ、ここ最近伝説のギルドと謳われた奴らが拠点を建てたって噂が裏で出回っててよ。それがこの村の南にある誰も寄り付かねぇ孤島だって話なんだ」

「……だから俺達は船団並べて上陸し、伝説の老いぼれ達から金銀財宝掻っ払うって寸法よ」

余程話てはいけない事なのか小さな声で計画の全貌を漏らす酔っ払い達。

「伝説の老いぼれ達?そのトレジャーギルドの人達って老人なの?」

「そりゃーそうさ!何せ半世紀は前のギルドだぜ?名が轟いてたって言っても今は70歳くらいさ」

「稼いだ金で隠居暮らしって感じなんだろうぜ!そんな美味しく熟した果実を俺らが見逃すかってのっ!!わっはっは!!」

「今頃はギルマスが船団引き連れて上陸してる頃さ。もう皆殺しにしちまってるかもな!」

内緒話はどこへやら、高笑いをする男達。

そしてまた目を少し開く店主と優しい目が少し冷める美女。

「それじゃ貴方達は何の為にここへ?」

「そりゃ強奪品の運搬用にデケェ船で来たのさ!ちっくせー村の港にはオールも入らねぇくらいのな!!俺達は明日の夜明けに出航する予定だ」

最後に喋った男がジョッキを大きく傾け、飲み干すと力強くテーブルに置く。

それを合図に店内の男達が一斉に立ち上がると、ぞろぞろと店を出て行く。

「お勘定だご夫婦。ここは最高の店だな」

少し多めの代金をテーブルに置き、ヒラヒラと手を振りながら店を出て行く。

夫婦はその背中にお礼の言葉を送った。

「「ボン・ヴォヤージュ」」





「出航だ野郎共っ!碇を上げろ、帆を張れ!!!いざ行かん目的地は宝島だー!!わっはっはっは」

「宝島ってなんだよダッセー名前だな、あの島にはちゃんとした名前があるんだ」

「なんだよ航海士、いつになくピリピリしてんじゃねーか。酒が足りてねぇのか?」

「禁断症状出るおめーらほど酒好きじゃねーよ。いいか、あの島はその昔からつい最近まで未開の地だったんだ。誰一人到達できなかった前人未到の島さ。噂では大戦艦を尾鰭で吹っ飛ばせるくらいでけー魚がウヨウヨしてるだの、運良く島にたどり着いても大蛇の毒で骨まで溶かされるだのってそりゃもう冒険家や航海士の間じゃ名前を言うのも恐ろしい島なんだ」

「勿体つけんなっ!早くその島の名を教えろヘボ航海士!!」

「突き落とすぞビールっ腹。よく聞けよ二度は言わない、一日に二度と言うと災難が起こるって灯台守のマーカスが言ってたんだ」

「初めて出る名前がマーカスって何だよクズ航海士!!メインキャストか?」

「いや名前からしてモブだろどう聞いても、縛り上げるぞ?いいから聞けって、あの島の名は………」

「「「あの島の名は………」」」


「ヴァルハラ」


「「「––ヴァルハラ––」」」

「おーーーーい!!今、合計何回名前言った!?!?このバカハンター共っ!!!!!厄災が来る!!必ずだ!!今すぐに船を捨てろ!!いいか今すぐだ、俺はお前達も見捨てる、今すぐだ!!あばよ!!!」

航海士は腰のカットラスを手早く抜きボートを吊るしている縄を乱暴に切る。

そして海に落ちたボートに飛び乗る。

「おいおい、本気で降りちまったぜ!わっはっは!!厄災の前にサメに気をつけるんだぞー!!!俺達トレジャーハンターは教会とサメには嫌われてるからな……」

「あと若い女」

「「「ちげぇねぇ!!!」」」

わっはっは。

驚く程に緊張感のない船出。

航海士の忠告も虚しく大船は絶海を進む。

次第に高まる波も、陽を遮る分厚い雲も、その船に見える人間は誰もいない。



–––ドッゴォォォオオオン!!!–––



鼓膜も肝も脂肪も揺らす轟音が突如鳴り響き、大船が動きを止める。

「おいおい、こりゃどうなってんだ??」

「氷山にでもぶつかったのか!?!?」

「ああ、たぶんそうだ!帆は風を受けてる!!それ以外で止まったりはしねぇさ、たぶんな!!」

甲板で慌てふためく船員達。

船が大きい分足元も何も見えていない様だ。

船の進行が止まってから数分後、一人の見張り役が望遠鏡を覗くとその片目に驚くべきが映る。

「………とだ…………」

「おーい見張りー!!何か見えるかー??」

甲板からマストの上を見上げ叫ぶ男に見張り台の男が形相を変え怒鳴る。

「人だっ!!!少し先の海面に人が立ってる!!!」

「何言ってやがんだ?あのバカは……。そんな訳ねーだろーがよ……。おい、若ぇの望遠鏡かせっ!–––––––嘘だろ……」

望遠鏡を手にし、覗き込んだ男の眼前に飛び込んでくる異様な光景。

それは、うねる波の上に直立する一人の女性の姿だった。

どこか見覚えのある女性が海風にを揺らしながらジッと目の前の大船獲物を見つめて一歩一歩近づく。

何気ない航海の中、踊るようにさざめく波音が今は深く沈むように重たく聞こえた。

船員達の顔色は真っ青に染まり、皆が皆一歩後退る。

「ありゃ〜、村の酒場にいた姉ちゃんじゃねぇか!?なんたってあんな所に!?」

「海の魔物が見せる幻影か何かか??」

「あ、あ、あ、悪魔!?あの店は化け物の酒場だったのか!?!?」

「まてまて、少し見覚えがあるってだけでまだあのネーチャンって決まった訳じゃねーだろ??俺達は今朝あの村を出て今昼過ぎだ、俺達の前にいるなんて並の魔法じゃ無理だろ………」

この男の言葉を最後に船員達の声は無くなり、心臓の音が石壁を壊すかの様に聞こえる。

音も波も無い海原をゆっくり、ゆっくりと近づく何者かの高く優しい声が心臓の爆音を掻い潜り鼓膜を揺らす。

「貴方達は今、踏み入れてはいけない地を目指しているの」

それは柔らかく冷ややかな忠告。

「その地に踏み入ったお友達はもうこの世に居ないと思うわ」

それは鋭く熱い怒りの声。

「ここは絶海ぜっかい"天魚の庭"。母なる海を汚す"不浄もの"は藻屑も残さず消してあげる」

聞き覚えのある声音、見覚えのある容姿。

聞き覚えのない波音、見覚えのない表情。

目に見えない得体の知れない力の波動が海面を走り、大海の幻獣を呼び覚ます。

「おいでなさい。"天双魚《てんそうぎょ》ピス=キス"」

波に立つ女性が両手を広げ、その声に応えるように船の両脇に海水が吹き上がった。

船の後方から謎の女性を目掛けて斜め上に飛び上がったそれは、船と同等の大きさをした白と青の巨大な二匹の魚だった。

「な…………、な、な、なんだありゃあ!?!?」

「ああ神よっ!!我らにご慈悲をっ……」

「これは、夢じゃないのか……?こんな召喚魔法、見た事も聞いた事もない!!」

船員達が見たそれは、光沢のある美しい鱗に金の装飾を装備した二匹の魚。

魚達が立てた大波が雨の様に船体に降り注ぎぎ、船員達は其処彼処にしがみ付き恐怖に震えた。

『久々に呼んでくれたね"マリナ"。僕達と遊んでくれるのかい??』

『元気そうだね"マリナ"。私達に何か御用??』

「貴方達の可愛いお顔が見れて嬉しいわ。早速でごめんなさい、私に可愛い可愛い"宝物"を守るための力を貸して欲しいの」

マリナと呼ばれた女性は万年の笑みを浮かべ、手のひらを片方ずつ召喚獣に差し出した。

『お安い御用だね』

『協力しない訳ないよ』

「ありがとう。私のお友達」

互いに愛情が乗った言葉を交わすと魚の召喚獣が光を放ち、その姿を変える。

『母なる海は我らの星』

『我らの星は母なる者』

「"双剣ピス=キス"」

祝詞を読み上げた女性の手に細身の装飾剣が二刀、冷たい光を帯びて陽の光を反射する。

「ば、ばばば化物が、剣になっちまった!?」

「船が止まってるからって細ぇ剣で何をしようってんだ??」

「飛び移ってくるかもしれねぇ!!全員武器を持て!!戦えねぇ奴ぁボートで避難しろ!!」

ようやく自体の異常性に慣れてきたのか、船員達の行動速度が早くなっていた。

ある者は銃を持ち、ある者は盾に剣、又ある者は大砲の準備に取り掛かっている。

臨戦体制。

彼らは"戦う覚悟"を決めたのだ。

得体の知れない者に立ち向かう事を決めたのだ。

だが、この世界において相手の魔力が読めない程実力差があっては"戦う事さえ出来ない"のだと。

当時は誰にもわからなかった。


「クック流双剣術––"船体三枚おろし"––」


海上で彼女は剣を振るう。

一閃は船底と船室の間を。

一閃は船室と甲板の間を。

見事に真っ直ぐ、斬撃が船体を三層に切り分ける。

「さぁ、数日分の食料だけ持ってすぐにボートで引き返すといいわ。私は人殺しなんて嫌なの。この海を血で汚すなどあってはならないもの……」

瞬く間に倒れ行くマスト。

ゆっくりと沈んで行く船底。

次々と海に身を投げる船員達。

光景を眺めながらマリナはゆっくりと船の横を歩く。

宝島の黄金を夢見た人々の目には、ただ息をすれば訪れるはずの"明日"さえも霞がかかりはっきりとは見えなかった。

「さぁ、旦那も待ってる事だし一旦戻って今夜の仕込みを手伝わなくちゃ!」

両手の剣を海に落とし、マリナは船尾に背を向ける。

『もう少し遊んでおくれよマリナ』

『あと少し話していきなよマリナ』

「いいわよ、お店のある陸地まで競争ね!お話は泳ぎながらでも出来るわよね??」

『『負けないよっ!!』』

海中に消え行く三つの影。

絶海の主、天海の双魚。



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