第25話


 「そろそろ話してもらおうか?」


 昼食を終えた後、まだ周っていない店を冷やかしつつデパート内を巡る。たまに、二人に対して性欲を制御出来ていなさそうな頭の悪い男共が寄ってきて声をかけてくることもあったが、俺の眼光で恐れをなして逃げ出していった。何度も言うが失礼すぎるのではないだろうか。


 そんな折りに、お花を摘みに綾瀬が一旦離脱。すわ、連れトイレかと思いきや菅原の方は俺と一緒に待つことを選択した。


 お花を摘む場所の近くに何故かベンチがなかったので、若干離れた場所にあるベンチに二人して座る。


 ちょうどよかったので、俺は気になっていたことを切り出す。


 「およ?話しとは?」

 「惚けるなよ、俺はそんなに鈍感に見えるのか?」


 どこかの早瀬が「そのものじゃねぇか!!」と声を荒げた気がしたがスルー。そんなのは聞こえていない、いいね?


 「鈍感というかそのものでは……?」

 「そこは聞こえていないな」


 戯言を切り捨て菅原の顔を真っ直ぐに見る。正面に座っているわけてはないので身体も少しだけ彼女の方に傾けた。


 射ぬいた瞳に写るのは綾瀬とは違う、つつく場所を残した完璧とは言い難い笑った顔。


 「にゃはは、どうしたの?怖い顔しちゃって、目付きもグワッて感じで鋭くなって」

 「―――

 「……ッ」


 はぐらかすつもりが満々なのだろう。踏み込まれたくない部分だったのかもしれない。


 ただ、そんなものは俺に関係がない。


 「


 たった一言に込める。こちらが本気だということを。


 その言葉に菅原が震えた気がした。


 「……レンくんは本当に高校生?」

 「残念なことに高一になったばかりの男子高校生で間違いないな」


 年上に見られることは、うむ、目付きのせいでなくはない。でも、老けてはないと思うの。


 「なんていうか、りーちゃんのときもそうだけど、何ですぐに人の仮面がわかるのかなぁ」

 「こればっかりは経験と推測だからな、真似しようにも出来ないと思うぜ」

 「同い年なのに?」

 「年が同じでも経験が同じとは限らないだろ。俺にお前にとっての綾瀬がいないのなんて典型的だろ」


 まるっきり同じ人生なんてあるわけない。そんなのだったら個性が失われただのたんぱく質の塊だ。


 「まあ、そもそも菅原の行動がおかしかったから気づけたようなもんだけどな」

 「ありゃ、そんなおかしかった?」


 あれでおかしく感じないとか頭わいてんのかってレベル。


 「全く話したこともない、それに加えて見た目が悪い人間にそうそうお前みたいな可愛い奴が近寄ってくると思うのか?」


 ないね。


 そもそも、人間が最初に見るのは外側、つまり見た目だ。第一印象は見た目が全てって言われるぐらいだからな。中身なんて最初から考慮に入ってるわけがない。


 「ちぐはぐだけど、芯がある行動。自分の中の揺るぎないものを元に動く奴は自分を疎かにしがちだからな」


 だから、自分がなんと言われようが手段を選ばずに行動できる。今回で言うとこの俺と接触するということだが。


 理由なんて聞かなくてもわかる。そもそも、菅原のやることは全て彼女のためを思っての行動だ。


 「ぷくぅ」

 「急に可愛くなるのやめろや」


 改めて菅原の方を向くと頬を膨らませていた。なにそれ、可愛すぎ問題。可愛さが世界を満たせば戦争はなくなるね。


 「レンくんは性格悪いなー」

 「急な罵倒……」


 いや、別にいいけどね?性格悪いのし、知ってるし。傷ついてなんかないんだからっ。


 「そーですよーだ。全部りーちゃんのためを思ってやってますぅ」


 拗ねたように、まるで推理ものの解決シーンのように話し始める。


 「りーちゃんはね」


 言葉をためるように、一拍おいてから、


 「ものすっっっっっごい、可愛いの!!」


 ……。


 …………?


 「もうねっ、ヤバい。見た目なんて当然のことすぎて言うことなんてほとんどないから、内面のこと言うけど」


 さっきまでの比喩を撤回させてほしい。


 「意地っ張りのくせに、どうしようもなくなったら『ちーちゃーん!』って泣きついてくるのなんて保護欲バリバリ出ちゃうし。見栄っ張りでもあるから完璧風の仮面つけてるんだけど、うっかりしてポカしちゃうのなんて可愛すぎて鼻血が出ちゃう!」


 なんか、アイドルとかの推しを布教しようとしてくる興奮オタクみたいな感じだわ。全然シリアスになんねーわ。


 「猫舌なくせに『熱い飲み物は熱いから美味しいのよ』とかいって涙目になりながチビチビ飲むのなんて言葉じゃ言い表せないの。もうね、女神かと思うぐらい」


 別に聞いてねーんだよなぁ、そんなこと。なんか間違えたかなあ。


 「そんな人一倍可愛すぎのりーちゃんはね」


 次はどのような可愛いアピールが来るのかと適当な気持ちで待ってみる。ロクなこと起きなさそうな気がしてならない。


 菅原に向けていた顔を正面に戻す。目の前を通りすぎていく他人が視界に写り、なんとなく疲れた気分にさせられる。


 だから、気づかなかった。


 「人からの悪意も人一倍受けてきたの」


 ああ、そうだろうな。


 そして、菅原が隠していたことがわかった気がした。


 「りーちゃんの努力も苦悩もなにも知らない奴らが、ただその場での考えだけで傷つけられて、虐げられるなんておかしいんだよ」


 他人は自分とは違うものを恐れる。容姿、才能などの優れすぎているものを持つ者は何もできない奴より迫害の対象になりやすい。


 妬みに嫉み、人として当然持つであろう醜い感情で築き上げてきたものを否定し、遠ざける。自分とは違うと決めつけ、理解できないものとして扱う。


 そして、周りへ共感を求めることで、悪辣な輪は広がっていき孤独へと押し込んでいく。


 目先のことが全てだと思い込み、自分達が行ったことの責任をとることもしない。


 そんなこと、知っている。


 滲み出る悔しさも懊悩も。


 「守りきれない。助けてあげられない。目に届かないところで傷つくのを後で知るのなんて嫌」


 無茶苦茶なことを言っている自覚はあるのだろう。綾瀬の全てを救いたいという願いが不可能だということは。


 ここまで言われて気づくなという方が難しい。


 しかし、なんという無理難題を押し付ける気だこの女。


 「自分は出来ないから俺にやれと?」

 「察しよすぎー」


 鈍感と呼ばれたが、さすがにわかる。


 答えは決まっているがな。


 「無理。パス。却下」

 「おおう、すごい勢いで断られちった」


 予想はしていたのだろう。にゃはは、と笑みを浮かべている。


 「当たり前だ。俺は綾瀬に今のところ何の思い入れもないし、する理由もない」

 「さっきのだけじゃダメ?」

 「孤独も差別も綾瀬だけが受けてるわけじゃねぇしな。なんなら俺も被害者の一人といえる」


 外見、細かく言うと『目』に関しては、俺もかなり誹謗中傷を受けてきた。まあ、全然気にしてないからね。ほんとだよ?


 「それに」


 確かに綾瀬は見た目もいいし(世間一般的)、努力もしてるのだろう。知らんけど。


 「菅原がやれっていうのは、綾瀬の不幸を全て取り除き、今後来る不幸すらなぎ払い、幸せにしろってことだぞ」


 何バカなこと言ってるんだ。


 不可能なのだ、そんなことは。


 「無理なのは分かってるよ、ただ気にかけてほしいってだけ」

 「じゃあ、そう言ってくれない?」


 やけに長文でなんか恥ずかしいこと言っちゃったじゃん。中二病ですよあんなの、黒歴史ほじくられそうになるんですよ?いや、そんな長く喋ってねぇわ。


 「ほんとはりーちゃんとくっついてくれればいいんだけどなぁー」

 「俺に彼女なんてできん」


 女の子に近づいたら「バリア!」とか「えんがちょっ」とか言われそうで怖い。何この考え俺の小学時代かよ、泣きそう。何がレン菌だっつうの、バリア貫通とか最強か?


 「あ、りーちゃん戻ってきた」

 「お待たせ二人とも」


 綾瀬が戻ってきたのでデート(ほんとか?)が再開され、夕方まで続いた。


 まあ、楽しかったからよしとしよう。


 二人を家まで送っていこうとしたら遠慮された。しゃーなし、俺みたいなのに家を特定されたらヤバイからね。金を積まれたらゲロる自信ありまくり。


 別れる間際、菅原が近くによってきた。なになに、こそこそばなしかな。やめとけ、りーちゃんが真っ赤になって怒っちゃうよ。


 そんな心配を無視して菅原は背伸びして耳元で


 「あたし諦めないから」


 ゾクッとした。そんなマジトーンで言わんでも……。


 それだけ言って綾瀬のもとに戻り、バイバイと手を振っている。ちょっと綾瀬さん?往来で真ん中の指をたてちゃだめだよ。


 「ハァ」


 やはり、出掛けるのは疲れる。


 「シリアスは好きじゃないんだけどなぁ」


 ぼやいてから、家に戻る。よし、今日はレートを上げまくろう。厳選は別の日にするか。










 「蓮が引っ掛ける女は問題ありすぎじゃね?」

 「引っ掛けるっていうのやめてくれない?俺としては関わりたくて関わってるわけじゃないんだからさ」

 「というか、デート終わるの長い。これまで何してたんだよ?」

 「それは知らないけど、どうせこれからの展開だけ考えて他のこと忘れてたんだろ」

 「……自分から言っといてあれだが、この話やめようか」 

 「誰も幸せにならないもんな……」


 


 

 

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