第18話


 映画。


 唐突に行くことになってしまったが別に見るのは嫌いでは無い。好きか嫌いかで決めろと言われれば、まあ嫌いではあるがそれは映画を見ることではなく、映画館に行くことだ。

 他人なんてどうでもいい、が信条の俺でも人が多いところは苦手だ。テーマパークとか映画館などが顕著でよく知らない奴らと一緒に居ることを許容できるのか理解できない。それに平気でネタバレしてるからマジ許さん。下手をすれば裁判沙汰になることを知らない民であるのだ。


 だから、基本的映画館に行くことは滅多に無い。あるとしたら、好きなアニメの映画か特典を揃えるために行くぐらいだ。ここ最近だとアプリの装備が週ごとに別なのを配布するため週1で通ってたぐらいだろう。俺ってドラマとかそういうの見ないからね。


 「さて何を観る?」

 「連れてきたの綾瀬だろ……」


 正直、今日は普通にアニメショップに行ってラノベの新刊を漁りつつスーパーで1週間分の食料を確保するつもりだったのだ。


 なのに、このどぐされ美少女綾瀬たんが無理矢理連れてきたのである。予定が狂うなんてものではなく破綻だ破綻。どう落とし前つけさせたろか。


 一応、現在公開中のラインナップを眺める。色々あるが俺が興味を引くようなものはほとんど無い。


 「逆に聞くが綾瀬は何を観るつもりだったんだ?」


 観ることが決定事項なら潔く諦めるのって大事なこと。人生諦めが肝心って偉き人が言ってた気がしなくも無いからな。


 何より映画館に連れてきたのだから当然観たいものは決まっているだろう。ほら、はよ教えんかい。


 「特に決めてないかな」

 「………」


 この美少女、ぶち殺したろか。


 なに、つまり綾瀬は何の予定もなしに思いつきだけで俺を無理矢理映画館に連れてきたということか?


 人を振り回すのは勝手だが俺を巻き込まないいただきたいね。


 「でも」


 続く言葉など無視して映画館から出ればよかった。


 そうすれば。


 「無計画で行くのもいいものじゃない?」

 「―――」


 この言葉が耳に届くことはなかったのだから。


 いつもの猫被りとは違う無邪気な素の笑顔。


 ああ、どうして。


 この無邪気さも、言葉も何もかも違うはずなのに。こうも彼と被ってしまうのは。


 幻視するほどに思い返させられる。


 それが見えてしまったのなら俺に拒否権が残ることはない。


 「どうしたの?」

 「あ、いや」


 下から顔をのぞかれ少し身を引く。キョトンとした顔はやはり美少女である。


 「……なんでもない。いいから観たいのさっさと決めろ」

 「ふーん?変なの」


 覗き込まれた顔を、その視線から逸らすように顔を動かす。今の顔を見られるのはちょっとだけ気にくわなかったし、少しだけ恥ずかしかった。


 

         ☆


 「おかしいでしょう!!」

 「お前の声量が?」

 「違うわよ!」


 リカバリーが早いことで有名などうも俺です。異識君です。


 さっきの?はは、なにそれ。俺は三歩あるったら物事を忘れる鶏男ですぞ。なんのことか分かりませんな。


 しかし、この美少女綾瀬はうるせーな。もっと公共の場って事を意識して?俺みたいな陰キャは周囲からの視線に敏感で傷つきやすいからジロジロ見られたくないのよ。


 「ふむ、おかしい要素は俺の顔かお前の声量ぐらいだが……」


 ちなみに、笑えるじゃなく嘲笑の方だから俺は。やばい、自分で言ってて傷ついちゃったよ。帰っていいかな?


 「この陰キャ眼鏡……!!」

 「残念美少女風情が情陰キャと眼鏡を貶すのはやめてもらおうか」

 「ふっ、ふっ、ふー。落ち着きなさい綾瀬。この目つき悪い奴の言動でいちいち心を乱してはいけないわ」

 「あんよがじょーず」

 「(ブチッ)」


 おおっとこれ以上はまずそうだぜ☆


 「いい?さっきのやり取りを思い出しなさい。そして再現するの」

 「お前を馬鹿にすればいいのか?」

 「……」

 「はい、分かりました」


 無言の圧力ってあるよね。実際にやられると恐すぎてちびりそう。


 「始めるわよ。よし、じゃあこのランプの魔人が出る実写のやつにしましょう」


 やっと決まった映画。その広告を指差しながらこちらを見る。


 俺は確か……。


 「お、やっと決まったか。そういやCMとかでもやってたやつだな」

 「有名だし上映回数も多いから良いと思うけど」

 「よくようつべに流れて俺の楽しい動画鑑賞を邪魔してきたやつだから覚えてる」

 「なにその覚え方……。とりあえず、チケットを買いに行きましょう」


 そう確かこの後だった。綾瀬が情緒不安定になったのは。


 「だな、じゃあ俺はこの『青トン』を観るから終わったらここで待ち合わせな」


 アニメの映画を指差して俺は告げた。


 いやぁ、今週の特典が映画限定の小説だから欲しかったんだよ。『青トン』はラノベからアニメになって、そのアニメの続きが映画になったら青春ものだ。主人公が会う少女たちが抱える問題で巻き起こされた病を解決していくもので、この映画は中学生の少女を助けるために主人公がどう動くのかっていうところだったからかなり感動しましたな。原作で内容は知っていたがやはり映像だと違うわ。皆も観ようね、ブルーレイ発売中!あれ、なんでまだ上映中なのにブルーレイ発売してるんだろう??


 ついでに、この作者の『桜荘』も俺は大好きだ。気になる方は是非とも購入しよう。後悔はさせないぜ……。


 「……ぁ?」

 「ん?なに?」


 どうしたの?


 なんでそんなどうしようもない駄目人間を見るような目でこっち向いてるの。何言われてるのか分からないみたいな感じも出されたら困るんですが。


 口をパクパクと動かしているが声が出ないのだろうか。それとも、何か言われることが絶対ないであろうセリフを聞かされたとか?


 「―――お」

 「お?」


 ああ、ここで最初に戻るな。


 「おかしいでしょう!!」

 「お前の声量がな」

 「そこ再現しなくてもいいし!」

 「理不尽……」


 こいつから始めたことなのになんて急にやめるの?やめるならせめて言ってからやめてくれませんかね。それって話振ったけど返したら無視したようなものだからな。


 「気づいた?もちろん、気づいたよね?」

 「ああ、服のことか?俺はもう少し原色に近い方が」

 「服のことじゃない!しかも適当な感想じゃないの!」

 「スカートって防御力低そうだよな」

 「可愛いからいいの!!」


 そうですか。


 「なんで二人で映画館に来て別々なものを観るの!?普通に一緒に観るものじゃない!」

 「興味ないものを観ろと言われてもなぁ」


 そもそも、俺って映画は一人で鑑賞するタイプだがら普通と言われても困りますん。べ、別に一緒に観てくれる友達がいないわけじゃないから、ほんとだもん。信じて?


 「ああッ、この人とまともなことするのがこんなに大変なんて……!」

 「俺がまともじゃないみたいな言い方はやめてもらおうか」


 俺ほどまともな人間はいないのよ?どれだけまともかっていうと、世界平和を一日一回考えてるぐらい。男子高校生なんて世界平和かエロいことしか考えてないからまともでしょ?


 「ここで問答しても時間の無駄ね。はぁ、今日は一緒に観るのよ」

 「えぇ~、ほんとにござるかー?」


 俺は嫌なんですけど。


 やれやれ、ワガママ美少女め。何でも思い通りにいかないという現実を教えてやろうか。


 そんな風に思ってたら、すんごい自然な動作で片腕に組まれる美少女の手。おい、どうした。


 「さ、行くわよ」

 「人の話し聞いてくれます?」


 あ、あれ?


 腕動かないんですけど。ま、まさかこいつッ腕を組んだんではなく……!


 「動けないでしょ?」

 「連行じゃねぇか!!」


 そんないい笑顔で言われても、気分はド〇ドナなんですけど。


 いーやー、暗がりに連れ込まれるー。


 抵抗むなしく二人で映画を観ることになりました、まる。





 

 「……今度、一緒に映画行こうな?」

 「急に優しくなるのなんなの?別にいいけどさ」

 「こ、こんな寂しく映画を観るなんて……!」

 「全国の一人映画が趣味の奴に土下座しろ」

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