第15話


 6月といえば何の時期だと皆さんは思いつくだろうか。

 祝日が無い最悪の月、面白みのない月など様々に出てくるであろう事は想像に難くない。ほんと、なんで祝日無いんだろうね。激おこ。


 さて、まあ月に対する文句はあるとして、読者諸氏よ、俺としてはこの時期であると思うのです。


 そう、『梅雨』。


 一日中雨が降り続くが気温はそこそこ高くジメッとした日が続くカビを繁殖させるためにあるであろう、あの梅雨である。


 降ればジメジメ、道路はビシャビシャ。歩くのだけで濡れるのは確実であり、必然。これは、引きこもりになれという暗示である気がしてきた。自宅警備員になりたいでござる。


 そんなくだらないことを雨が降る空を前髪の隙間から睨みながら考えている。いや、まじでふざけんなですよ。


 さっくらちりー、とか歌っていたあの春はもう過ぎ去ってしまったのか……。あのアニメ桜関係あったのか覚えてないけどね。


 今朝のニュース番組では降水確率は20%というのが美人キャスターが言っていたのだがまんまと騙されてしまった。もう、絶対見ないわ。


 折り畳傘とかいう便利な物を持っている訳もない。今日はバイトなのだがこれだと遅刻してしまうことだろう。つまり、給料無しのただ働き。そんなんになるなら行かないでばっくれればいいと思うだろう。


 甘くないんだよ。サボった次の日には自宅に漣家が襲撃し長ったらしい説教と監査が入ってしまう。監査というより家捜しと言い換えれることができるほど徹底的に。あいつら思春期の男子を殺す気か?見られたくない物だってあることを知ってほしい。


 雨に濡れて行けばいいのだが、腐っても飲食店の店員がびしょびしょで店内に入るのも憚られる。


 こんな時に早瀬は部活でいない。何とも使えない男だ、硬き作物で死ぬがいい。


 先程から隣から色んな生徒が通るが誰も声をかけてこない。友達の少なさが露呈する。べ、別に悲しくないし。


 「はぁ」

 「はぁ」


 漏れ出た溜息が隣に止まった生徒と重なる。ごめんね、俺なんかと被って死んでくる。


 「そんなこと思ってないんですけど!」


 自殺の名所を頭の中でリストアップしていたら隣の生徒が急に叫びだした。情緒不安定らしい。どっか行け。俺は悪い目つきで空を睨み晴れさせるという大事なことをやっているのだ暇では無い。


 「もう無視には慣れたつもりだったのだけれど、腹立つわ」

 「猫被んなくていいのか?」


 しょうが無いからいつの間にか隣にいた綾瀬に声をかける。


 「今はあなたしかいないから」

 「そりゃ光栄だね」


 捉え方によっては俺にだけ見せてくれる姿となる。滅茶苦茶嬉しいね。


 「心にも無いこと言わない方がいいんじゃない?」

 「秘密を無理矢理握らせられて脅されてる気がするからやめてほしい」

 「誰も本音を言って欲しいとは思ってないわよ」


 そもそもナチュラルに心の中を読むのをやめて?


 「ところで」


 ゴホン、と咳払いをしてから綾瀬は切り出す。


 「帰らないの?」

 「帰りたい」

 「国語の能力が低すぎる……」


 うるせぇ。わざとに決まってんだろ。


 ちなみに、帰らないの?という問に対しては帰るよ、まだ帰らないとかそんな感じが妥当な回答だろう。誰も帰りたいなんて願望を聞いてるわけではない。みんな、また一つ賢くなったね!


 「傘が無いんだよ」


 馬鹿な思考を放棄して状況を話した。


 「帰りたいが濡れるわけにもいかない」

 「だから雨が上がるのを待ってたの?」

 「ご名答」


 まあ、通り雨っていう感じがしないからまだまだ降り続くのは明白だが。


 雨の日なら『水無月』の客足も多くはないだろう。電話をして状況を聞いたところで休む判断をすればいい。


 「ふーん」

 「……?」


 てか、綾瀬はいつまで隣にいるつもりなのだ。ちらっと見た手元には折り畳傘がきちんとあり、いつでも帰れるはずなのに。


 「時間の無駄ね」


 なんでこいつはいつもディスりにくるの?俺の行動にいちいち文句つけないと蕁麻疹でも出る病気にでもかかってんのか。


 「そうだな」

 「無駄な浪費は怠惰な人格を作り出す、つまりあなたになるということ」

 「そうだな」


 ステイステイ。ボクオコラナイ。


 「なりたくないでしょう?」

 「もうなってるんだよなぁ」


 手遅れなので今さらであろう。


 結局、何かを伝えたいのだろうが迂遠な言い方すぎて分からん。もっとわかりやすくなって?


 「……住所どこ?」

 「それ個人じょうほ―――」

 「あら、私の家の近くね」

 

 答える前に次のセリフを言うなし。


 絶対、喋ること事前に決めてたでしょ。


 「ふぅ、近くなら仕方ないわ。知り合いを濡れて帰らせるなんて私が私自身を気にくわなくなるからしょうがなく傘にいれてあげましょう」


 だから、と。


 早口で捲し上げたてた言葉に続く言葉は一つしかなかった。


 「一緒に帰りましょう」


 面倒くさい人間だなぁ、と口の中でごちる。猫を被りすぎて素直なことが言えなくなってるのかね。


 特段仲が悪いわけでもない。出会いとその後がちょっとおかしいだけで嫌いな人間でもない。


 これは厚意である。


 ならば、拒否する理由が無ければ断る必要などさらさら無いのだ。


 「無理だな」


 まあ、理由があるから断るんだけどね。


 俺はノーと言える日本人なのだ。


 「……なんですって?」

 「いや、無理。普通に却下だ」


 断られるとは思ってもみなかったのか、その顔を驚愕が彩る。お目々ぱっちり、口ポカーン。アホ面丸出しでござる。


 「ふ、ふーん?まさか、この美少女と一緒に帰れるというのに断るというの?」

 「ああ」

 「傘にも一緒に入れるのに!?」

 「ああ」


 傘に入れるといっても100パーセント雨を防げるわけじゃない。どっちかが気を使って濡れるぐらいだったら、濡れる確率を低くするために一人で入った方がいいだろう。それでも、防げるとは限らないが。


 「まさか、照れてるの?ふふーん、そうよね私みたいな美少女と相合い傘をして下校なんてお金を払ってでもやりたいことの一つだもの。当然よね、でも今回は特別にタダで入れてあげる。感謝しなさい」

 「こいつ何言ってんだ??」


 思考回路が意味不明すぎて俺がおかしくなったのではないかと錯覚してしまう。日本語を喋っているはずなのに意味が分からない。実は独自の言語を使っている疑惑が出てきたぞ。通訳をよこせ。


 「ちーちゃんと帰れよ……」


 暗にお前と帰る気は無い、と告げる。


 保護者は何をやっている。猛獣の手綱をちゃんと掴んでいてもらわなければ被害は大きくなる一方なのだぞ。


 「……ちーちゃん?ちーちゃんですって?」


 下を向いたせいで髪の毛が横顔を隠す。心なしかプルプルと震えている。


 「私は未だに『綾瀬』呼びのままなのにちーちゃんだけあだ名のちーちゃん呼びっ。てか、何でちーちゃん呼びなの!?」

 「面倒くせぇから帰るか」


 美少女とお喋りなんて貴重な時間の浪費もいいとこだ。ご褒美だと思うのはそこら辺の飢えた男だけ。ハイ、そこ空を睨み付けるのも浪費とか言わない。


 そんな時間があれば厳選するかRPGのレベル上げでもしてたほうがまし。


 着替えを水無月で借りようと決め歩き出そうとしたら、裾を掴まれる。


 「どこ行く気?まだ私の質問に答えてない」

 「答えるなんて一言も言ってないんだけどな」


 涙目プラス上目遣い。


 そこら辺の飢えた男ならイチコロだな。


 はぁ、とこれ見よがしに溜息を吐く。ピクリと綾瀬は肩を震わせたが、さて。


 さっさとバイト先に向かうには適当なこと喋って煙に巻くより、事実を言えばすぐに収まるだろう。


 何で俺がこんな目にあわなあかんねん、と思いながら回答を口に出す。


 「一緒の方向じゃないからな向かうの」

 「……」


 急に蔑む目で見られたんですけど。足も踏まれた。これが理不尽か……。


 「バイトだよ。だから方向違うの」


 綾瀬の家知らないけど。多分西とか東辺りじゃないかな。知らないけど。


 「あら奇遇ね、私もあのお店に向かおうと思ってたの。だったら一緒に行きましょう?」


 やだ、もうこいつなんなの。


 言ってること無茶苦茶過ぎて俺が悪いのかと思い始めるレベルなんですが。


 「そうか、じゃあな」

 「一・緒・に、行きましょう?」

 「そうか、じゃあな」

 「行・く・の・よ」

 「………ぁい」


 無理だよ。なんだこの『はい』を言わないと抜けられない無限ループ。前にもあった気がするんですけど。


 しかも、なんか満足そうにむふふとかしてるけど、この畜生が。


 「それから私のことは名前で呼んで」

 「綾瀬って呼んでんだろ」

 「上じゃなく下よ、下」

 「……瀬?」

 「誰が綾瀬の部分の下って言ったのよ!?そうじゃなくて下の名前で呼んでって言ったのよ!」

 「はいはい、その傘渡してねー?」


 むきー、といつもの仮面からでは考えられない声を出している綾瀬。今すぐに地団駄を踏みそうな勢いだ。


 そんな彼女の手にある傘を奪い取る。


 「ちょ、何するの!」

 「はいはい、鞄貸してねー?」

 「さっきからその口調馬鹿にしてるの!?あ、何、追い剥ぎ!?」


 とことん馬鹿だなぁ、こいつ。


 チラリと綾瀬の足を見て、きちんと外用の靴であることを確認する。


 自分が背負っていた鞄の脇に動かないように右肩で背負う。これなら雨に濡れる危険は激減するだろう。


 むきむき、うぱうぱ、言っている綾瀬がいつまでたっても来ようとしない。


 手間を増やしやがって。


 「ほら、バイト先行くんだろ。さっさと傘に入れ」

 「あ、え、待って何で手を握って……そんな肩を抱いて寄せられるなんて……」

 「はいはい、とりあえず濡れないように真ん中によってな」


 まあ、傘の持ち主は綾瀬だから濡らさないように傾けてやる。その分、俺が多少濡れるがまあ許容範囲だ。


 そして、何故か顔を赤くした綾瀬のペースに合わせて水無月への道を進み始めた。


 「……う、うぅ~、そ、そういうのずるぃよぉ。助けてぇちーちゃん……」


 綾瀬の言葉は雨音に掻き消され地面に溶けて消えていく。









 「相合い傘キター(・∀・)!」

 「別に俺は濡れてもよかったんだが」

 「黙れ、このツンデレ陰キャが!ラブコメの定番である相合い傘を無視するなど言語道断!てか、なに?蓮、普通に気ぃ使ってんじゃん」

 「持ち主は綾瀬だから当然じゃね?」

 「はい、ツンデレいただきましたー。かわいくないですぅ」

 「早瀬こいつうざいなぁ」

 「そんなことはどうでもいい。この後も順調に好感度稼いでいけよ、楽しみにしてるぜ」

 「この他人事感。まじで、闇討ちした方がいいな」

 「本気のトーンでそういうのやめろよぉ!?」

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