第8話


 「好きです、俺と付き合ってください!」


 放課後。


 場所は体育館の裏。告白するには人があまりいないため、とても適した場所だと言えよう。


 外野はおらず、いるのは男女1名ずつ。


 手紙で呼び出された彼女は、真っ直ぐに目を向けて頬を赤くしてる男子生徒から告白された。


 まさに青春真っ只中である。


 結果は当然二つに一つ。


 勝利おつきあい敗北振られるのどちらかのみ。考えさせてくださいなんてのは逃げでしかない。そんなヘタレはラブコメ主人公ぐらいだろう。


 そして私は、いつも通りの言葉を相手に伝える。


 「ごめんなさい、私誰とも付き合う気がないの」


 やんわり、優しく。


 相手の気持ちは嬉しいけど、受け取れないという思いを込めて。


 「じゃ、じゃあ!お友達からではどうですか!?」


 出ました、常套句。


 振られたんだから諦めて欲しい。


 「それもごめんなさい」


 常套句だからこそ返す言葉も準備はしている。何度も言われ続けて相手を一番気遣っている言葉はもう研究済みなのです。


 「あなたとお友達になってしまうと、嫌がらせなどが起こってしまいます。なので、特定の男子と仲良くすることが出来ないから無理なんです」


 これが、完璧にしてパーフェクトな回答。


 あなたは悪くないし、迷惑をかけたくないから仕方なく断った感じを出せる。


 「じゃあ、ごめんなさい。私はもう行きますね」


 返事を聞かずにその場を去る。


 少し歩くと小学校からの友人、菅原千春すがわらちはる。通称、ちーちゃんが待っていた。


 遅ればせながら、私は綾瀬凜といいます。めちゃくちゃ美少女です。


 校舎に背中を預けてスマホを弄っていたが、私が来たのに気づくと弄るのは辞めた。


 「それで今回も断ったの?」


 オブラートなんてものは知らねぇ、とばかりにズカズカと聞いてくるけど、まあ今さらという感が強い。逆に何も聞いてこなかったら風邪を引いてると疑うレベル。


 「うん」

 「それなりにイケメンだったのに?」


 顔は整っている方だった。


 しかし。


 「だってあの人、一昨日見てるだけの人だったから」


 それだけで、その人になんの思いを持つことなど無い。かっこよく言うのなら、突っ立ってるだけの奴に得られるものは何もない的な感じ。


 「あー、それは駄目だね。万死万死」


 一昨日は本当に最悪だった。


 いかにも不良してますっていう男子に校門で急に絡まれて無理矢理掴まれて本当に最悪。


 君のためなら何でもやれる、とか。

 君のためなら不良だってぶちのめせる、とか。

 君のことを絶対に守る、とか。


 そんな口先だけの男子は皆一昨日、傍観者でしかなかった。


 「というか、そろそろ猫被るのやめたら?」


 失礼な。猫なんて被っていない。


 「いやいや、あたしは別に気にしてないし知ってるから」

 「ふん。どうせ素は性格がわるいですからね私」

 「にゃはは、無理もないでしょー」


 この姿形を得た代償として、性格が悪くなるのも無理はないと思うのです。ふん、男子は体目当ての最低な奴しかいませんし。女子は醜い嫉妬の嵐、心安まるのなんて滅多に無いのです。


 「それでりーちゃん、彼とは会えたの?にししっ、王子様に」


 グシャッ、と。


 もし私が手に飲み物が入ったペットボトルがあればそんな音と共に握り潰していたでしょう。


 ていうか!


 「会えた……と言えるのか分かんないけど端的に言ってクズだった」

 「ほほう、クズとな?」

 「そうなの!だってせっかく私が作った弁当も食べずに、馬鹿とか頭悪いとかイカれてるとかっ。はてには今日なんてほぼ無視だよ!?」


 これでも自分の容姿には自信があるし、奴も美少女美少女って連呼してたぐらいなのだ。


 そんな!

 美少女の!

 手作り弁当を!

 食べようともしないってどういこと!?


 「いや、普通に手作り弁当は重いでしょ」

 「シャラップちーちゃん。今はそんな話はしていない」

 「りーちゃんも人の話聞かないなぁ」


 そもそも、私が話しかけてあげてるのに無視ってどういこと!?

 確かにあの時助けてもらったから、いい人だなぁとは思ったけども。あんなクソ陰キャとイコールになるわけないじゃない!


 「んー、でも事情聴取を一緒に受けたあのイケメン君がその人って言ってたんでしょ?」

 「そうなの。なのに、お前を助けたのは俺じゃないですって」

 「おかしいですなぁ」


 いやね、私だって目を隠した陰キャがあの時の人だとは思えなかったよ?

 結局、前髪上げてくれなくて見れなかったし。


 あの陰キャが言うことも一理ある。


 「それにしたってあの態度は酷いでしょ!」


 話しかけても無視して、こっちが上目遣いとか傷ついた風の声を出してもピクリともしない。

 そして、よりによって胡散臭いとかほざきやがった!


 「私も、そりゃあ何かあったときのためにコネとして接触してたけど……それでも、利用しようとしてるとか見抜いてきて興味ないとか意味が分かんない」

 「りーちゃんクズいなぁ。でも、それだったらその人凄いね」

 「ただの陰キャだよあんなの」


 私を無視して変な本を読んでるし、朝はゲームしてるしで完全に陰キャの回し者。陰キャオブザ陰キャだよ。


 「うーん、何でなんだろなあ」

 「きっと、違う人なんだよ。そのうち助けてくれた人から接触してくるでしょ」


 人は見返りを求める生き物だ。何かを代償にすることで分相応以上のものを願ってくる。醜く、浅ましい。それが、他人の本質だ。反吐が出る。


 それでも、ちーちゃんは何か引っかかっているのか唸って考えている。


 「あたしはその異識君に会ってないから分かんないけど、怪しい」

 「もう見た目からして怪しい人だからね」

 「そういう話じゃないの、イケメン君がわざわざ名前を教えてくれた相手が違いますって変だよね」


 どっちか嘘をついている。


 そうちーちゃんは告げる。


 「だってイケメン君はその異識君の生態まで教えてくれたじゃん?そして、その通りの人物だった、人の顔を覚えれなくて面倒くさがり、人を人とも思わないクズって」


 今さらだけど本当に友達に対する評価なのだろうか?酷すぎて目も当てられない。


 「まさにその通りだったと」

 「こいつ誰?だって」


 そう言ったら、ちーちゃんは口に手を当ててた。なんだ、何が言いたい。


 「く、くくくっ」

 「ちょっとなんで笑うの!」


 違う、この友達笑ってやがるッ。


 「有名人のりーちゃんを知らないとか…っ。そして言われたりーちゃんの表情考えただけでぷーぷぷ」


 いや、確かにね。私は美少女ですよ。超が付くほどのね。

 入学してから馬鹿みたいに告白されるし、成績も上位常駐。運動は多少出来るほどだけど、かなりよくやれてると思う。そのせいか、学校では有名人として名と顔は通っていたはずなのです。


 べ、別に変な顔はしてなかったと思うし。動揺はしたけど隠せてたはず。


 「それで、今後はどうするの?クズなその王子様かもしれない相手に接触する?」


 む。


 「そもそも、さっき言ったみたくわざわざりーちゃんが会いに行く必要無いよね。その王子様にりーちゃん別に恋した訳でも惚れた訳でもないんだし」

 「まあ、ね」


 そうなのだ。


 私がここまで躍起になって件の人物を探しているのは惚れた腫れたの甘々イベントなどでは絶対に無い。


 気が済まないのだ。


 それらしき陰キャに感謝の意は伝えたが、別の人であるなら再度伝えなければならないし。


 それに―――


 「あの状況で誰か助けてくれるだろうって、そんな甘い考えを見透かされたことが気にくわない」

 「言葉を交わしもせずに本質見抜かれちゃったから?」

 「……うん」


 甘い奴だ、そう言われた。


 あの瞳に射貫かれ、その瞬間だけで根底にあったものを見透かされた。


 どうせ自分に近づくために誰か助けてくれるだろう。そうやって好意を植え付けてくる奴がいると、いて当然だと思っていたのだ。


 「だから、一発殴らないと気がおさまらない」

 「過激派ですなぁ。気になって仕方ないくせに」

 「気になってるよ、人格歪んでるなって」


 あそこまで見抜く人間なんて碌な奴じゃないだろう。


 「ひどい言い様だね。あたしはその時いなかったからどんな人か分かんないし」

 「結局手がかりは陰キャか嘘つきイケメンしかいない」

 「また行くの?お昼にボロクソ言われたのにぷぷ」


 殴りたい、その笑顔。


 「明日も行く。あんなに言われて腹が立ってるから」

 「あはは、りーちゃん馬鹿だね」

 「なにが?」


 今、馬鹿という単語はやめてほしい。あの陰キャに言われてるから怒りがわいてくる。


 「気づいてないのが馬鹿の証。そういうとこも可愛いんだけどね」


 にゅふふ、と怪しげな笑みを浮かべて先を歩き始めるちーちゃん。なんだこいつぶん殴りたい。


 「気になって、気になってその人のこと考え続けてる。まるで恋する乙女」

 「決めた、ちーちゃんぶちのめす」

 「本気の声音はやめようよぅ!」


 何が恋する乙女だ阿呆らしい。


 そんな浮ついた感情は一切無い。あるのは私に対する関心が全くない陰キャに対するむかつきだけ。


 頭の中は次に会ったときどうやって関心を向けさせるかどうかだけ。


 これは恋ではない。


 私のプライドが許すなと叫ぶのだ。


 興味ないとか、どうでもいいとかあの陰キャの口から言わせずに私のことを見させてやる。


 だって美少女だし私。


 いつの間にか、ちーちゃんを追い越しふんすとやる気を込めた。


 「本当に馬鹿で可愛いなぁ、りーちゃん♪」


 この後、作戦を練るために学校から遠目のカフェに二人で足を運ぶのだった。

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