第7話


 溜息を吐くと幸せが逃げると言われている文言がある。

 しかし、逆説的に考えてみると溜息を吐く原因があるせいで幸せでなくなっているのではないだろうか?


 根本的に溜息を吐く状況というのは大抵嫌なことが起きたときだろう。それ以外のときは自分が不幸ですアピールとか、溜息吐いてる私若しくは俺を構ってアピールしかない。いや、これ以外があったのなら謝るが所詮その程度だけだと思うの。ごめんね?


 テストの点が下がった。

 雑務を押し付けられた。

 理不尽に怒られた。


 などなど。


 まあ、つまり自分にとって面白くないことが起きれば溜息は吐くということ。もう、嫌なんですわー。溜息吐かせないで欲しいんすわー。


 くどくど理由を垂れ流しているが、簡潔に言うと。


 「異識君、お弁当一緒に食べませんか?」

 「………はぁ」


 昨日の美少女がまた昼休み特攻してきたからだ。


 しかも、まだ購買に行く前の授業終わり直後に。なんと傍迷惑な。


 おかげで、クソクラスの連中がこっちを見てくる。昨日のチャラチャラ生徒は睨んでまできている。理不尽だなぁ。


 早瀬、ヘルプ。俺をここから連れ出してくれ。


 「ね、どうかな?」


 ウゼぇ。そのとってつけた笑顔で話しかけんじゃねぇよ。


 心の中で溜息をもう一度吐く。


 授業で使った教科書などを机にしまい立ち上がる。


 「あ、他のとこで食べる?屋上とかどう?」


 貴重品は全て制服にいれ、盗られても問題が無いものだけ置いて歩き出す。早瀬はニヤニヤして助けてくれなかった。覚えてろよ、絶対許さねぇからな。絶対に。


 「………」

 「じゃあ、行こうか」


 トテトテ、付いてきて横に並んでくる。目を向けてないけど感覚で分かった。


 「あ、購買に先に行くんだよね。私も付いてくよ」

 「………」


 とってつけたような笑顔に、普段使っている周囲用の口調。何から何まで胡散臭い奴だ。


 購買はかなり混んでいて、ここから何かを買うには人混みを掻き分けなければならない。だが、この状況なら目当ての食料を手にすることは不可能だろう。ヤバすぎ。もっと親御さん頑張ってあげてくれ、弁当を作ってくれよぉ!栄養が偏っちゃうでしょうが。


 「はぁ」

 「あれ、異識君どこ行くんですか?購買は…?」

 「………」


 購買が駄目なら解決手段などありはしない。昼の外出は校則で禁止されている。バレて無駄に怒られるなんてことはしたくない。


 別に一食抜いた程度で死ぬわけでもない。なら、おとなしく静かなところで過ごすのが無難か。


 「あの~、異識君?さっきから話しかけてるんですけど……」

 「………」

 「……無視されてる」


 図書準備室か図書室。図書室でもいいがあそこは受験生たちがカリカリ勉強している場所でもある。読書だけしにいくというのも勉強の妨げとなるやもしれん。ほら、自分は頑張ってる時に周りが遊んでいると、俺はこんなに頑張ってるのになんでっ、みたいな気持ちになるだろ。そんな感じ。


 やはり、図書準備室か。


 周りに誰も居ないことを確認して侵入する。やっと落ち着ける―――


 「いい加減反応してください!!」


 声が少し大きくて上擦っていた。仕方なしに、俺はやっと美少女の方を向く。


 「どうして無視するんですか、一緒にお昼食べましょうよ」

 「勝手に食ってろ」


 それだけ言って、制服にしまっていたラノベを取り出し読み始める。パイプ椅子しかないがあるだけマシだろう。


 今回読むのはラブコメもの。十月からアニメ化する雷撃文庫の作品。この人の作品で凄いところは会話文のとこが凄い。いや、他のも凄いところあるけどね、俺的には二ページ丸々会話文にして最初の行から読んでも最後の行から読んでも会話が成立しているところだ。天才かよ。


 「私なにか悪いことしましたか?」


 アニメ化するのは嬉しいが初期からのファンとしたらどこか端折られるというのが少しだけ残念だし、映像では表現出来ない部分が小説にの地の文にあるから悲しい点ではある。だが、やはり一ファンとしては歓迎すべき事態なのだ。


 「き、嫌いになっちゃったんですか私のこと」

 「


 ラノベから顔を上げずに発する。


 「そもそもの話、俺は昨日貴様とは関わることはないと言った。悪いことをしたとか、嫌いになったとかじゃあないんだよ」


 前提が間違えているのだ。


 「貴様が俺を見下してようが、馬鹿にしてようが関係が無い。裏で何考えてたのか知らないが利用するつもりなら他を当たれ」


 何度も言うが、この美少女は胡散臭い。さり気ないボディタッチや上目遣い、無垢な笑顔どれもこれも男を堕とす上で遙かに高いレベルのものだ。そんな気は一切無いくせに、まるで好意を持っているかのように振る舞う姿は男子の敵そのもの。告白して玉砕するまでの道のりを綺麗に作り上げている。


 「……何のことかな?」

 「口調、クソったれな表情に最適な仕草。完璧っていうのは素晴らしいことだ、違和感を覚えさせないということだからな。だからこそ、


 その技術は褒められるべきものだろう。どのような努力をしてきたのかは知らんが、並大抵のことではない。


 それだけの技術だ。当然気づけるはずなんてなかった。気づくということに感づく人など誰も居るわけがなかった。


 「完璧すぎる故に浮いている。隙が無い故に溶け込めない。うまい例えは、常に戦場に身を置いた戦士ってところか?」


 疲れないのかなぁ。


 「まあ、所詮他人のことだ嫌いとか好きとかそれ以前にどうでもいい」


 関心すら持つ価値が無い。どこまでいっても他人で、関わりのない奴だ。


 そんなものに時間も記憶も使うのなんて馬鹿らしい。無駄の極みだ。


 ラノベから顔を上げ眼鏡と前髪越しから美少女の顔を見る。


 目が合う。


 逸らしたのは美少女だ。


 「貴様が俺を訪ねるのも構わない。食事に誘うのも別にいい。ただ、その悉くに俺は興味が無い」


 他人の行動を抑制など出来るわけがないのだから。好きなようにやらせればいい。その代わりに俺も好きなようにやらせてもらう。ただそれだけのこと。


 「ハッキリ言うが、貴様を助けたのは俺じゃない。くだらない勘違いで貴重な時間を浪費するのは無駄でしかないと助言してやるよ。じゃあな」


 言ってやったぜ!


 これだけこっぴどくクズ発言をすればもう来ねぇだろ。


 え、良心の呵責?


 そんなものはへその緒と共に切られたから無いんだよ。ちなみに気遣いとかも一緒に切られた。


 世界最高峰のクズとはまさに俺のことだぜ!


 ちなみに、今日の放課後はバイトです。行ってきまーす。あい。

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