第6話
「例え」
昼休み。
高校生になって初めての六月中旬。今年は梅雨が例年より遅く、教室の窓には強かな雨が当たり音を鳴らすだろう。
しかし、俺はそんな教室にいるわけがない。あの空間はカースト上位が自分たちの縄張りだと主張し、弱者の悪口を聞こえるように言うための場所と変化している。自分たちが頂点であるの見せつけ、下に見る奴を嘲笑う劣悪な環境。
そんな中で、食事など気分が悪くなる。あいつらなぞどうでもいいが、無駄な揺らぎは目に見えない疲労を蓄積する。いつ溢れ出るか分からないものをわざわざ抱えるなど馬鹿げている。
なので、いつも通り購買でサンドイッチを買って図書準備室へと侵入する。ここにはほとんど人が来ず、静かに過ごすにはちょうどいい場所だ。
本来なら。
「美少女であろうと、今朝会ったばかりの奴の手作り弁当を食べるとか本気で思うのか?」
「うっ」
だが、今日に限ってこの場所は独りの空間から二人に変わってしまった。
今朝会った美少女はなんと俺の教室まで来たらしく、俺がいないとなるとすぐさま早瀬を問い詰め探しに来たらしい。偶然人通りが少ない図書準備室前で見つけられ今の状態に至る。行動力がエグい。
「で、でも」
「でもも、けども何もない」
考えてみろ。
今朝会った人から、弁当作ったので食べてください、とお願いされて即了解する奴なんてそうそういない。胡散臭いのだ。
確かに美少女の手作り弁当、女子生徒の場合は(早瀬みたいな)イケメンからのだったら喜んで食べるのかもしれない。別に食べるのを否定はしないが、うまい話には裏があるというのは当然の考えだ。
俺がすぐ金を要求されると思ったようにな。
てか、美少女の話しぶり的に昨日会ったばかり(俺は微かな記憶しかない)の奴に弁当なぞ作ってくるとか正気か?
「ぶっちゃけ、重い」
「はうっ」
男子高校生じゃねぇんだ。話しかけられただけで、あいつ俺のこと好きなんじゃね?って思っているみたいで痛々しい。馬鹿しかいないからな男子高校生は。世界平和かエロいことしか頭にない。
「初手弁当はヤバい。俺だったら様子見のステロからか眠気誘いを選択……つまり、挨拶だけして機を窺うのが正しかったと思うがね」
「た、確かに……!」
さては、この美少女馬鹿だな?
「で、でもお母さんがグイグイ行きなさいって!お父さんを捕まえたときも、それで先に胃袋を掌握して後々他のも掌握したって」
「さては、美少女。貴様馬鹿だな?」
なんでもかんでも鵜呑みにするじゃねぇよ。疑えや。
「ば、馬鹿じゃありません!というかですねっ」
ビシッと指をさしてくる。
へし折られてぇのか?
「さっきからび、美少女、美少女と。私の名前は美少女じゃありません」
「美少女っていう名前つけられてたら裁判で名前変えてもらうレベルだしね」
ここ最近も名前の関係で裁判が起こったはず。確か騎士って書いてナイトだったはず。親は何考えてんねん。
ああいうのは、自己満足じゃなく子供がどう思うかを考えてつけてほしいね。
「だが、美少女よ。俺は貴様の名前を知らない。故に、最も特徴的なとこで呼びかけるしかない」
「うぅ、言われ慣れてるはずなのにっ」
自覚無かったらそれはそれでヤバいと思うが。他の女子からしたら嫌みにしか聞こえないのでは。
「綾瀬です。
「あっそ」
どうでもいいから名前とか。もう一生関わらねぇだろ。
「む、名乗ったので名乗り返してもらわないと不公平なんですけど」
「勝手にやられたことに公平さを求められても……ルールは決めてからじゃないとひっくり返すなんていうことはザラに出来るから、言う必要ないね」
「異識君狡です、それはずっこいです!」
「知ってんならいらねぇじゃねぇか……」
不毛すぎる、なにこのやりとり。
「そもそも、美少女が「綾瀬です」……綾瀬さんが構ってくるのは昨日のことが原因というのは分かった」
不思議に思わないだろうか。
昨日と今日の俺の差に。
「だが、俺はこんな風に前髪が長く眼鏡をかけたモブだ。助けた奴がどんな格好だったか知らんが本当に俺なのか?」
「えっ?」
擬態というのはバレないからこそ擬態たり得る。あのときは偶々眼鏡を外して、前髪を上げていたから普通に違う人間だと見えるだろう。目つきの悪さ尋常じゃないからね俺。
「早瀬に名前を聞いたら俺の名前が出た。だから昨日助けてくれた生徒はそいつだ。短絡的な思考だな、早瀬が嘘をついているとは考えなかったのか?」
「う、嘘をつく理由なんて」
「嘘に必ずしも理由が必要なわけじゃない。そもそも人間の視界を通して言葉となった瞬間それはほとんどが嘘となるからな」
価値観と同じだ。
例え見えている景色が同じでも、緑や黄緑など本来とは違うものとなり言葉が放たれる。そこに100%の真実などありはしないのだ。
「嘘ではなかったとして、綾瀬さんは自分が見たものより他人の言葉を信じるのか?自分で見た人物の記憶より信じられると本気で思っているのか?」
俺には到底不可能だ。
「じゃあ、異識君。前髪を上げてください」
少しは考える力を身につけたのか。確かに前髪を上げれば自身の記憶と連結するだろう。これが、成長か…。
「え、嫌ですけど?」
「ええ!?」
何で素直にやると思ったのか。余りにも自分にとって都合がよすぎるんじゃねえの。
「綾瀬さんは脱げと言われたら馬鹿正直にその着ているものを脱ぐのか?脱ぐわけ無いだろ?それと同じだ」
「さっきと言っていること違うじゃないですか。見せてください!」
や、やめろ!
掴みかかってくるんじゃあない!
何だこの美少女行動がおかしすぎる。
「ふ、ふぐぅぅ!」
「おま、セクハラで訴えるぞ!」
「やられても結構!陰キャと美少女の言葉をどっちが世の中信じるか試してみようじゃないですか!」
こいつッ!
「陰キャに人権がないとでも言う気か貴様っ!笑止千万、そんなの試してみる価値すらない!!」
誰も陰キャの方信じる分けねぇだろ!!
「何で、見せてくれないんですか!」
「お前が腹黒そうだからだよ!今後、嫌なこと起こる予感しかねぇ!」
胡散臭さ半端ない。美少女という最大の武器を用いて相手をいいように使う感じがする。
こいつも陽キャ共と一緒で下に見ている気がしてならないのだ。
「がるる」
ちょくちょく、こいつあざといことするな。そういうとこが胡散臭いと感じるんだけど。
「とりあえず、俺が助けた奴かどうかは不明なまま。今後俺は綾瀬さんと関わることはない。だから、今日でさよならバイバイ」
「っ」
「ちなみに、放課後来ても俺は予定があるから無意味だ。おとなしく陽キャ共と遊んでろよ」
サンドイッチはとうに食べ終えている。先程も言ったが弁当なぞ食べるわけも無い。
そそくさと、図書準備室を出る。これ以上、美少女と関わるとロクな事にならないのは明白。こういうのは早期に関係を断ち切るのが最善だ。
ラブコメを期待した方はすまんが、俺にラブコメなぞ訪れないから。
いいか、絶対に訪れたりしないからな!
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