第5話
「誰だこいつ?」
俺の一言は思ったよりも大きかったらしく、いつの間にか静かになっていた教室に響き渡った。
あまりに興味がなさすぎて静かになったタイミングなどわかりはしないが、こういうときは大抵ヤバい奴が来たか、変な奴が来たかだろう。ソースはラノベ。
今回の場合は前者であろう。ヤバい奴。
つまりこいつはヤバい奴なのだ。何がヤバいのか知らんけど。てか、さっきからヤバいヤバい考え過ぎてヤバい。これもヤバい。ヤバヤバオジサン。何言ってんだ。
「えっと……異識蓮君ですよね?」
再度、美少女は問いかけてくる。
確かに俺は異識蓮だが……。
改めて言う必要は無いが、俺は陰キャである。陰者となるため日夜努力を重ね、日々実況動画を見ることで研究をしているレベルなのだ。
溢れ出る陰者オーラは道を歩いていると職質をされるほどに発達しており、近づくものなど誰もいない。なんでこんな悲しくなること言わなきゃいけねぇんだよ。
つまり、何が言いたいのかというと。
「金はないのでお引き取りください」
「えっ」
「あちゃー」
金の無心か、カツアゲ。若しくは美人局なるものだろう。最悪は罰ゲームで俺に話しかけるというもの。まじ、世の中クソ。世界は俺に厳しすぎて涙も出てこないね。
こんな輩は無視をするに限る。良いことをもたらすなんてあり得ないからだ。
「異識蓮君ではない?」
「……」
「嘘…でしょ。早瀬君!」
「俺に怒るとか筋違いなんですけど!」
「うるせぇ、早瀬。黙るか永眠するかどっちかにしろ」
「言葉を放つ権利すら奪われるの!?」
作業ゲーになると暇になるのがこのゲーム。ながらゲーにちょうどいいとも捉えられると世の中の人間はどれほど知っているのか。
スマホにイヤフォンを刺して外界から音すらもシャットアウトし、鞄からラノベを取り出す。ふっふーん、今回は雷撃文庫さんのラノベで知らない人はオタクたり得ないと言われるほどのロングセラーである。最新刊がやっと出たので楽しみだ。あの右手のパワーで今度はどんな感動をもたらしてくれるのか。期待に胸が膨らむ。
『ちょっと、昨日と話が違うじゃない!』
『おい、ちょ待って?首を掴んで揺すらないで、気道が塞がるっ』
『私を助けた人の名前を聞いたら早瀬君、異識蓮って言ったよね?でも、なに!?何で私のことすら覚えてないの!?』
『くぶ、ぶぶぶぶ』
『泡吹いてないで答えてよ!!』
この文書力、もう鳥肌が止まりませんわ。セリフの言い回しとか最高といっても過言ではないね。
『ほら、起きて!(バシン!)』
『痛ぇ!!』
『流石にあんなことあったら普通覚えてるんじゃないの!?だって絡まれてたところ、助けてもらったんだよ!?それなのに、第一声が、誰だこいつってなんで!?』
『だから言ったじゃん。期待すんなって、こいつ人の顔を覚えるっていうこと出来ないし、どうでもいい出来事はすぐ忘れるって』
『そんな、昨日のことがどうでもいいって……』
ふぅ、確かに学校で読んでも楽しいがこれは家に戻ってから楽しもう。時間をかけてゆっくり読みたい。
ラノベを鞄にしまって前を向いてみると早瀬と美少女が何かを話し合っている。ほほーん、流石早瀬。やっぱりイケメンは違うなぁ。
『あっ、このやろ読書終わってやがる!綾瀬さん、早く話しかけて。でないと顔を忘れられる!』
『この短時間でなの!?』
『こいつ鶏なんだって!三歩どころか視線逸らしただけで忘れるから!うちの妹がそうだったの!』
『あわ、あわわわ!は、早く意識向けさせないと!』
実はイヤフォンというのは大音量で音楽を流さないと外界の音を完全にシャットアウトすることは出来ないことはご存じだろう。いや、完全にシャットアウトできるのもあるのは知ってるけど、俺使ってんのコンビニのやすもんだから。大目に見て欲しい。
てか、早瀬俺のこと鶏って言いやがったな?ぶちのめすぞ。
「異識君!」
「誰だこいつ?」
「また、そこから!?」
冗談だ。鶏と揶揄される俺だが流石にこの短時間で忘れるわけないだろ。
「早瀬の彼女さん紹介で来たんですよね?」
「意図が全く違う!!」
「やはり、俺の友人は凄ぇな。こんな美少女を堕とすとか」
「本音は?」
「心底どうでもいい」
別に友人が誰を彼女にしようとどうでもいい。
ただ、
「お前が幸せなら問題無い」
「っ、ほんと蓮、おまそういうとこだって……」
どうでもいい奴の事なんて気にするだけ無駄。気にする奴はこんな俺の友人となってくれる早瀬ぐらい。
「真顔でこのセリフ…?」
「いや、ほんと唐突なんだよ。覚悟してないときにやめろって……」
片手で顔を覆う早瀬。どこか照れてる感じがする。なぜだ。
「ん?彼女さん紹介じゃないなら何しにこの人来たの?はっはーん?またも告白の呼び出しか?死ねよ」
「勘違いだし、急な死ねよとかやめろよ!」
「そ、そうですよ!早瀬君に興味なんてひとっつもないです!」
じゃあ、なんでここにいるの?
「だから、異識君に用があってきたんです!!」
「お金はないので用はもうないですよね?」
「どうしよう、話が進まない!」
俺みたいな陰キャに話しかける奴は以下省略。
「凜ちゃん、そんな奴に話しかけるのやめよーぜ。それより俺らと話そうぜ、な?」
急に出てきて美少女の肩に手を回してきた男子生徒。(俺の中では)名前はまだない。
なんかチャラチャラしてる奴って考えてくれればいいだろう。髪を染めて、何も考えてそうな顔の奴。どうでもいいわ。
「え、えっと」
「てか、そいつただのキモオタ陰キャでしょ?凜ちゃんが話しかける価値なんて無いって。ね、そんなことより俺らと楽しく話そうよ」
何も間違ってはいないから反論する気も起きない。絡んだら面倒くさいってのもある。とりあえず、早瀬の足を踏んどかないと。我が友人は俺のことで怒ってくれるからね。
ふむ、なら陰キャは退散しますか。
ゲームをしまい、貴重品を持って席を立つ。その行動だけで陽キャ共は俺を嘲笑ってくる。
逃げた、と。
カスだ、と。
ダサい、と。
しょうもな……いや、わざわざ言葉を考える必要すら無い。他人なんてどうでもいい。
廊下に出て自販機を目指す。そこから少しずれると静謐な空間があるのだ。居心地最高。
パタパタと、誰かが後ろから廊下を駆けてくる音が聞こえる。元々端を歩いていたが更に端に寄せることで影を薄くする戦法だ。
足音は俺のすぐ後ろで止まった。まさか、この戦法が破れただと…!?
「異識君!」
「……なに?」
追いかけてきたのは先程の美少女。そこまでして金が欲しいのか。それとも罰ゲームが楽しいのか。
前髪で閉ざされた視界から見えたのは頭を下げていた光景だった。
「昨日はありがとうございました」
「……」
「覚えてないって聞いて冗談だと思ってたけど、昨日不良から助けてもらいました。誰も助けてくれないなか助けていただき本当にありがとうございます」
「別に、どうでもいい」
助けたわけでもないし、助ける気があったわけでもない。成り行きでやってしまったことだ。偽善ですらない行為に感謝などする必要は無い。
「だからお礼がしたいんです!」
話聞いてた?
どうでもいいんだって。
「お昼ご飯は持ってきてますか!?」
「いや、購買に行く予定だけど」
「じゃ、じゃあ!」
美少女は何故か顔を赤らめさせ、続きの言葉を放つ。
「お昼ご飯作ったので一緒に食べてください!」
ここで、美少女の意図が読めた。なんだよ、そういうことか。
「貴様、金を取る気だな!?」
「だからお金じゃないですってばぁー!!」
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