第3話

 「ひっ」


 肩を掴まれたので、仕方なくその相手に体を向ける。いつもより視界が明るい気がするが、とりあえずそれはおいといて。


 てか、今こいつ悲鳴みたいなのあげたぞ。初対面の相手の顔を見てその反応、人としてどうかと思う。ぶっちゃけ、殺すぞ。


 「何だお前?」


 正直、何故絡まれたのか理解できていない。何かにぶつかった気がするが、この世の中、他人なんてどうでもいい精神の日本人どもだ。舌打ち程度でおさめているだろう。


 「くっ、手前がぶつかってきたんだろうが!!睨んでんじゃねぇぞもやし野郎がッ」


 ぴーちくぱーちく、この柄悪生徒はほざいているが。全くもって意味が分からない。もやし野郎のとこだけはその通りすぎて何も言えないしね。


 唾を飛ばしながら威嚇してくる生徒から目を逸らし、周囲に目を向けると俺と柄悪生徒を中心にドーナツ状に人が集まってる。絡まれてる俺を見ることしかしていない生徒諸君(ぼうかんしゃ)、あちゃーとでも言いたげに顔に手を当てているイケメン野郎の早瀬。後は、近くに尻餅ついた美少女ぐらい。それ以外は、まあ所詮俺と関わりの無いモブだ。いや、俺もモブの一人ではあるんだけどね?モブオブザモブが俺である。何言ってんのか意味わかんねぇな。

 てか、早瀬見てないでこっち来いや。


 「手前ッ、さっきから人の話聞いてんのか、あ゛!?」

 「………はぁ」


 その前に。


 肩を掴んでいる手を握る。痛いんだよね。


 「いつまで掴んでんだお前?」


 面倒くさいことに絡まれてしまって少し期限が悪くなるのは仕方の無いことだろう。元々悪い目つきが更に悪くなるのも仕方ないヨネ!


 強めに握ってあげると、痛そうな顔をして柄悪生徒は肩から手を離す。時間差で俺も手を離す。


 うーん、本当に状況が分からん。考えたところでヒントも何もないものの正解を引き当てろなんて不可能だ。馬鹿だからな俺。脳みそは対戦仕様に変わっちゃってるのよ。


 つまり。


 結論としては。


 「帰るか」

 「は?」

 「え?」


 まじでどうでもよすぎる。こんなクソに付き合うほど俺は暇じゃない。


 モンスターが俺を待っている!


 掴まれた衝撃で落とした鞄を拾い、輪の外へ向けて歩き出す。帰ったら実況動画も見なきゃ。


 「ッ!!手前ッ……!」


 後ろからどすどす、と怒りに溢れたと表現すればいいのか、そのような歩き方で近づいてくる。


 次に掴まれたら正当防衛って言い張れるよね。


 それにしても。


 ああ、無性に腹が立つ。


 自分が世界の中心だとでも言うような態度をとって突っかかってくる憐れさに。

 何をするでもなくただただ突っ立って見ている生徒諸君(くずども)の劣悪な人間性に。

 被害者だからといって現状を変えようとしない美少女の甘えに。

 

 なによりも。


 「---死ねや!」

 「---ぞ」


 問答無用に背後から殴ってきた柄悪生徒の手首を掴む。そのまま、掴んだ手を内側に回すように力を加え、ふらついた足下を払えばあら不思議、柄悪生徒は倒れ込み腕を後ろにとられ動けなくなってしまいました。


 「雑魚がしゃしゃってんじゃねぇぞ」


 そう、何よりも。


 「お前が絡むせいで何分の時間が無為になったと思ってんだ、あ?」


 厳選する時間を奪われたのが一番腹が立つ!!


 「美少女ナンパしようが、強姦しようが俺には全く関係ないじゃねぇか。それなのに、ただぶつかった程度でキレちらかしてんじゃねぇよ」


 あの数分で卵を何個産ませることができ、孵化させることが出来たのだろうか。例え性格や個体値が求めたのでは無くても、一筋の可能性があったかもしれないのだ。


 「てか、何で校門でやってだよ。阿呆か、見せびらかしたいなら場所を選べよカス。人様の迷惑を考えることすら出来ない脳みそなのか頭に入ってんのは。クソみてぇな人格してんならせめて俺の邪魔にならないとこでやれよ、校舎裏とかよ」


 イライラしすぎて、つい本音ががっつりと漏れ出てしまっている。


 首だけなんとか動かして俺を見る目には怯えの色がある気がした。あくまで気だが。目に色なんてあるかっつーの。


 「周りにいる奴らは何もしねぇで見守るだけのヘタレな奴しかいないから?校門でやろうと邪魔は入らない?そんなクソどもを見抜く力だけあってどうすんだ?なあ、聞いてる?お前からふっかけてきたんだけど無視してんの?」 

 「て、めっ」

 「どうせやめてくださいしか、そこの女生徒(あま)が言わなかったからいけるとでも思ったんだろ?周りに助けを求めようともしない、甘ったれた奴だからってな」

 「がッ!」


 おっと、つい柄悪生徒の頭を抑えて地面と熱いベーゼを交わさせてしまったぜ。

 そろそろ、疲れてきたからなぁ。やめよっかなぁ。でも、ここで解いたらまた追ってきそうだし……。


 「おい蓮、そろそろやめろ」


 腕を折った方がいいと思ってたところに、早瀬からの制止が入る。


 なかなか、いいタイミングで止めてくれた。


 「えー、腕折らねぇの?」

 「やっぱ物騒なこと考えてたよ。それ以上だと過剰防衛になるぞ?」

 「ちぇー」


 ふん、早瀬に感謝するのだな柄悪。


 「ほら、これに懲りたら俺の近くで揉め事起こさないでね?」

 「いや、煽りにいくな」


 遠目からも大人が駆けつけてきているのが見える。この厄介事は収束に向かうだろう。

 捕まったら面倒くさいだろうから、早く帰らなければ。


 土がついた手をポンポンと払いながら再度鞄を拾い上げる。


 「くっ、そ…この野郎が……!」

 「おい、お前ッ」


 ??


 振り返ると早瀬が柄悪を睨みつけて怒った顔をしている。なにしてんだ。


 うーん?


 いや、ほんとわからん。なに、どんな状況になったん?


 唯一変わったといえば、柄悪が美少女を片手で抱き寄せて首を絞めかけてるぐらいだろう。


 いやいや、すまん。めっちゃ変わってる。何この超展開。求めてないんですけど?


 普通に暴力沙汰。こいつの将来真っ暗な道を突き進んでるな。


 帰りたいって言ってんのに、なんでこんな迷惑行為ばっかしてくんの。俺さっきやめろって言ったよね。


 早瀬は動こうとしないし、周りは結局カスだらけだし、大人は使えない。詰み、こんなん詰みやでぇ!


 「離せよ」

 「うっせぇんだよ!!お前がやれって言ったんだろうが、それの何が悪いんだ。えぇ!?」

 「蓮、煽るなよ。頼むから」

 「煽る気はないけど」


 そう、煽る気なんて一切無い。


 美少女も怯えて動くことすらできないのだろう。仕方ない、こんな状況人生に何度もあってたまるか。


 「確かに、俺はナンパなり強姦なり勝手にしろっては言ったよ?でもさぁ」


 ほんとに、他人なんてクソだらけだ。人の話は聞かないし聞こうともしない。そんな奴らに懇切丁寧に自分の言いたいことを言うなんて、伝えるなんて無理に決まっている。

 込めた意味すら理解が出来ないのが他人なのだから。


 それでも、それでもだ。


 流石に。


 「ついさっき俺がいないとこでやれって言ったじゃねぇか、クソ野郎!」


 五分もたってないのに忘れられると怒り抑えらんないんす。


 つい、手元の鞄を投げてしまっていた。


 鞄は真っ直ぐに柄悪のもとへと---


 「うぐぉ!」

 「は?」

 「ですよねー」


 そもそも鞄は?投げる物じゃないし?当てたい奴に当たるわけ無いみたいな?早瀬に当たっちゃっても文句はないよね?


 「ボケッとしてんじゃねえ、緩んでんだろうが!」


 その言葉にハッとなったのは痛みに悶えている早瀬でも、柄悪でもない。捕まっていた美少女。

 思いっきり肘を後ろに放ち暴れ出す。エグいな。鳩尾にエルボーなんて常人がやれることではないぞ、まじドS。俺でもやらないわ。


 そして二人が悶えている間に、やっと大人どもが駆けつけて事態の収束に向かう。


 捕まったのは当事者の柄悪と美少女。そして、悶えていた早瀬が一匹。


 え、俺?


 鞄を速攻拾って走って帰ったから、何もなかったですよ?

 ちなみに、見捨てたわけではなく戦略的撤退というやつ。何が戦略的なのか全くもって意味は無いんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る