終章

終章


「○○の事情」




朝、一番に起きて思うことはなんですか?



「おはよう」と思えたら、今日一日を幸せな気持ちで迎えようとしている。「疲れた」と思えば、前日の疲れが相当溜まっている証拠。

人それぞれだと思います。


でも、もし朝起きてすぐに思いついた言葉が



「帰りたい」



そう思った人は、今すぐ自分の胸に手をあててください。そして「お疲れ様、頑張ったね」と励ましてあげてください。





こうした心情は、働く人に多く見られます。そもそも“働く”ことに重きを置いている日本人は数多くいらっしゃいます。そんな窮屈な世界で、まだ平等とは言えない女性も、社会進出して毎日切磋琢磨しながら頑張って働いていますよね。


では、思い出してみてください。



「あなたはいつ、他人に“がんばったね”と言ってもらったことがあるか」

を。



他人に労いの言葉をかけてもらうことはたくさんあります。ですが、“がんばったね”と普段の自分に言ってもらえることってなかなかないと思うんです。


特に社会人となれば。


そう、労いあわないことが窮屈になる世界。


それを、特に女性は身近に感じていると筆者は思うわけです。




「女性」という立場で行う社会は、どこか窮屈さを感じます。それは、女性だからこその偏見。それは女性が弱い立場であるとみられていることにあると考えるのです。


「女性」に何を言ってもいい。

「女性」だから物理的な反撃をしない。

「女性」だから仕方がない。


そうやって捻くれた考えは、時に言われた女性をも諦めさせる魔法の言葉です。

でも、「あきらめないで」とも言い難い。


それは、女性だからこそ「あきらめるな」という意味に聞こえるから。


それもまた、勝手な妄想で勝手な偏見です。






筆者は、ちょっと昔に社会で頑張りすぎて倒れました。それはもう酷い状況で。

でも、それを哀れんでくれと一度も思ったことはありません。


「自業自得だ」


そう思いました。


だって、もっと自分が何かできたんじゃないか。もっと頑張れたんじゃないかって思えたから。


その意見は、女性としてではなく一人の社会人の意見でした。


でも、こうした経験から思うに、女性という立場で平等に見ろ・判断しろというのも烏滸がましいのかなとも思います。それはなぜか。




あなたが、たった一人で戦っているから。




苦しいときに、仲間を作ることは勇気がいります。それも相当な勇気が。


でも、その勇気を振り絞らないとあなたは死んでしまいます。だからこそ、一世一代の勇気を振り絞って、あなたが正しいと思える道を選んでください、一人ではなく、一人以上で。


それがだめなら諦めていいんです。


そこは、あなたの場所じゃない。


あなたが無理をするのではなく、あなたが選択をしてあげてください。





と、そんな自由は女性であっても男性であっても求めることができます。理想ではなく現実なのです。


そして、自分の立場を無下にせず苦しいと思ったら迷わず他人に頼ってください。


この世界のどこかに、あなたの見方は必ずいる。


そして筆者も、その仲間に入れてください。







アツ子

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アツ子の事情 井筒 史 @putamu

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