第20話 狩りの手管 2
「こうも散らばってると、張り込むのも一苦労だな、ほんと」
ウィリアムは壁に張った地図に最後のピンをたて、ラベルを添付してそう呟いた。だれに向けた言葉でもなかったが、部屋に詰める残りの四人が同じ感想だった。キルクークを中心に点在する射撃地点、その半分以上は検問所で、車が停止する地点を狙っている。
残りはカーブや十字路、車の速度が落ちる場所。車両機銃手が車で移動する以上、車と言うものの特性によって狙撃可能な場所は縛られてしまう。高速で荒地を走りぬける車の上に身を乗り出し、油断なく周囲に視線を向ける保安職員の頭部を撃ちぬくのは現実的な選択肢とは言いがたい。
そういう意味で、“復讐者”の標的選定は非常に妥当と言えた。それでも、相当腕の立つ狙撃手であるのは間違いない。少なくとも四件で五人、走行中の車を標的にし、機銃手を射殺している。
クロードの見立てではいずれも600メートル前後、短くても500を切ることはない。車の移動速度を60km/hとすると、一秒間に16メートルを走る。一方銃弾は600メートルを一秒程度で飛翔する。
落下量を見、風を読み、一秒後の、十数メートル先の標的の位置を読んで撃つ。撃つだけならだれにでも出来るが、その状況で指先ほどの金属塊を頭に叩き込むのは、熟練の狙撃手の中でも才能を持つ人間だけの技だ。
「張ってる間に、何人殺されるかを考えると、他のプランを考えるべきだろう」
「当然。余り死人が増えると困るの」
「君にとって?」
「私とあなたの信用にとって」
口を挟んだセシリアは、紅茶を注いだマグカップを手に肩をすくめる。
「それならもっと人員をよこしてほしいんだけど」
「あいにくさま、一人来る予定だったけど、まだしばらく掛かりそうなの」
「候補はいるのか」
セシリアの口ぶりに、クロードはおやと片眉を持ち上げて見せた。セシリアは先を促すこちらの視線は知らん顔で、マグカップを両手で包み湯気に視線を落とした。
「どちらにしたって、今すぐ来られるわけじゃないなら役には立ちそうにないですね」
クルトが言った。そうねとアネットが頷く。二人は装備を下ろし、シャワーを追え、持ち込んだ食事を片手に資料に視線を落としている。
「そういえば、8ミリマウザーって、どんな銃で使うのかしら」
アネットが問うた。彼女は、今日拾った薬莢を指先でもてあそび、底面の薬莢に残る撃針の打痕や弾丸がねじ込まれていた
「有名なのはマウザーだよ。Kar98kとか。他にはツァスタバのM76とか、まだ使われてる」
「ありふれた弾丸?」
「このあたりでは、そうではないとおもう。ないわけではないけど、そんなに多くはない」
とはいえ希少価値のある弾ではないわな、とウィリアム。クロードはそれに頷き、アネットから薬莢を受け取る。真鍮製の殻、大した情報はもたらしてくれない、数少ない収穫。底部の打刻でメーカーくらいは分かるだろうが、それだけだ。
「で、対処は」
「狙撃手が強いのは、標的を向こうが選ぶからだ。これが無差別に誰彼構わず狙うんじゃなくて助かった。標的は車の上の機銃手ばかり、難易度が高い」
クロードは言った。今も昔も被害に例外はない。もしこれが、保安要員であれば相手がどこにいようが何をしょうが構わない手合いであったなら、被害ももっと大きく、ついでに対処も非常に難しくなるだろう。人数と運が必要になる。
「その上で、奴を僕が殺すとするなら、打てる手は一つになる。こっちで狩場を選びたい。というより、選ばないと始まらない。向こうに選ばせていたら、いつまでも終わらないからね」
「乗るかしら」手持ち無沙汰になったアネットが問うた。
「素直にやったら乗っちゃくれないよ、向こうも気付く」
「それじゃあ、どうするのかしら」
「本命の狩場と、見せ掛けの狩場だ。それも一つだけじゃないし、慎重に場所を決めないとならない」
もちろん、それはこちらで練る、とクロード。準備を十分にして地形を考える必要があるし、そのためには、あちこちに協力してもらう必要があるのは間違いない。明日すぐに始めるというのは無理な話だ。
「射界が開けていて、こちらが高所を取れるところがいい。あとは潜伏地点の設営の容易な周辺環境も」
「足を使って調べるのか?」
「地図と航空写真だけでどうにかなるとは思えないからね。ただ潜伏するだけじゃなくて、狩場をつくるとなると、見に行ったほうがいい。お忍びで」
それに銃のほうもあれこれ準備したほうがいいだろう、とクロードは続ける。AICSのデータは取ってあるものの、朝と夕刻は気温に開きがある。弾道を左右するものは風だけではなく、気温や高度変化による気圧の上下にも左右される。キルクーク周辺で大きな地形の上下はないものの、気温の差は時間によって明白だ。
弾丸は、気温が高ければより真っ直ぐに飛び、低ければ低いほど弾道が大きく下降する。それは主に火薬の燃焼効率が気温に左右されやすいものだからだ。気温がより高温であればあるほど、(正確に言えば、火薬の温度が高いほど)燃焼効率は高まり、初速が変化する。初速が変化すれば、弾道も当然変わる。
クロードとウィリアムがサンプルをとったのは早朝の気温であり、確実に仕留めるためには、夕刻の気温であわせてデータを確保する必要があった。“復讐者”は夕刻に動くのだから当然だ。
米軍が狙撃手向けに配布するデータブックによれば、基準にするデータの気温と実射の気温が10度前後違えば、300ヤード(約274メートル)で1MOAのずれが生じるとされている。700ヤードで1.5のずれになり、1100で2MOAになると記されてはいるものの、実際に必中を期すとなると、配布されるデータブックの目安では不十分となる。
標的が無防備に突っ立っているのならばともかく、身をかがめて姿を隠す敵を狙うのが実戦だ。1MOAと1.5MOAの間にある精確な数値の有無が、露出する一部分を狙う実戦で大きな差を生むのは、いちいち詳細を語るまでもない。
「で、どのくらいの距離までを可能性のある交戦距離と考えるんだ」
クロードが全員にざっと説明するのを待って、ウィリアムが問いかけた。クロードは部屋の片隅に立てかけてあるAICSを見、少し考えてから答える。
「可能な限り長く。もらってる弾丸はM118LRだ。データは過去の分を含めてたっぷりあるから本当は問題ないんだろうけど、念のためにね」
本当は自分で
「なぜハンドロードのほうが都合がいいんですか?」
クルトが首を傾げる。クロードは安定性の問題だよ、と返した。
「良い銃弾の定義は色々あるし、狙撃向けとして絞っても色んな条件がある。でも僕が思うに、最も大事なのは安定性の一点に尽きると思う。よりフラットな弾道、より風に流されない弾頭、どっちも長距離射撃に欠かせないのは間違いない。でも、それよりももっと大事なのは、可能な限り弾道にばらつきが生まれない安定性だ、と言うのが僕の私見」
「安定性がないと、データの信頼性が落ちますからね」
「そういうこと。0.1の誤差は、距離が大きくなればなるほど致命的な開きになる。誤差は小さく収めるべきだ」
「それが何で、ハンドロードのほうが良い、と言うことになるんでしょうか」
疑問符を浮かべるクルトに、クロードは苦笑を一つ。と、意外なことにアネットが、それはねクルト、と口を開いた。
「コストの問題よ。工場で大量生産される弾薬は、その膨大さゆえに個体差が生まれるものなの。当然、個体差を小さくしようと思ったら、検品しないといけないじゃない? それはコストを大きく増大させる。大量生産、大量消費の弾薬ならなおのことね」
「良く知っているな、アネット」
ウィリアムが目を瞬かせる。彼女の口から、そういう専門的な分野の話が出てくるとは夢にも思わなかったらしい。クロードもそれは同じで、まさかそういった方向に知識を持っているとは思わず、感嘆の声が漏れる。
「アネットの言うとおりだ、コストが掛かる。一方で射手が個人的に弾丸を作る分には、採算度外視の精度追及が出来る。薬莢の質、ネックの長さ、そして当然、火薬量を百分の一グラムにまで突き詰めることもね。だからハンドロードなら、極限までばらつきを押さえ込むことが出来るというわけ」
指先でくるりと空薬莢を回してみせる。
ハンドロードは、故郷にいる間はよくやっていたことだった。クロードは長距離射撃に使う弾丸は、常に自分でロードするようにしていた。高い精度を見込めるのもあるが、あれこれと研究するのが楽しかったからだ。
「もちろん、今もらってる弾薬は工場生産の中では上質で安定性の高い部類だけどね。M118LRと言えば、米軍が配布する弾薬の中ではかなり安定したものだから」
「そういえば、その弾が、そのハンドロードの可能性もあるかしら」
アネットがクロードの手元の薬莢を示す。
「どうかな。このへんに、そういうのを好む文化があるとは思えないし、その設備を持つ人間がいるかも疑問だからね。まあ、もっと詳しい設備があれば分かるかもしれないけど、ここでは無理。というか、分かったってどうしようもない。逮捕しに行くんじゃないんだし」
「確かに、そうね。ごめんなさい」
「謝ることじゃないだろう。ところでセシリア、お願いしたやつはどうなってる?」
からからと笑ってから、クロードはセシリアに視線を向けた。彼女はせっかちねと、空になったマグカップをクロードのベッド脇のテーブルに置く。
「いま調べてもらっているところよ。明日には結果が出るから、そこは安心して」
「君が言うなら確かだろう、首を長くして待つ」
「なんだ、秘密の話か」ウィリアムが首を傾げる。
「君が面白がるような話題じゃないよ。地味な話だ。金属塊のプライバシーを少し調べてもらってる」
「意味深な言い方が好きよな、そちらのお二人は」
「わたしのあだ名、知っているでしょう、ウィル。魔を扱うものは秘密をもつの」
控えめな笑みにすべてを隠して詳細を煙にまいたセシリアに、ウィリアムは叶わんねと肩をすくめた。秘密を覗き見るのなら覚悟をしておくことねと、セシリアが小さく釘を刺す。
隣の懐を覗き見る真似はしませんとも、と頷くウィリアムを尻目に、クロードは口を開く。
「とりあえず、長い射程を取れるレンジを用意してほしい。時間をたっぷり使って調整できるようにね。残りのお願いは明日になってからにする。クルド人の連中、君が手綱を握っているのかい」
「レンジはどうにかするわ。クルド人の方は、向こうの指揮系統に従って動くそうよ。わたしが何かを言う権限はない。ああ、でも逐一情報は投げると言われているからそこは安心して。もう狩りを始めたそうだから」
「僕らを間違えて撃ち殺すへまをしなければそれでいい。良い狩りをしてくれるように祈るよ」
「狩場の件は、どうするの」
アネットの質問は自分たちはどのような仕事をするべきなのか、という疑問を含んでいるように思えた。クロードはさてどうしようかなと考える。意外な知識を有しているようだがそれでもアネットは狙撃の門外漢。当然、監視・観測任務の技能を有しているとは思えない。
監視・観測は狙撃と同程度かそれ以上に専門性の求められる分野だ。狙撃手を選抜する課程で、ともすれば射撃技能以上の脱落者を生み出すのが、まさに監視・観測の部分だからだ。
気付かれないように移動し身を潜める、と言うのは人々の想像の何倍も過酷であり、深い知識と並外れた忍耐が必要になる。とくに女性であれば、最悪汚物をその場で垂れ流しにする苦痛と向き合わなければならない。
「数日は篭っていられる拠点を作らないといけないから、準備が要るし、そもそもハリソンに許可を取って下ごしらえをする必要もある。あとはそうだな、君たちは僕とは別の角度から監視をしてもらう必要があるだろうから、その場所も考えないと」
結局、クロードは答えを濁した。今から技術を仕込むのは不可能だし、彼女らの持つ技能を確かめるだけの時間的余裕も勿論ないからだ。何か別の運用を考える必要があるが、妙案がすぐに浮かんでくるとは思えなかった。
「とりあえず、今日は解散。幸い、本日の被害者は出ていない。きっとぐっすり眠れるだろう」
クロードが手を叩き、今日はもう寝ようと続ける。そうですねと、部屋の隅でおとなしくしていたクルトが立ち上がり、自分の荷物を担ぎあげる。ウィリアムもそれに続き、自分のベッドへとごろりと転がった。
「それで、君らは」
床に座り込んだまま、クロードは立ち去る気配のないアネットとセシリアに首を傾げる。隣では、すでにウィリアムが静かに寝息を立て始めていた。眠るとなればすぐ夢の世界へ旅立てるのは、優秀な兵士の条件だ。
「もう少し話をしていたい気分なの。だめかしら」
「いや、別に。美人にそう言われるのは悪い気はしない」
「鼻の下が伸びているわよ、クロード」
伸びるものか、と笑って返す。当然、自分の鼻の下に触れたりはしない。面白くない男ねとセシリアがほんのわずかに拗ねた様子で、小さく鼻を鳴らした。不思議と、その動作に下品さは感じない。
「そういえば、だれも知らない、って言っていたわよね」
「ええと、それは」
「“復讐者”の復讐の意味よ」
アネットが問いかけの意味を正した。クロードは、ああ、そういえば言ったねと頷く。理由も意味もだれも知らない。復讐者は、今まで一度だって、その意味を語ったことがない。少なくとも、あたりに配るビラの上では。
そしてそもそも、その意味を知ろうと思ったこともなかった。殺しの動機を知りたがるのは、警察官だけだ。クロードは警察官ではないし、必要なのは理由ではなくどうすれば殺せるかだ。
「気にしたこともなかった。だって、ここで僕らを撃とうとするような連中なんて、神を冒涜する異教徒の行いすべてに復讐したがる。まあ、僕らの行いにそうされる謂れがないなんて思っちゃいないけども。当然と言えば、当然といっていいしね」
「まあ、確かにそうね。私たちは、彼らに恨まれることをしている」
「何か気になることがあるの、アネット」
頷き、しかし釈然としない様子のアネットにセシリアが問うた。小さく、横に流した眼差しは柔らかい。彼女がこういう視線を向ける相手は、親しい人物ばかりだ。それも付き合いの長い相手ばかり。
「でもそれなら、なぜ機関銃手ばかりを狙うのかしら。もっと大勢を殺すつもりなら、簡単な標的なんてたくさんいるじゃない」
「それは確かにそうね。より難易度の高い標的を狙うことに燃えるタイプ、とか?」
「それはない。ゲームの感覚で殺すタイプなら、こんなことはしない。ジューバじゃあるまいし」
クロードは言った。ジューバとは、イラク戦争初期、フセイン政府が倒れた後に名を上げた狙撃手だ。米兵が自分の狙撃で地面に倒れ、死んでいく様をビデオに撮ってネットに上げ、義憤に駆られるイスラム教徒からの高い支持を得た。とは言うものの、ネットに上げた動画によってのみ知られる人物であり、年齢も人種も一切不明、そもそも個人なのか、ジューバと言う名前を共有する集団の仕業なのかすらも分かっていない。
当然、彼がゲームのつもりで人を撃っていたのかどうかなどだれにも分からない。だがクロードにとっては、殺した相手の動画を撮影し、人々の目に映るように公開する行為の悪趣味さがそう見えるというだけの話だ。
「難易度の高い標的がお望みなら、こいつはまるで簡単な仕事とでも言わんばかりに移動する車両の上の人間を狙う。しかも頭を、だ。何より殺すことを重視しているけど、これは遊びじゃない。こいつには標的選定の明確な基準があるように思う」
「それはあなたの勘?」
アネットが目を眇める。いつ見ても美しい、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳の奥は、好奇心と言うだけではない真摯な色がある。何故、とクロードは内心に首をかしげた。彼女の目を見て疑問を覚えるのはこれで二度目だ。最初の握手のとき、瞳の奥に喜びの色を見たときが一度目。
「そう、僕の勘。難易度が高いものを好むなら、もっと大きな目標を狙うだろう。でも、彼は11年前も、そして今も、車両機銃手を執拗に狙う」
クロードは思考をめぐらせながら、ゆっくりと答えた。言われてみれば確かに不思議な話だが、今まで考えたこともなかった。必要性だけを考えるなら、いまだって考える必要はない。だが、一度疑問をもつとその疑問は膨れ上がるものだ。
「ビラは、昔配られていたものと変わりないのかしら。それだけが、“復讐者”の意思表示なんでしょう?」
「さあ、どうだろう。ほとんど同じじゃないかな。少なくとも、僕が見た分は……いや、ちょっとまて」
記憶をたどり、そういえば、とクロードは首をひねった。11年前、呼び出されて訪れた基地で並べられた資料の山、時系列順に整理されたそれらの最初の項目に仕分けされたビラの最初に、今のビラにはない一文があったはずだ。
「お前たちは七人を殺した、そう書いてあった。確か最初のビラだけだ。記憶違いでなければだけど」
「貴方に限って、そういうことに記憶違いはないでしょう」
狙撃手が持つ技術を深く理解するセシリアが言った。監視・観測を行う狙撃手は、目で見て耳で聞いたものを記憶に留める必要がある。訓練では、行軍ルートのいたるところ、それも目立たぬ位置に配置されたささやかな「しるし」を記憶して後で答えるという項目がある。鉛筆だとか、銃弾だとか。クロードのときはコンドームやら、人気歌手のプロマイドだとかがひっそりと置かれていた。
そういったものを目にし、短い時間で精確に記憶する。順序も、角度や欠損といった瑣末なことまで詳細に。それが狙撃手に求められる技術であり、長く頭の隅に保存しなければならないこともある。
「何のことだかわかるの、それ」
「分からないな。分からないし、わかってもどうしようもない。恐らくは」
「そうね、たしかに。動機を探るのは警察の仕事。でも世の中、意外なことが分かったりするものよ」
「そう上手くいくかな」
「情報は、処理しきれる限り、あればあるだけ良い。これ、貴方が言った言葉なのだけれど、覚えているかしら」
セシリアが微笑む。しっかりと覚えていた。拾われてすぐのことだ。彼女の仕事について回ったときの、自分なりの小言のつもりだった。やり返されたことに苛立ったりはしないが、やり返す糸口がないのは残念でしかたない。
「調べましょうか、こっちで」
「いや、あてがある。僕の報告書もついでに手に入るかもしれない。こっちでやるよ」
「そう。ならそちらに任せるわ」
あちらはあちらでやるべきことが山積するセシリアはおとなしく頷き、それでもダメだったら教えて頂戴、と小さく添える。もちろんとクロードは頷いた。この女の手で集められない情報は、大抵の場合業界の人間のだれも知らない情報と言うことになる。
「しかし色気のない話だ。女性二人に挟まれているのに」
クロードは小さく笑った。アネットもそれにつられて笑った。
「そういう話のほうが好みなら、いくらでも出来るわよ」
「言いだしっぺだけど、浮いた話のない僕には、面白い話を期待しないでくれよ」
「彼に聞いて帰ってくるのは銃の話だけよ。遊びを知らない生き方をしてきたの」
「大学時代はしっかり遊んだとも」
知ってるわ、女の子を泣かせてたって、とセシリアが笑う。細められた目は表情とは違う色をしていた。クロードはその話は無しだぞと指先をセシリアへ向けたが、既にとき遅し、アネットがその話題に食いついている。
益体もない話に没頭し始めた二人。ふと、この戦地でこうして語り合える相手は、女性にとっては貴重だろうなと考える。女の保安要員など、ごくごく少数。基地にいる女性のほとんどは、危険に直接対峙しない、基地内の業務につく者ばかり。
目の前で弾む会話を阻む理由もなく、おとなしくいじられる側に徹したクロードが開放されたのは日付変更を間近に控える時刻になってのことだった。
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