第11話 夜間襲撃

 腕の中で息絶えた男の呼気を追って視線を上へと向けると、暗視装置が深く濁りのない夜空にちらばった幾千万の星々のきらめきを拾い上げ、緑の視界一面にそれをひろげている。まだ幼いころ、母に連れられて行った河原で見た蛍の燐光を思い起こさせる光景だったが、いまのクロードにその懐かしい記憶に浸るだけの余裕はなかった。


 彼は今、殺し屋であり、襲撃者であるからだ。


 物陰に身を潜めていた歩哨の背後から組み付いて口を左手で塞ぎ、右手に握ったナイフで相手の右内肘を切り裂く。それによって深指屈筋を切断され、銃を握る手指の自由を失った相手の右肋骨の隙間から刃を深くねじ込む。肺を突き刺してねじるまでにコンマ数秒。悲鳴も上げられず、肺に空気が流れ込んで窒息する男の喉を裂くまでにせいぜい一秒と少し。


 瞬きをする間に命を絶たれた男の体から力が抜け切ると、クロードは視線を下ろして、彼の遺体を路地裏の暗がりへと引きずり込んだ。アフガニスタン北部最大の都市マザリシャリフ。しかし、時刻が二時を回る今では通りには人っ子一人いない。


 草木も眠るなんとやら、と、クロードは誰に言うでもなくつぶやいた。母国語たる英語ではなく、生まれの国の言葉、日本語で。ナイフを血振りし、殺した男の衣服で血をぬぐって鞘に収めると、後ろで控えていたウィリアムが、民生品のパーツでくみ上げたM4クローンを保持したままこちらのカバーに入る。


 建物と建物の隙間、薄い雲にさえぎられた月明かりも、街路灯も届かない暗がりに横たえた死体をまたぎ超えてウィリアムの背後に着くと、自分のライフルを掴んで持ち上げる。


 民間向けのパーツで組まれたアッパーグループには、BCMの軽量ハンドガードが取りつけられている。鍵穴に似たモジュール結合穴が掘られたハンドガードには、最低限のアクセサリー、ライトとレーザーモジュールが取り付けられていた。


「時間は?」

「0212、あと三分」


 ウィリアムの問いにクロードは答える。政府からの委託ではあっても、情報漏えいを嫌ってここマザリシャリフの警察と治安部隊には通達を行っていない。作戦の露見を防ぐために無線封鎖が行われている現状では、バリスティック・ヘルメットにくくりつけたヘッドセットから聞こえる音はない。封鎖解除まで残り三分、車道に面した路地のはずれから顔を出し、まばらな街灯以外に明かりのない道路を確かめる。


 ナイトビジョンが、弱々しい街灯を増幅して眩い明かりに変換する。と、それらが小さな音と共に割れ、明かりを失った街路に赤外線IRビーコンの明滅がいくつか姿を現した。二人一組で展開するほかのチームだ。街灯を割ったのは、高所に陣取る“監視塔ウォッチタワー”の22口径だろう。


「やれやれ、こんな仕事を連続でやるハメになるとは」


 夜間の市街地作戦では、あらかじめ光源を潰して視界的優位を確保するのが対テロ作戦のセオリー。下準備が整ったらしいことを確かめ、自分の銃の弾倉と拳銃をチェックすると、クロードは口を開いた。


「仕方ない、アフガン特殊部隊アフコマが外れをひいたから」


 クンドゥーズでの狙撃から、既に三日が経っていた。クンドゥーズにおけるクロードの正確な射撃がもたらしたイブラヒムの死が、今回の仕事の引き金になった。


 実効支配地域最深部における幹部の暗殺をうけ、彼らの通信量が膨大に膨れ上がったからだ。国家安全保障局NSAはその中でもとくに重要度の高いものをピックアップし、分析担当官がそれを分析、情報として整理して、支配地域外に潜伏する重要なシンパと思われる人物の位置が特定されたらしい。


 その一つがここマザリシャリフであり、もう一箇所が悪名高いタリバン出生の地、カンダハルだったというわけだ。アフガニスタン陸軍は最有力候補とされたカンダハルに精鋭を喜び勇んで送り込み、結果は空振りに終わったわけだが。


 その結果が、補欠としてマザリシャリフに待機していたクロードたちG&Mは濡れ仕事チーム、別名「緊急対応班ERT」の出番というわけだ。主席候補がボツだった次点で作戦はお流れになるものと見られていたが、そうならなかったあたり、NSAが作戦執行部を本気で口説き落としたということだろう。


「しかしまさか、本気で居住区での作戦をおっぱじめるなんて誰が思う?」


 暗視装置を下ろしたままのウィリアムが言う。右目の前に下ろした単眼の暗視装置、AN/PVS14の対物レンズが、緑の視界の中で鈍く光った。


「それだけ自信があるってことだろう。それに、僕らの錬度ならあちこちに飛び火する前に撤収できる」

「ま、人一人殺すのに二秒とかからんお前なら、確かにそうかもな」

「その僕が君を鍛えたんだ、どうにかなるよ」


 もとはといえば、一般の契約保安社員であったウィリアムだが、クロードのせいでこちらの世界に引きずり込まれてからは、もっぱら裏仕事を専業としている。特殊部隊の出身者でこそないとは言え、精鋭で知られる海兵偵察大隊の出身、実戦経験豊富な彼がこちらの世界になじむのにそう時間はかからなかった。


「おだててくれるな、お前にゃ逆立ちしたってとどきっこない」


 お褒めに預かり、と笑ってやり、クロードは腕時計に視線を落とす。残り一分、目標の邸宅に目を向けると、外の照明が潰されていることに気付いたか、正面のゲートから二人、武装した男が出てきた。


「動作あり……警戒に出てきたか」

「今殺した男、無線の類は?」


 二点式スリングでつるしたM4のストックを肩に当て、ウィリアムに問いかけた。ウィリアムが警戒をクロードに任せて引っ込み、先ほど殺した男の衣服の下をまさぐる。出てくるのは小さな短機関銃と煙草、財布。無線の類はない。


「ないな、大丈夫だ」

「了解」


 カンダハルが襲撃されたと聞きつけたか、はたまたどこかのチームが処理した雑兵が無線を持っていたか。あるいは、と考える間に、塀に囲まれた邸宅の中で明かりが灯り、にわかに人の動き回る気配が感じられた。


監視塔ウォッチタワーからオールロメオ』


 無線封鎖解除時間、現場を統括するウォッチタワーの声を聞きながら、M4に乗せたレーザーモジュールの赤外線IRレーザーを起動する。同時に、あちらこちらから肉眼では目視できない不可視の光線が延びた。展開している同僚らも、同じようにIRを起動したのだろう。


『実行承認が降りた、始めるぞ。非武装対象への発砲は禁止、作戦は五分でカタをつける。標的は可能であれば生け捕りにすること』

「始めよう」


 クロードはそう言って、明かり一つない街路に足を踏み出した。背後に続くウィリアムがすぐ隣に並び、IRレーザーを屋敷の前に出た男に向ける。薄くぼやけた月明かりしかない路上、ロクにものも見えず、必死に周囲に目を凝らす男たちにあちこちから照準用IRの線が突き刺さる。


 クロードは左手を上げ、ビーコンを点灯させて接近してくる友軍に指示を出した。射撃はこちらで行う。


 AKらしき銃を手にし、腰をかがめて首を巡らせる男たち。接近する人の気配に気付いたか、その銃口を持ち上げるのと、クロードとウィリアムが発砲するのは同時だった。サプレッサを取り付けた銃声、尾を引く掠れた発砲音がつらなり、二つの死体が地面に転がる。


 先頭を維持するクロードとウィリアムのロメオ01がそれを踏み越えると、後から合流した02が死体に念のための追加を撃ちこむ音が聞こえた。


「ブリーチ?」

「いや、このまま入る」


 ゲートに取り付くなりウィリアムが問いかけた。その間にノブに触れ、ソフトチェックで施錠を確かめる。施錠なし、そのまま押し開けて流れるように進入する。攻撃が始まった以上、時間をかけると危険になるだけだ。


 塀の中では、屋敷の脇のガレージで男が車に荷物を積み込んでいるところだった。外に立っていた仲間が戻ったと勘違いしたのか、何かを口にしながら振り返った男は、ガレージから漏れ出す明かりを受けるクロードとウィリアムらのシルエットを見、手を腰裏に回す。


 拳銃が引き抜かれて姿を現すと、クロードは容赦なく引鉄を絞った。ライフル弾が男の胸を射抜き、背後のトヨタ車のフロントガラスに突き刺さる。続くウィリアムの銃弾も同じように腹から胸を貫通して、ガレージの棚に積み上げられた金属部品に命中して甲高い音を立てる。


「ガレージを」

「了解」


 後続の02の二人にガレージと敷地の保全を命じると、クロードは邸宅の正面玄関へと足を向ける。ガレージの男を撃ち殺した音を耳にしたらしく、家の中で慌しげな声が聞こえ、いくつかの部屋で明かりが灯ったが、そう長くは続かなかった。ぷつりと、一斉に室内の照明が落ちる。裏口から進入したチームか支援に回っている連中が、配電盤なり送電線なりを切断したようだ。


「やるぞ」


 ドア脇に張り付いたクロードは、ノブをソフトチェックしてから、左拳を握って開く。部隊内での閃光音響弾フラッシュバンの使用合図。ウィリアムが軽量防弾装備プレートキャリアの背中から閃光音響弾を取り出すと、右手でM4を構えたまま、ノブを回してドアを押し込んだ。


 軋み、半分ほど開いたドアの隙間からウィリアムが閃光音響弾を投げ込む。三秒で炸裂、戸口から眩い白が漏れる。震えた空気と共に微細な粉塵がドアから噴き出す中、クロードは一瞬たりとも無駄にせずに中に飛び込む。


 幅広の玄関をくぐると、左向きに空間が広がっている。玄関口一体型の応接間風の間取りと判断し、クロードが戸の左を見て前身、ウィリアムは右手の壁沿いに玄関から直進する。互いに左右に分かれることで、的を絞らせず、同時に片方が撃破されてももう片方が対処する余地を用意する。


 クロードが照準を向けた先、玄関の左脇のソファの影で男がもだえている。手には銃、それ以上の判断を挟まずに射撃する。胸を中心に五発、倒れこんで動かなくなった男から照準をはずしつつ歩み寄り、視線を横に振って部屋の中を精査する。


 玄関から直進したウィリアムが、右手の炊事場らしき部屋の開け放たれたドアから進入するのが見えた。殺した男の手元のAKを蹴り飛ばして部屋の奥へ進む間に、炊事場で銃声と銃火が瞬く。ガレージを始末したらしい02が玄関から入ってくるのと、ウィリアムが炊事場から出てくるのはほぼ同時だった。


「02、居間の奥をクリア。僕らは上を検索する」

「了解、裏口組と合流したらそっちに向かう」


 頷いて02の二人が居間の奥の廊下へと消える。クロードはウィリアムと合流すると、上階に続く階段の前に身を寄せた。


「何人やった?」クロードは問いつつ半分ほど使った弾倉を新しいものと入れ替え、「こっちは一人」

「こっちも。あと何人だと思う」


 さあ、とはぐらかし、銃を構えなおして階段を上がる。L時に折れる形状の階段、角に差し掛かると、クロードが飛び出して左肩を壁に押し付けた。ウィリアムは角から身を乗り出し、互いに左右に距離をとって照準線を通す。


 照明の落ちた視界に動きはない。互いに左右の壁に張り付き、腕と肩を擦り付けるようにしながら階段を上がると、下階から銃撃戦の騒がしい音が響いてきた。激しいAKの発砲音、悲鳴、ののしり声。それにつられたか、階段を上がった先の廊下のドアが一つ、ゆっくりと開いた。


 戸口から男が十分に姿を現す前に階段を上がりきったクロードは、肉眼ではほとんど真っ暗だろう視界のかすかな動きに気付いた男が、こちらを誰何する間に、ぴたりとIRを男の胸に据える。武器の有無を確認するまで撃てない、それが交戦規定だ。


 と、こちらの背後をカバーすべく、背中を合わせたウィリアムが発砲した。おそらくは後ろから出てきた敵を排除したのだろうが、その銃声に反応した目の前の男が、小さな拳銃を取り出して構えようとする。


 当然、それを射殺すると、クロードは倒れこんだ男の体に押されて開いたドアから室内へと踏み入る。背中合わせで追従したウィリアムが後に続き、部屋の中をクリアにする。ベッド、本棚、銃を詰め込んでいたバッグ、それ以外は何もない。


 先に入ったクロードが隅から隅まで潰す間に、敵の不在を確認したウィリアムは振り返ってドアの外を見張っていた。彼の肩を軽く握って合図、互いに時間差を作らずに外に出る。廊下に敵はいない。ウィリアムが撃った敵のほうを見、歩み寄って肩を脚で押しのける。


 仰向けになった男は胸と首を撃ちぬかれていて、既に呼吸をしていない。『念には念を』が口癖のERT、その頭部に二発撃ちこんでおく。そうこうするあいだに、この男が閉じこもっていた部屋に押し入ったウィリアムは、そこで震えて息を殺していたらしい女の腕に樹脂製拘束具ハンドカフをかませて壁に向かって跪かせている。


『ウォッチタワーよりオールロメオ、警官隊が動き出した。到着まで三から五分、手早く片付けろ』

「01了解。現在二階を制圧中、上階を掃除して帰る。03、04、現状知らせ」

『04は03と二階に到達、そちらとは別階段だ。誤射に注意』

『02、01に合流』


 階段からヘルメットに取り付けたIRビーコンの点滅が漏れ、警戒姿勢の02が上がってくる。クロードは彼らと合流すると、ベルトキットに吊るした小型のケースからサイリウムを取り出し、へし折って点灯させ検索を終えた部屋に転がす。制圧済みのしるしだった。


「04、03に二階の掃除を任せる。01は02と三階を検索、直ちに離脱する。“トラッカー”の待機を要請」

監視塔ウォッチタワー了解、トラッカーを要請する。追加報告、邸宅外周に接近する軽武装の歩兵あり。こちらで掃除するが、余計に時間がなくなったぞ』


 返事の代わりに送信ボタンのダブルプッシュを投げて了解を示し、左の握りこぶしを肩から頭のてっぺんの高さまで上下させる。速度を上げる、という指示を受けた02が親指を立て、クロードが先導に立った。屋敷の間取りはある程度頭に入っている。事前に外観と航空写真を元に、想定される室内構造を伝達されているからだ。


 階段を上がって右面に今しがた制圧した部屋。上って真っ直ぐの突き当たりを右に折れる形でL字廊下があり、隣接する形で敷地内に存在するもう一つの棟と繋がっている。03、04が取り付いたのは二階建ての隣接棟だ。


 三階へは上ってきた階段から上へ向かえばいい。階段の上を警戒する02に先導するよう指で示すと、彼らが先頭になって上り始めた。一階から二階と違い、三階までの階段は折り返す形状になっている。


 先導する02のすぐ背後につき、下向きローレディに構えたライフルをすぐに発砲できるように、安全位置に向いているセレクターに親指を軽く触れる。解除は発砲の瞬間だ。


「クソ」


 階段を上りきる寸前で02の片方がののしった。味方のものではない剥き出しの銃声が連続する。被弾したらしい相方を押しのけて02が階段を飛び出し、M4をセミオートで連射する。


 壁に背を預けてうめく相方をウィリアムに任せ、クロードは飛び出した02に続いた。階段はT字廊下の天辺真ん中に繋がっていて、左右に部屋が一つずつ。Tの縦棒の突き当りにももう一つ、合計三部屋。


 前衛に出た02は右で待ち構えていた男を殺害したらしく、倒れこんだ男にとどめの弾丸を撃ち込んで、手近のドアに銃口を向ける。クロードはT字の角に張り付き、防弾装備で事なきを得たらしい同僚を引っ張ってきたウィリアムが、彼をクロードの後ろに転がした。


「ウィル、02をカバー」


 クロードは言った。防弾装備をつけていても、ライフル弾を食らえばパンチを腹にもらうようなもので、息を荒げてうめく同僚の代わりに彼を同行させる。頷いたウィリアムが02に続くと、クロードは視線を前に戻した。


 敵は正面の部屋から出るか、クロードの右から角を曲がって現れるか。どちらにせよ待ち受けているこちらのほうが優位だ。後ろからドアを蹴破る音と、銃声ではなく女の悲鳴。非武装の人間を押さえ込み拘束するあわただしい音ががたがたと聞こえてくる。


 そこで、目の前の部屋のドアが薄く開き、銃口が覗くのが見えた。IRで狙いを定めて発砲すると、同時に向こうも撃ち始める。暗所、こちらの姿などろくに見えているはずもなく向こうの弾着は散っているが、撃たれているのに悠長に狙いをつける余裕などない。


 指をせわしなく動かすたびに、軍用小銃弾が飛び出す。頭の中で残弾を数える。残り20を切っているはずだ。何発かが壁を射抜き、その向こうで悲鳴があがる。

背後の部屋を掃除し終えたウィリアムらが出てくると、呼吸が整ったらしい背後の同僚が立ち上がり、クロードの肩を叩いて言った。


「支援してくれ」

「了解」


 02が前進するのにあわせ、クロードも前進する。T字路の交差部に突き当たると、クロードとウィリアムは右の突き当たりへと銃口を向け、02の横腹を守るべく射線を通す。撃ちあいの間に誰かが空けたらしいドア、人影を目視するより先に、その向こうから眩い光が投げかけられると、クロードは目視より制圧を優先して引鉄を絞った。


 光にすべてを塗りつぶされ、暗視装置の視界はホワイトアウトしている。右手で構えたM4で頭を押さえ込むべく連射を送り込みつつ、左手で暗視装置を跳ね上げた。ウィリアムも同じで、目を眇めてドアの方を見る。


 暗視装置を潰す発想まではよかったが、ライトを手にした男はもう片手に握った銃を使う前に、制圧射撃の直撃を受けたようだった。転がったライトと、部屋の奥へはいずって逃げる足を見、10発を切っているだろうM4を構えたまま廊下を進む。


 部屋の中でかすれた男の声、それに被さった声はずいぶんとしゃがれている。ドアの前に取り付くと、既に閃光音響弾を手にしているウリィアムに頷きつつ、M4を左脇に回して腰から拳銃を引き抜いた。


 弾倉に増加バンパーをつけ装弾数を増やしたグロック19を両手で握り、ドアの右脇についたウィリアムの前に回る。ウィリアムが閃光音響弾を投げ込むと、炸裂の衝撃と同時に踏み込んだ。


「ちくしょう!」


 途端に銃声、閃光と耳を引き裂かんばかりの騒音にやられてのあてずっぽうとはいえ、至近距離でのフルオートはぞっとしない。罵るウィリアムがそれでも自分の見るべき方向を確認する間に、クロードは目の前で血を流し、AKを振り回す青年の胸に拳銃弾を叩き込んだ。


 一発、二発……合計八発、ライフル弾より威力も貫通力も劣る拳銃弾では、より多く致命部位に銃弾を叩き込む必要がある。わずか二秒足らずで八発を浴びた青年の体が踊り、そして動かなくなると、クロードはその向こうで這いずる五〇がらみの男に歩み寄り、背中を踏みつけて膝を押し付けた。


「01からウォッチタワー、アタリかもしれないPossible Jackpot

『了解した、確認急げ。残り二分』


 鍛えられた男の体重を背に受け、息を吐き出し咳き込んだ男の腕に、ウィリアムがハンドカフを噛ませる。腕の銃を奪うと、立ち上がったクロードは男の肩につま先を引っ掛けて仰向けにさせ、胸板を再度踏みつけ銃口を向ける。


「どうだ」

「写真写りのいい男だな。こっちゃ幾分ブ男だが、アタリだと思うね」


 クロードの問いに、ウィリアムが配布されている写真を横から突き出した。唇や鼻や耳の形、目の色、ほくろの位置、そういった素材をつき合わせて確認する。ウィリアムの言うとおり、写真のほうが幾分血相がいいように見えたが、“標的”と見て間違いないだろう。


報告するReport大当たりJackpot繰り返す、アタリだI say again, Jackpot.。直ちに撤収する」

監視塔ウォッチタワーだ。了解した。既にトラッカーは待機中』


 制圧を終えたらしい02が部屋に入ってくる。彼らに目標を預けると、02の片方が後ろ手に縛られた男の脇下に腕を通し、うなじを掴むようにして引っ張りあげ立たせた。


 よくも息子を、と男が言った。クロードは男の視線を受け流し、残弾半分ほどのグロックの弾倉を入れ替えてライフルに持ち変えると、先頭に立って階段へと引き返す。


 既に下階を制圧した03の一人が階段口で待機していた。クロードは暗視装置を下ろすと、再び光のない屋内に戻り、要所要所を警戒している同僚らと合流して進入経路をたどって戻る。


 八人の制圧チームがすべて集結すると、中央に標的を抱えて陣形を組んで屋敷の外に出た。すでに到着していたトラッカー、つまり回収チームが車列を屋敷のまん前に停車させ、支援チームがそれを囲んでいる。


 道路にはウォッチタワーが排除したらしい増援の死体がいくつか増えていて、騒ぎで目覚めたらしい周囲の家々の明かりが灯っているのが見えた。野次馬がぞろぞろと押し寄せる前に、標的を車列中央のバンに押し込み、何人かが乗り込む。


「忘れ物は」


 監視位置を離れたらしい監視塔ウォッチタワーが問いかけた。しゃがれた低い声、老兵らしい皺のある口元が、暗視装置の下に見える。ないよと答え、チーム全員に乗車を命じると、クロードは監視塔ウォッチタワーと共に最後尾に乗り込む。


「出せ」


 監視塔ウォッチタワーが命令すると、すぐに車列が動き出す。


 任務完了、標的は無事回収。被弾者はいても人的損害はゼロ。上々だなと、遠く聞こえ始めたサイレンの音に耳を傾けつつ考える。警官隊は壮絶な銃撃戦の後始末という尻拭いと、この一件は政府の軍事作戦であるという寝耳に水としか言いようのない話に歯軋りするだろう。


 車内にすし詰めのチームメイトらが三々五々ヘルメットをはずし、銃から抜弾するのをよそに、運転席側から呼ばれた監視塔ウォッチタワーが座席の間に顔を突っ込んでいる。なにやら話し込む声がした後、監視塔ウォッチタワーが首を傾げて問いかけた。


「クロード、何かやらかした覚えは」

「いや、ないよ。何かあったかい」

「管理担当がおまえに話があるそうだ、戻ったら出頭しろと。ウィリアムもだ」


 なぜまたとクロードは眉根を寄せる。監視塔ウォッチタワーも、さあ、と怪訝な様子で首を傾げた。ウィリアムが、俺もかよと顔をひきつらせている。


「お小言か、厄介事か」


 小さくぼやく監視塔ウォッチタワーに、クロードは肩をすくめて、


「どっちだって好きじゃない」

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