第6話 Dawn 6
「
クロードは怒鳴った。デイヴもライリーも、至近弾の危険に晒されながら応射を続けている。空になった弾倉を足元に破棄し、左手で一番遠い位置にある右ポーチの弾倉を引き抜くと、ライフルに差し込み、そのケツを手で叩いてしっかりと装填する。やはり骨に損傷があるのか、腕の芯が傷んだが、アドレナリンがタップリと注がれた脳みそがそれを無視した。親指でボルトキャッチを押し込む。同時にヘッドセットが鳴った。
『支援位置についた! さっさとずらかってくれ!』
ブラッドが言った。途端に、撤収方向の斜面から力強い火線の束が放たれ、前進しようとした敵の足を止め、更に数人を貫いて殺傷する。クロードは単発で敵の方へ弾をくれてやりつつ言った。
「撤収! 行け、行け、行け!」
岩陰を飛び出し、急いでブラッドとジムが陣取る斜面へと走る。ライフルのマガジンハウジングを右手で握り、刺さった破片のおかげで痛む左足と、きしむ関節に無理を言わせて全力で走り抜ける。途中、追い立てるRPGの爆風に煽られて地面に転がったライリーの腕をひっつかみ、その脇の下に腕を通して背中を抱きかかえるようにして、斜面へと彼を引きずっていく。見ると、彼のアーマーの下、下腹に大きな血のシミが見えた。
デイヴが身の危険を顧みず、斜面の途中で片膝を付き、危険度の高い敵を選別して狙撃を始める。ライリーが置いて行けと喚いたようだが、クロードは無視した。半ば滑るようにして斜面を駈けずり降りてきたジムがライリーの腕を掴み、クロードの代わりに引っ張りあげて行く。
「任せた」
「了解!」
クロードはライリーから手を離し、地面に滴る血の跡に眉根を寄せて、すぐ下の樹の根元に足を押し当て、姿勢を安定させてM4A1を連射する。燃え盛るヘリが、もう漆黒からは遠ざかり、濃いグレーの明るみを宿しつつある空の下で煌々と輝いている。距離は十二分だった。
「デイブ、起爆」
『了解』
撃ちつつ命ずる。暗視装置の中で、人影がヘリの残骸付近まで到達しつつあった。ライフルを横に垂らし、撤収しつつ起爆装置を取り出したデイブを支援するべく、クロードは盛大に弾倉の中身をぶちまける。
次の瞬間、燃え盛るヘリの残骸が内側からはじけ飛んだ。設置されていたC4が起爆され、残っていた燃料が引火し、猛烈な爆風によって撒き散らされてあたりに火の手を広げる。破片と爆風と、燃え盛る燃料を受けた民兵共が数人、或いは一〇人近く死傷し、一拍遅れて空気が振動する。
一瞬、敵の火線が弱まった。目の前での爆発の衝撃によってあっけに取られたのか、そのまばゆい閃光で目がくらんだのか。あるいは両方かも知れないが、その効果は長続きしない。すぐさま怒り狂った敵の猛烈な銃撃が始まる。
クロードは急いで斜面を登った。藪と岩の間を縫い、木々を掴んで身体を引き上げる。数発が近くをかすめ、銃弾に足元をえぐられて姿勢を崩したが、その射撃が身体をしっかりと捉えることはなかった。味方の支援射撃に守られつつ、早鐘を打つ心臓をどうにかこうにか急き立てて稜線までたどり着くと、飛び込むように身を隠す。
「クソ、蜂の巣をつついたようだよ」
クロードは言いながら弾倉を取り替えた。ほんの数秒呼吸に専念して息を整え、膝をたてて姿勢を起こすと、ライリーの具合を確認しようと横たえられた彼の方へ歩み寄る。
「ライリー、しっかりしろ」
ジムがライリーのプレートキャリアを外し、コンバットウェアの裾をめくって応急キットで止血を試みている。クロードはそれを見て絶句した。怪我の位置は右の脇腹、石片と鉄片が突き刺さり、特に長く尖った鉄片が、背中側からはいって腹側へ貫通している。そこから、血がなみなみと溢れていて、傍目にも肝臓か太い血管を損傷しているのが明らかだった。彼の腹から流れた血が、コンバットパンツと地面をどんどん変色させていく。
「ライリー、大丈夫か、ライリー」
クロードは彼の傍らに膝をつき、手を握った。苦痛に顔をしかめ、脂汗をにじませて浅い呼吸を繰り返す彼が、きつく手を握り返す。
「おいていってください」
「だめだ、連れて脱出する」
クロードは言いながらジムのほうを見た。彼は首を振った。クロードにもわかっている、手の施しようがない。腹部の傷をどうにかするには、彼らには医薬品も器具も足りず、設備もなく、そしてまた何よりも時間がない。この傷の具合では、二〇分と持たずに、ライリーは死ぬ。だが出来ることはない。
「助からない」
「わかっている、でも置いてはいけない」
遅かれ早かれ死ぬが、置いていけば敵の手に渡る。そこで死にかけの男を敵がどう扱うかは、考えるまでもない。その場で殺してもらえれば良いほうだ。そして、彼らがそういった、単純な終わり方を選んでくれるとはクロードは思っていない。
「くそ、敵が来てる!」
ブラッドが怒鳴った。クロードはライリーのライフルとヘッドセット、アーマーをジムに押し付けた。ライリーは胡乱な目でこちらを見、それからどうにか身を起こそうとして、自分の腹部に目を向けると、諦めた顔でこちらに首を振った。クロードは歯を食いしばり、彼の身体を抱え上げた。
足と足の間に右手を入れ、彼の片腕を右手で掴むと肩の上に担ぎあげる。仰向けになった彼が呻き、傷口から血がたれて、襟首から入り込んでくるが、その生ぬるい血のもたらす不快感は何も言わずに飲み込んだ。
「クロード、もうおいて行ってください。いいんです」
クロードはかすれた声を聞きながら、先にいけと怒鳴ったデイヴの声と徐々に距離を詰めつつあるAKのやかましい銃声に急かされつつ斜面を下る。腕に括りつけたコンパスを見ると、直ぐ目の前が北西だとわかった。人一人分の重みが増えた身体をどうにかムチ打ち、斜面で足を滑らせて転ばないように息を切らしながら駆けて下る。
『クロード、今どこだ』
ヘッドセットから息切れ気味のジョンの声がした。クロードは重心を低くし、大きな岩に片手をついて姿勢を支えて段差を降りると、岩から離した手でPTTの送信ボタンを押す。
「移動中、枯れ谷から稜線を超えて下ってる、そう移動できてない、交戦中」
短く単語で区切るように応じ、肩越しに振り返る。ブラッドの射撃が止んでいる。大柄なデイブが坂を下っているのが見えた。前に視線を向け直し、傾斜の緩やかな部分を目ざとく見つけると、そこをたどるようにして移動する。途中、なめらかな部分を見つけたクロードは、姿勢を低くして膝のパッドを地面に押し付け、滑るようにして素早く距離を稼ぐ。背後では再び、正確で抑制されたARの射撃音と、AKの慎みのない派手な銃声の合唱が始まっている。敵が傾斜を登り、こちらに追いすがっている。
『大丈夫か、こっちにも銃声が聞こえてる。俺も支援にいく、場所を……』
「だめだ、来るな。今撤収している、そっちは距離を稼いでくれ、数が多い、こちらには来るな」
『クソ、そっちを見捨てろっていうのか!』
「命令だ、来られたってどうしようもないんだ、移動を継続しろ!」
強引に無線を切り上げると、今しがた降ってきた坂の上で爆発音。巻き上げられた土と石ころが地面に落ちる音、紛れも無い悲鳴。その甲高い、泣きわめく男の声が英語ではないことにホッとしつつ、ライリーの傷口から伝った血で、ぐっちょりと湿った身体をひねって後ろを見る。空になったベルトリンクケースを投げ捨て、ブラッドが今しがたクロードの通った位置を滑降しつつ新しいベルトリンクを装填している。
「
ジムが怒鳴った。おそらくは、M67を投擲したのだろう。数秒遅れて腹に響く炸裂音とともに、また石ころと土がパラパラと降り注ぐ。爆発によって押しとどめられ、或いは死傷した敵の頭を押さえつけようと、装填を終えたらしいブラッドの景気の良い連射音が後を追う。クロードを追い抜くように坂を下ったデイヴがくるりと向きを変え、斜面の上へ銃を向け、木の幹にハンドガードをレストすると素早く、数発区切りの射撃を繰り返す。
クロードは背後から撃たれないか、そして足元の凹凸に足を取られて滑り落ちるはめにならないかを心配しながら、坂を跳ねるように駆け下りる。その時ハイキングブーツが、つるりとした岩の上で滑った。とっさに背中のライリーを地面に落とさないようにしっかりと腕に力を込め、尻から地面に身体を落す。二人分の体重がかかり、真下から突き上げる衝撃で息が詰まった。尾てい骨からしびれるような痛みが這い上がり、真下からの強すぎる衝撃で、横隔膜が痙攣でもしたかのように呼吸が乱れ、吸おうとしたはずの息が吸えずにあえぐ。
そのまま勢いづいた体を止める間もないまま滑っていく間に、クロードは姿勢を制御しようとして足をつっぱり、岩と、そして木々に何度かたたきつけられ、最終的には藪に突っ込んで静止する。
木を避けようとして叩きつけた頭がぐわんぐわんと鳴っている。数秒、或いは数十秒ほどして自分が藪につっこみ、止まったことに気づいたクロードは、まず真っ先に背中に担いだライリーのことを考えた。背中の上で彼は身じろぎ一つしていない。思わずぞっとして、クロードは周囲の状況確認より先に藪を抜け出し、彼を地面へと下ろした。
ライリーは死んではいなかった。そしてまだ、失神してもいない。彼は眉根を寄せ、喉を鳴らしてこちらを向き、何事かを口にしたようだった。クロードは彼の腹部の傷を見、無論止まっているはずもない出血に唇を噛みつつ、声を聞き取ろうと顔を寄せる。
「大丈夫ですか」
「馬鹿野郎、自分の心配が先だろう」
クロードは言った。そうですねとライリーが小さく笑う。彼の顔には、濃い諦めの色とともに苦痛の薄れつつある気配が――つまりは目前へ迫りつつある死の色がにじみ始めている。クロードは彼の肩を叩き、斜面の上を見上げる。
そこでようやく、銃声が聞こえなくなっていることに気づいた。敵がこちらのしぶとく、そして徹底した反撃に一時的に引いたのだろう。無人機による航空爆撃を警戒しているのもあるはずだ。彼らは、米軍特殊部隊が要請する正確無比な対地攻撃要請の恐ろしさを知っている。
だが、こちらには今、支援してくれる航空戦力は愚か増援の一人だっていはしない。それどころかいままさに一人の戦士が避け得ない死の淵へと進みつつある。近接航空支援も、頼れる騎兵隊もいないまま、今ここで五人の戦士が孤立している。
「クロード!」
熊と見間違うほどの巨体が片手を斜面について姿勢を維持しつつ滑り降りてきた。クロードはそちらに目をやり、駆け寄ってくるデイヴとその背後に続くブラッドとジムを確認する。ブラッドは足をかすかに引きずっていて、ジムは左手に血の滴る包帯を巻いている。
「敵は」
「一時的に引いた」
だが一時的にすぎない。損耗した部隊を再編し、そしてこちらに一切の支援がないと悟ればすぐにでも襲撃が再開される。戦場にありがちな、瞬きをする間の小康状態というやつだ。クロードはぶつけた足がしびれたままなのを無視し、距離をとって警戒に入るジムとブラッド、そして彼らの背中の向こうの、敵が引いていった斜面を見て言った。
「
「了解」
クロードは離脱といったが、その表現は適切ではないことはわかりきっていた。死にかけの負傷者を連れているから、どれほど表現をそれらしく装飾しても、実態は時間稼ぎでしかない。むろん常識的に考えればここでライリーを見捨てて逃げ出すべきだろうが、それは一般世間で、自分だけが生き残るための常識だ。
彼らは軍人であり、ライリーは寝食をともにし、同じように血を流してきた同胞だった。仲間を見捨てるという選択肢がすでに彼らの頭のなかにはない。そして彼らには仲間の命よりも優先せねばならない作戦も今や存在していない。
というよりは、この時間稼ぎこそがその作戦と言ってもいいかもしれなかった。自分たちがここにいて、抵抗を続ける限り敵はこちらに食いついてくる。そうすれば標的を抱えたジョンやエドガーらが逃げ延びられる可能性が増える。彼らの任務は本来、標的を連れ帰ることだ。この時間稼ぎこそが、命より優先すべき作戦そのものにほかならない。
「とりあえずもう少し距離をとって、遮蔽を確保しよう」
クロードの代わりにライリーをジムが担ぎあげると、先に移動を始める。クロードはさんざんぶつけたにもかかわらず正常に作動する暗視装置に感謝しつつ、右膝を立てて左の太腿の怪我の具合を見ようと視線を下ろす。コンバットパンツが出血で変色していたが、そこまで血の量は多くないようだった。腕の傷に関しては無視する。
ジムがある程度の距離を北西に移動する間、ブラッドを中心に三人で敵襲を警戒しつつ、クロードはライフルのストックに括りつけたGPSを操作した。現在のおよその座標を表示させ、それから胸のコマンダーパネルを開いて地図を取り出し、PTTの送信ボタンを押す。
「ジョン、聞こえているか」
『クロード、無事なのか。今どこだ、答えろ』
「無事だよ、敵が一時的に引き上げた。それよりも君たちの座標を教えてくれ、確認を取りたい」
『くそ、ちょっとまってろ。座標、くそ、GPSが死んでやがる。少し待て。おい、クロード、早くこっちに合流してくれ』
「座標をくれ、それがないと何もできない」
クロードはジョンの合流の催促を横に流した。それはほぼ実現不可能だと考えている。原因は無論、このしんがりチームを取り巻く状況のおかげだ。十中八九助からない重傷者を抱えているし、いつ敵がこちらに追いすがってくるかもわかったものではない。
少しして、ジョンが座標を言った。クロードはフード付きのペンライトで、地面においた地図に彼らの座標を記入する。それから自分たちの座標と、ヘリの直ぐ側で見た座標を追記して位置関係を確認する。
ジョンたちのチームは想像以上に移動速度が遅いようだった。十分な距離を稼いだとは言いがたい、いうなれば、ちょっとぶらついた程度しか移動できていなかった。国境まではまだまだ距離がある。そしてさらに、クロードたちはジョンたちとは別の方向へそれて移動していることもわかった。
ある意味で言えば、それは都合のいいことだ。敵がこちらに食いつけばジョンたちの方には行かないのだから、任務を果たすことはできる。クロードは地図を片手にデイヴの方へ移動して情報を共有すると地図をコマンダーパネルに収納し、PTTを押した。
「ジョン、君たちの位置は確認したが、稼いだ距離が不十分だ、ペースを上げてくれ」
言いつつクロードはブラッドの肩を叩く。ジムはすでにライリーを抱えたまま奥の大きな岩陰に移動している。クロードたちは警戒を解かぬままジリジリとそちらへ合流するために歩き始めた。
『クソ、分かった。そっちは今どこだ』
「そっちとは別の方向に逸れて移動しているらしい。それに負傷者を抱えてる、今すぐの合流は無理だ」
『負傷者? だれだ』
「ライリーだ、ひどくやられてる」
『助かるのか』
「……いや、ダメだろう。もう動かせるかも怪しい、そっちは移動を継続してくれ」
無線の向こうで何事か罵る声が聞こえた。この無線は隊内でリンクされている。ライリーはヘッドセットを外してあるから聞こえていないだろうが、ジョンとともにいる皆が、今の会話を聞いているはずだ。
「クロード、クロード」
岩陰の直ぐ側まで来るとジムが潜めた声でクロードを呼び寄せた。クロードは警戒をデイヴとブラッドに託し、ジムの方へと駆け寄った。岩陰にライリーが横たえられ、ほんの微かに胸を上下させている。いちいち暗視装置を外し、ペンライトで照らして顔色を見るまでもない。彼はもう、ほとんど死にかけだ。
「容体は」
「だめです、動かせません。動かせば死ぬ。」
「わかってる」
クロードはうなずいてライリーを見た。彼もゆっくりと首を巡らせ、こちらに視線を向けると、少しして目を伏せる。もう何かを言うだけの体力だって残されてはいないのだ。代わりに持ち上げられようとした彼の手を取り、しっかりと握ってやる。握り返す力も弱々しい。
その横からデイヴがその巨体を岩陰に滑りこませてくる。クロードが彼の方を見ると、デイヴはクロードを手招きした。クロードはライリーの手を離してジムに預け汗でべっとりと髪が濡れた彼の頭をなでてやってからデイヴの元へと姿勢を低くしたまま向かう。
「どうした」
「お客人どもだ」
デイヴが言った。クロードは思ったより早かったなと思いつつ、彼の指差す方向を見る。漆黒の闇から明るみ始めた暗がりへ変わりつつある森のなか、降ってきた斜面の上を縫う人影が木の幹の間からちらちらと見え隠れする。その動きは素早く、いかにも山岳慣れした現地人といった様子だ。
「ライリーは動かせない。ジョンたちも、僕らからさして離れてない、まだ稼いだ距離が不十分だ。合流は出来ない」
「どうあったって、俺らがやることは決まってるってわけだ。気楽でいいな、悩まないですむ」
デイヴが言った。彼は岩陰に膝をつき、こちらに近づきつつある敵の群れへ目を向け、それからMk12に装填された弾倉の残量を確かめる。クロードも自分の抱えたM4A1の弾倉を確かめ、安全装置をかけたそれを脇に垂らすと、右手で送信ボタンを押す。
「ジョン、敵が来た。このままここで迎撃する。そっちはそのまま逃げてくれ、合流は無理だ」
クロードは無線にささやいた。目を細めて木々の向こうへ意識を集中させる。敵は大きく半円状に散開して、こちらへと徐々に接近しつつある。まだ見つかってはいないだろうが、こちらがおおよそどこにいるかの検討はついているようだった。彼らの目的は半包囲からの殲滅だ。
『馬鹿言うな、どうにかして逃げてこい』
「敵を引き連れてはいけない、ライリーも動かせないんだ。君たちはなんとしても逃げてくれ」
『逃げてどうなる、俺達の位置だって司令部は把握してないんだぞ』
ジョンが反駁する。クロードは照準を奥へ向け、いつでも殺せるぞとこちらに囁いたデイヴに頷いた。ブラッドもMk46を地面の盛り上がりに預け、即座に敵の頭を押さえつける用意を整えている。
「君のバックパックに衛星電話を入れた、登録番号の二番めだ、司令部のイーサンに繋がる」
『お前、何言って……!』
「うまく逃げ延びて、捜索部隊を呼び寄せてくれよ。それから僕らを探してくれ、ジョン」
『ふざけるな、最初からおとりになるつもりだったのか! 置いていけるか、くそ、俺らにお前たちを置いていけっていうのか。場所を教えろ、今すぐ戻る!』
ヘッドセットの向こうで語気を荒らげるジョンに、やつらしいなどと笑う。昔からそういうところのある男だった。そしてクロードの選択に友人として怒りを向けてくれることに感謝しつつも、これ以上彼につきあっていられるだけの時間がないことを惜しみつつ、ライフルのグリップを掴む。
「エド」
『聞こえてる。どうにか合流は出来ないのか』
ジョンよりは冷静な声だが、そのトーンは幾分低い。クロードは無理そうだよと笑って、デイヴの肩越しに敵を見た。相互を援護できる程度に散開し、徐々に距離を詰めつつある彼らの様子を確認する。ただの素人ではなく、しっかりと武装し経験も豊富な組織化された敵の動きだ。先ほど接敵した奴らより、よほど手ごわいのは想像に難くない。こいつらが主力だろう。
まだ気づかれてはいないが、時間の問題だった。このまま身をひそめていても、敵の反包囲網に飲み込まれるだけだろう。そしてそうなってから戦端を開いたのではあまりに遅すぎる。
クロードはデイヴの肩を叩き、彼に自由射撃の許可を与え、口を開く。
「ジョンを補佐してくれ。後は頼む。衛星電話で基地から救援を呼び寄せるんだ。
『幸運を祈られるのはいったいどっちだと……』
エドガーがのどから絞り出すようにうめく。クロードはそれを最後まで聞かずに交信を終えた。手信号で、プリセット周波数の2番に切り替えるように指示する。ふと見ると、肩ごしにこちらを振り返ったブラッドが苦笑している。クロードが肩をすくめ、両手でM4A1を保持するのと、デイヴが最初の犠牲者を選び出し、必殺の一撃を放つのは同時だった。
耳慣れたサプレッサ越しの射撃音が静まり返った森に響き渡る。後に続くのは、犠牲者の倒れこむ音、空薬莢のかすかな金属音、そして先制打にあわてる敵の声。デイヴはそれらを一顧だにせず、さらにもう一発。
二人の犠牲者をだし、ようやく先手を打たれたことを理解した敵が発砲する。まだこちらの位置を特定できていないのか、そこかしこでAKが火を噴くが、こちらへの至近弾はほとんどない。
それをいいことにデイヴが応射に忙しい敵をさらに屠る傍ら、クロードも岩の隙間から銃をだし、盛大にフルオートの火線をまき散らす機関銃の射手に二発三発と叩き込む。ブラッドはまだ撃たない。彼のMk46は目立ちすぎる。
甲高い音ともに、間近に連続で着弾。さすがにそろそろ位置がばれたかと考える間に、こちらを釘付けにしようと放たれた機関銃の弾幕があたりに突き刺さって岩の破片や木片、土煙を巻き上げる。と、それを受けて火力旺盛な敵を判別したブラッドがMk46の制圧射撃を開始した。
M249を特殊作戦向けに改良し、そのうえで切りつめられたMk46の銃口から減音器をつけてなお大きなマズルフラッシュがほとばしる。銃口から高速レートで小銃弾が吐き出され、発射ガスが土煙を巻き上げるが、短く区切られた数回の連射で数人の敵が死傷し、猛烈な火力を前に足止めを食らった敵が身を隠そうと地に伏せる。
その主力から離脱しこちらを側面から攻撃しようと迂回する敵影を見つけたクロードは、その姿めがけて容赦ない射撃を送り込む。着弾、悲鳴を上げる間もなく倒れこむ。後に続こうとした敵が委縮し、物陰に飛び込もうとするがそれを許す気はなく、正確に銃弾を送り込んで殺傷する。横に回らせれば、こちらがやられる側になる。
反対側の側面を守るデイヴもまた、迂回しようとする敵を押しとどめ、確実に殺害しているようだった。Mk12の抑制された鋭い銃声が押し寄せる敵の群れを回り込ませないと奮闘しているのが感じられる。
「クロード」
弾切れの弾倉を捨て、ポーチから新しいものを出す間に、背後からジムの声。弾倉を挿入し、クロードが振り返ると、M4A1を抱えたジムが背後で膝をつき、ゆっくり首を振った。続く言葉を聞かずとも、その意味は分かった。
「ライリーが死にました」
そうか、ともいえず、クロードはジムの背後を見た。血にまみれた腹の上で手が組まれ、ライリーが横たわっている。彼が死んだという事実に疑念は抱かなかったが、その実感はあいまいだった。ヘリの中で砕かれて死んだ部下にくらべて綺麗にすぎ、その死にざまは穏やかそのものだ。むろん、そういう死のありかたもごまんとみてきたわけだが、今この瞬間ライリーが死んだことを実感するには、あまりにクロードたちを取り巻く状況は熾烈だった。
銃撃がすぐ近くに降り注いだ。岩で跳ねた銃弾があらぬ方向にすっ飛んでいく味わい深い音とともに、クロードは思考を断ち切り、指揮官の意識に切り替える。部下の死を悼むだけの余裕は、ヘリが叩き落とされた時に失われている。
「ブラッドの支援に回ってくれ。敵の頭を押さえ、迂回の目論見を叩き潰す。そののち僕らは後退する」
「了解」
あいまいな意識の浮つきに時間を使うことだけはせず、クロードはジムに命じた。ジムはうなずいて即座にブラッドの支援に入った。敵は完全にこちらの位置を補足したようだった。尾を引く擦過音とともにあちこちから銃弾が叩き込まれる。
火力という単純な戦力指標では、こちらは圧倒的に不利だった。軽機関銃が一つ、ライフルが三つだ。敵はその十倍以上は余裕で頭数をそろえている。だがそれでもこの位置で防戦を継続できるのは、ひとえに射撃精度においてこちらが秀でているからに過ぎない。それにこちらには大きな岩という遮蔽があり、身を隠したままでいられるが、敵はこちらにたいし有効な攻撃を行うためには身をさらして移動しなければならない。
一人を撃つと、その後ろからまた一人が湧いてくる。それも撃つ。倒れた死体を踏み越え、こちらに銃弾をありったけ撒き散らしつつ飛び出す男たちを殺す。時たま、味方の支援のために膝をつき、こちらを押さえつけようとする者がいたが、遮蔽を持ち、正確に狙い撃つクロードたちを前に、さしたる抵抗もできずに射殺された。
さらに弾倉を一本空にすると、ブラッドたちの応射がまばらになっていることに気付く。クロードがそちらを見ると、彼らは銃口を敵のほうへ向けたまま、時たま発砲するにとどまっている。
「敵は」クロードは問うた「止まったか」
「一時的に動きが鈍ってる。離脱するなら今のうちだ」
さらに一人撃ち殺しつつデイヴが答えた。クロードはうなずき、それから弾倉を入れ替えたM4A1をわきに回し、ポーチから焼夷弾を取り出す。動くなら今しかないが、そのまえにライリーの遺体を処理する必要がある。
「離脱の方向は?」
「ジョンたちから遠ざける。真北のほうに移動して、出来る限り引きずり回してやろう」
ジムの問いに答えると、クロードはライリーのベストから弾倉を取り外した。これはもう彼には必要ない。これから戦い、出来る限りの時間を稼ぐためにクロードたちに必要なものだ。M4A1に刺さった使いかけの弾倉も引き抜き、それをジムとデイブに分配すると、クロードは焼夷弾のピンを抜いた。
レバーが弾ける。キンという音ともに飛んでいったレバーを確かめ、焼夷弾を投げようとした時、風切り音に似た低い音が遠くから近づいてくるのがわかった。焼夷弾をライリーの上へ転がすクロードの顔が苛立ちに変わる。いま、彼には敵が一時的に引いた理由が理解できた。
「迫撃砲!」
言い終えるまもなく、岩のむこうで爆発と土煙。盛大に巻き上げられた土と木の破片があたりに飛び散り、爆風の影響で視界がにじむ。かすかな耳鳴りとともに足元が揺らぐが、立ち止まらずに、デイブの背中を押す。
射撃音、迫撃砲の攻撃にあわせて一旦動きを止めた敵が襲撃を再開している。もう一発、二発と至近に砲弾が落ち、あたりに爆風と破片を撒き散らす。クロードは入れ替えたばかりの弾倉を空にする勢いで、こちらの足を止めようとする敵に銃弾を送り込む。ジムとデイヴが後退し、支援位置につくまでの間に、クロードは弾倉一本半を消耗している。
「くそ、再装填!」
隣で必死に弾幕を展開していたブラッドが声を上げた。
「援護する!」
応じつつ、クロードは半分残った弾倉を射撃しつつ前進しようとしている男たちへ叩き込む。弾切れ、身体が記憶した動作を繰り返し、意識するより先に弾倉を押し込んで薬室に初弾を送り込む。
更に背後で迫撃砲が弾ける。弾着が正確になりつつあるのを感じつつ、クロードはようやく弾薬ベルトを装填したブラッドの肩をたたいた。
「後退! 急げ、ふっとばされるぞ!」
ブラッドが立ち上がって駆け出す。クロードは岩のそばで焼夷弾に焼かれるライリーの遺体を確かめ、それに背を向けて走り出す。背後でこちらを追い立てる銃声が連鎖し、すぐ真横を銃弾が擦過していく。超音速の金属が通り過ぎるたび肌がしびれる圧力を感じつつ、前方をゆくブラッドの背中を負って倒木を飛び越えた時、彼の足元で閃光が弾けるのを見た。
そして次の瞬間には、間近で炸裂した圧倒的な暴力の衝撃が、身体を包み込んでいる。
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