第4話 Dawn 4


「下がれ!」


 転がるようにして身をよけると、間をおかずに先ほどまで立っていた位置を銃弾が貫通する。棚が撃ち抜かれ、うすっぺらい金属を銃弾が貫徹する軽く高い音が散らばる。壁一枚向こうの発砲音が響き渡り、棚だけでは減速しきれなかった銃弾が石材の壁に当たってやかましく唸った


「奥に部屋、棚の裏から通じてる」


 言いつつ、自分で殺した子供の隣に転がった体を立て直し、M4A1を棚に向ける。風穴があき、中身がはみ出たそれの向こうに適当に狙いをつけると、そのまま応射を叩き込んでやる。隠された入口と、それを塞いでいた戸棚を挟んでの無意味な銃撃戦は弾倉の中身を使い切ることでとりあえずの終息を見た。


 とはいえ、すぐに再開されることは想像に難くない訳だが。


 アーマーのポーチから樹脂弾倉を一本引き抜き、M4A1に刺さっている空の弾倉を破棄すると、満タンのものを差し込んでボルトを前進させる。その間にライリーともう一人が戸棚に銃口を向けたまま回りこみ、ジムがお決まりの閃光手榴弾を手にして全員が棚の近くに集結していた。クロードは向こうの気配に意識を向け、向かい側についたライリーたちにハンドサインで棚をずらすように命じた。


 ジムが投げ込むときに彼の危険度を減らせるよう、クロードが前に立って銃口を棚に向ける。合図の代わりにこちらに目配せしたライリーたちにうなずいてみせると、棚が引っ張られて壁に空いた穴との間に隙間が生まれ、ジムがそこに閃光手榴弾を投げ込んだ。


 炸裂までの間にこちらへの殺意を載せた銃撃が吹き荒れる。危険に直面した本能が勢いよく身をひっこめそうになるのをこらえ、棚をもとの位置へ戻すことをあきらめて遮蔽物に隠れたライリーたち同様に片膝をついて遮蔽をとると、ほどなく閃光と轟音が隙間から勢いよく噴出した。


 ヘッドセット越しでも耳が鳴るような、そんな錯覚に陥るほどの炸裂音。それが同じ部屋で炸裂しようものならば三半規管をもみくちゃにされ、最悪の場合は意識を刈り取られてもおかしくはない。実際、屋内での対抗制圧訓練でその威力をたっぷりと味わったからこそ、その威力にはクロードらも全幅の信頼を置いている。


 ライリーたちが穴まみれの棚をつかんで引っ張り、石材の壁に空いた穴の向こうへフラッシュライトの光を投げかける。強力な閃光手榴弾だが、そういつまでも効果が継続するわけではない。余裕を持てるだけの隙間が空くのを待たず、遮蔽から身を乗り出して穴をくぐる。


 穴の向こうの間取りを把握する前に銃撃がこちらを襲った。穴をくぐる間姿勢を下していたおかげで頭の上を銃弾が吹き抜けたのは幸いだったが、後に続こうとしたジムのうめきが肩越しに聞こえた。本能的に振り返りたくなるのを、厳しい訓練の反復で身につけた理性と闘争心で押さえ込み、足を前へと踏み出す。


 そこは箱に詰め込まれた銃器弾薬と食料品、そしてある程度の生活ができる程度のものがそろっていた。有事の避難場所か、などと考える間に、こちらを狙った銃火の見えた方向へと照準を合わせて引鉄を絞る。身体になじむ反動と減殺された銃声。


 銃口から漏れた発砲炎が部屋をかすかに明るくし、それをAN/PVS-15が増幅してキリル文字のプリントされた木箱の向こうに大人の輪郭浮かび上がらせる。閃光手榴弾による打撃から抜け出しかけのそれがこちらに狙いを定める前に、その胸へ照準を合わせて素早く数度発砲する。撃ち抜かれた身体がのけぞるように痙攣し、そのままでたらめに銃弾をばらまきつつ倒れこむ。


 そこにさらに数発、決まりきった確実な殺害確認。しかし、穴をくぐったこちらを撃ったのはこの男ではない。


 視界の端で小柄な影が動くと、その詳細を見るよりも先に身体を地面に倒すようにして弾薬箱に隠れた。AKのものよりは軽く、そして甲高い銃声が連なり、石壁に命中したそれがでたらめに跳ね回る不気味な音が続く。もう一人か、と考える間に姿勢を立て直し、銃を横に寝かせるようにしてストックを肩につけ、遮蔽から覗く面積を少なくしつつ、暗視装置の向こうの影へと応射する。


 影が素早く弾薬箱の向こうの簡易的な寝台の後ろに引っこみ、それを引き倒してこちらとの間の遮蔽にする。シルエットの小ささからして子供だろうが、らしからぬ滑らかな動きと判断に舌打ちしつつ、寝台をただの遮蔽と割り切ってこちらを狙った銃撃が再び放たれれば、それ以上の反応を示す暇すらありはしなかった。


 残弾勘定もそこそこに、低めを狙って応射する。明かりがない分暗視装置を持っているこちらが有利のはずだが、すかさず送り込まれる反撃の正確さは脅威でしかない。最終弾を吐き出してボルトが後退、停止しM4A1を左手で横に回し、右足に巻いたレッグホルスターの拳銃を引っつかみ、引き抜いて狙いを定める。


 トリチウムの埋め込まれたサイトが緑の視界の中でまばゆく輝く。首を持ち上げ、ナイトビジョンの下の隙間から視界を通すと、フラッシュライトのスイッチを入れた。サイトの三つ分の光点が横一列に並び、すっかり穴だらけになった寝台の隙間から覗いた銃口とこちらの視線が交差する。反射的に、背後の壁に背中を倒すようにして姿勢をずらす。


 発砲、応射、それを押さえつけるようにさらに発砲。装薬の多い+p弾の吐き出す大きなマズルフラッシュが、ライフルの照準をこちらへ据える、年端もいかない少女の顔を浮かび上がらせる。その目がこちらを見、胡乱なまなざしの奥を覗き込んだ瞬間には引鉄を再度絞っていた。


 高速で放たれた金属塊が空気を引き裂いて擦過する衝撃が頭を揺らし、視界がぶれる。被弾したのか、そうでないのかもあいまいになりながら、拳銃の弾倉に充填されていた45口径を網膜に残る発砲炎の残滓へと叩き込む。


「クロード!」


 ジムの声に減殺されたカービンの銃声が続く。ストラップが切れたのかずり落ちかけのヘルメットを手で押さえ、穴をくぐって支援に入ったジムに制圧は任せて弾切れを起こした拳銃の弾倉を入れ替える。


「敵は」

「引っ込みました、くそ、奥に通路」

「君は大丈夫なのかい」


 追撃しようとするジムを制し、拳銃を収めてM4A1に持ち替えてこちらもリロード。鈍く、右頬が熱を持っている。傷自体は深くはないようだと判断し、その具合のチェックは後回しにして照準をジムと同じく寝台の奥へ。


「プレートでとまりましたよ、そっちは?」

「掠めた」


 気にするほどじゃない、とつけたしつつ、床に落ちて中身のAKをこぼした木箱をまたぎ越える。横倒しの寝台の向こう、壁にぶら下げられていたのだろう掛け物が片方の留め具が外れてだらんとぶら下がり、裏に隠されていたらしい通路が見えた。


 二人で合図を交わし、互いが動きを阻害しないようにしながら覗きこむ。通路は狭く一直線で、向こう側に出口のようなものが見えた。そこまでの間に障害物はなく、むろん人影もない。片膝をつき、ジムにうなずいて見せたクロードは、後から入ってきたライリーたちにこの部屋を検索するように身振りで命じ、そのまま通路の中へとするりと滑り込む。


 ほぼ間違いなく逃走用の隠し通路だろうそこは誰かがすれ違うことなどハナから考えられていない。地下に入るための階段を下った最初の通路よりも狭いそこを、銃を構えたまま進むと、二〇メートルといかずに河川の通る崖側へと突き出る。


 クロードは、もしもの時の退避スペースを空けて後ろで待機するジムを見、それからゆっくりと、警戒しながら通路の終わりから外へと銃口を突き出す。動作はない。そのまま慎重に、徐々に視界を広げるようにして外に出ると、大きな岩がごろつく斜面へと身を乗り出した。すでに逃走した少女の姿はなく、ただ足元の石の上に、小さな血の跡が散見された。大した出血ではないだろう。


「追撃はやめよう、追うのは無理だ。意味もない」


 銃口をめぐらせ、どこにもいないことを確かめてからクロードは言った。ですねとジムが頷き通路を引き返す。クロードはそのあとに続きながら、仕留め損ねた少女に関して考えた。およそ、幼年兵らしからぬ精確で迷いのない反撃と、閃光手榴弾の炸裂を受けてなおあの動き。もう少しでこちらが死んでいたという実感、そしてあの歳不相応な戦闘力の出所への疑問が、戦闘を一つ乗り越えた意識に腰を下ろす。


 詮無いことだ、などと思いつつ、グローブ越しにこめかみのすぐ下、耳の手前の側頭をなぞる。ひりつく痛みに眉根を寄せて手を見ると、指先にべったりと血がついていた。本当に紙一重の命だったというわけだ。


 戦闘開始からこのかた、どっぷりと頭を浸していたアドレナリンが徐々に引いていくのを感じつつ、武器庫を確保したままの二人をつれ、資料庫の内容物を引っ張り出すためにも一度階段を上る。量が多いから人手が必要だった。


「遅かったな」


 階段を上って顔を出すなり、銃口を階段へ向けていたエドガーが言った。無線が通じなかったんだ、という彼の声が、こちらの側頭から流れ出る血に気付くと同時に止まる。クロードはひらと手を振ってなんでもないと笑いつつ、無線を送信した。


「01から04、今地下から出た。河川側に逃亡者がいないかな、一人子供兵が逃げた」

『04だ、すまないが確認できていない。河にでも飛び込んだか、あるいは潜んでいるかしらんが』

「01了解、警戒を継続。どっちにしたって一人だ、増援を呼ぶにせよその前に帰る。アウト」


 やれやれと溜息をつき、クロードはエドガーのほうを見た。彼はすすけた顔に何とも言えない表情を浮かべてこちらを見ている、


「エド、パッケージは」

「確保済み、中庭に拘束して部下を付けた」エドガーは言って「お前が食らうのは珍しいな」

「数センチ左に入ったら今頃君らが担ぎ出す羽目になってた。下に人を回してほしい、三、四人ほど」

「どうした、何かあったか」


 クロードは中庭に拘束されているらしい標的の顔を拝もうと、勝手口から外に出ようとしながら、肩ごしに答えた。


「すごい量のテロ計画の資料。参謀本部と情報職へのプレゼントだ、仕分けは任せる」




              ----*----




 その男が、何百何千という民間人を標的にしたテロ攻撃を指示し、世界に声明を出した男だとは到底思えなかった。すくなくとも彼の最新の――同時に最後の声明映像に映っていた男の顔よりはよほどほおがこけ、目の下にクマが黒々と浮き上がっているからだ。

 

 ひげも豊かというよりはもはや無秩序に生える雑草のそれに近いうっそうとした様子で、周りを囲む男達に比べると弱弱しく見える。まだ夜明け前の闇の中、暗視装置越しですらそこまで把握できるのだから、明るい場所で見ればよほど酷い有様なのだろう。


「あなたがアフマドか」

「誰だ貴様は」


 クロードの問いに男が素早く切り返した。アフマド・ナサブ・イブラヒムと呼ばれるその男は、外見はともかくとしてまなざしの奥底の力強さだけは衰えていないようだった。クロードは肩をすくめ、横で側頭の傷を手当てする部下の、動かないでという声に溜息をつき、


「ただの現場指揮官だよ。名乗るほどじゃない、あなたをアメリカ行きのヘリに乗せるだけが仕事だ」

「米軍め」敗北感に沈んだ声音でアフマドが言う「異教徒どもめ」

「こちらからすればあんたも同じだよ。そういう文句は、帰ったら誰かが聞いてくれるだろうさ」


 アフマドがこちらを睨んだが、それに関しては無視した。構うだけ無駄だという気持ちが大きい。こういうイスラム過激派の幹部クラスを捕らえるのはもうこれで何度目かわからないほどだったし、そのたびに突っかかってくるか、命乞いをするかの二択だからだ。こういうことをする連中は判で押したようにそれなりの形の中に収まっている。まあ、それは自分たちも同じかもしれないが。


 手当を終えた部下がもういいですよと手を離すと、クロードは腕をハンドカフで縛られ、地べたに座らされたアフマドをそのままにして、母屋から記憶媒体を運び出す部下たちの方へ向かう。布地の袋にパンパンに詰め込まれたディスクの山を担いでエドガーがこちらに向かってきた。


「どうだい、お宝は」

「金銀財宝よりは価値がありそうだ。持ち出せない分は写真に収めて、あとは処分するよ」

「それ以外に手立てはないさ。迎えはとっくにこっちに向かってる、もうすぐくるから全員を集めてくれ、警戒は継続」

「了解、それはこっちでやる」


 それじゃ、とエドガーがアフマドのいる方へ歩いて行く。髭をたっぷり蓄え、大きくふくらんだ袋を肩に担いだ後ろ姿はどこかサンタクロースのようにも見え、クロードは小さく口元をほころばせると、車庫と納屋側の方で発見された地下室の検索にあたっているはずのジョンの班の様子を見に行く。


 最後に銃声が響いたのはちょっと前のことだ。それもこちら側の――つまりは減音器のついた銃声。おそらくはどうにもならない深手を負った相手にとどめをさしたのだろうが。


 木造の納屋と、日干し煉瓦の頑強な車庫の前に来ると、銃座を据えた軽トラックのフロントが割れ、そこに頭が弾けた遺体が突っ伏している。穴だらけになったドアからは、もう一人分の遺体がこぼれ出ていた。納屋の方に至っては数人分の遺体がそのまま転がっている。


 その中に交じる子供の遺体に目を留める。一つだけではないそれらにため息をつき、納屋の入り口から出てきたジョンたちの班を見つけると、そちらに歩み寄る。


「そっちの首尾は」

「上々だ」


 ジョンが言った。ヘルメットを外し、短銃身のHK416を脇に抱えてくたびれた様子でうなずいてみせる。見たところ彼らの班員にも負傷者は居ないようだった。かすり傷を負傷に含まなければであるが。ジョンはコンバットウェアの二の腕が裂け、そこに布を巻いている。銃弾を浴びたというよりは、破片が袖を裂いたといった様子だった。煉瓦材の建物の中で射撃戦になるとたまにあることだ。


「ガキがうようよ居たよ。ひどいもんだ」


 ジョンが言う。六歳になる娘を持つ彼には、なかなか堪えるものがあるのだろう。彼は目頭をもみ、眉根を寄せて背後を振り返える。クロードはなんと返すべきか少し考え、結局何も言わずに彼の肩をたたいて横に並んだ。ジョンがありがとよと笑ってから、こちらの頭の傷に目を留める。


「大丈夫かよ、それ」

「あぁ、べつに。最近の子供はひっかくだけじゃ済ませてくれない」


 おっかねえな、などと笑うジョンに釣られてこちらも苦笑すると、その拍子に傷が鈍く痛んだ。クロードにとっては久々の負傷だ。この数年、たとえかすり傷であっても作戦中に負傷したことはなかった。歳をとったかな、などと内心に笑いつつ、ジョンと肩を並べて村の広場へ出る。


「すぐにヘリが来る」

「あとどれくらいだ」


 広場にはすでに任務部隊の要員らが集結していた。支援のために外に居たデイヴたちもそろっていて、あつめた資料とアフマドを並べ、その周囲を固めるようにして立っている。なかなかシュールな光景だな、などと他人事のように考える。エドガーが腕時計に視線を落とし、それから北西の方へ視線を向けるのにつられてそちらを見る。まだ雲が厚く、そして雪が静かに降り注いでいて、暗視装置なしでは山の姿すら黙視できそうにない。


「そう待たないで良さそうだぞ」

「のようだ……みな、撤収だ」


 夜明けの近づきつつある空の向こうからかすかなローター音。こちらの回収のために回されたヘリの音だろう。襲撃開始からたっぷり二〇分以上が経過している。これ以上ここにとどまると、どこから爆発物がすっ飛んでくるかわかったものではない。そしてそうなってしまえば、護衛のないこの状況では単独の脱出は至難の技だ。


 要員らが円を構築するように展開し、銃を携えたまま外へと警戒の視線を向ける。クロードもその中の一人となり、安全位置にセレクターをいれたM4A1をしっかりと保持したまま待機すると、ほどなく山の間の渓谷を縫うようにして自分たちの頭の上にヘリの機影が現れる。


 これまでもさんざん世話になったCH47の特殊作戦仕様機。高地での飛行のためにあれこれと手の加えられたそれは、ダウンウォッシュをこちらに叩きつけ、砂煙を巻き上げながらなめらかな動きで隊員らの構築する円のど真ん中に機体を下ろす。機影が見えてから着陸まで2分とかからない。さすがは第160特殊作戦航空連隊160thSOARが手綱を握るだけはある。


「全員搭乗」

「よし乗れ! 急げ急げ!」


 後部の搭乗口から、まず首根っこを押さえつけられたアフマドが押し込まれる。その後に荷物を抱えたエドガーの班、さらにジョンの班が続き、クロードはデイヴらに先に乗るように命じつつ、その後に続いて自分たちも乗り込む。


 よしんば攻撃を受けるなら今このタイミングを除いてありえない。機内左右に据えられたM134のガンナーと、搭乗口の機関銃手が油断なく視線を走らせるのを見ながら、クロードはカーゴルームの左右の座席に部下がついたのを確認しつつ、機首側のコクピットへ歩み寄る。


「全員搭乗、残留者、忘れ物なし、出してくれ」

『オーライ、了解した。いくぞ、お客さんがた』


 機長が大きなヘルメットに覆われた頭でうなずき、すぐに機体が浮遊感とともに舞い上がる。そのまま滑るように機体が前進すると、今度は来た道をたどるようにして地形の隙間を縫うように目標地点からの離脱を始めた。


 時計を見る、航海薄明BNMTはもう少し先のことだ。高地にあるこのあたりであれば、さらに少し待たねば夜明けを迎えることはできない。ようやく重要な作戦が終わった安堵と達成感にこみ上げるため息をこらえ、カーゴを振り返る。隊員たちは銃を抱きかかえ、各々くだらないおしゃべりに興じつつあった。安堵の顔で笑うもの、次の作戦がいつになるか考えるもの、帰ってすぐの帰国命令を心待ちにし、休暇計画を語るもの。


 エドとジョンが会話を切り上げ、こちらにかるく手を上げてみせる。クロードもそれに答えてひらと手を振り、そこで先程までとは違う、おどおどとした様子のアフマドに気づいて視線を向ける。彼は腕を拘束されたまま背を丸め、機内、そして後部から覗く外へと落ち着きなく視線を彷徨わせている。


 ようやく自分がどういう状況にあるかの実感がつかめてきたのか、虚勢を張る元気もなくなったか。あるいはその両方かもしれない。こちらに向いた彼の視線を見、それに対して何をするでもなく見つめ返す。黒く落ち窪んだ眼窩の奥、なんとも言えない複雑な色の中におびえを拾い上げたクロードが歩み寄ろうとすると、背後で副機長が口を開いた。


『おい、右前方なにかうごかなかったか、一時方向』

『確認できないな、どうした』


 機長が応じ、クロードはアフマドから目を離してコクピットへ振り返ると、シートの後ろに手をついて身を乗り出した。副機長の言った方向に目を凝らすが、彼らの肩越しではあまり視界が広く取れない。


「どうした」

『右で何かが動いた気がするんだ。そろそろ二時の方向に――』


 暗視装置とキャノピー、そして副機長の肩をまたいだ先を見る。そこにあるのは急な斜面と険しい岩肌で、斜面から生えるマツ林の輪郭がすべてを埋め尽くしている。その中にほんのかすかな動作を見、一瞬そこが瞬いたと思った瞬間、目の前で何かが弾け、クロードもまた頭部が蹴り飛ばされるような衝撃に打ちのめされる。


 攻撃。その瞬きの意味を悟った時には意識が吹き飛ばされ、カーゴの床に、そして制御を半ば失いつつある機体の壁にたたきつけられている。


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