第3話 Dawn3

 静寂を吹き飛ばすのは、そのちっぽけな爆薬でも十分に事足りた。


 起爆装置から電気信号を受け取った信管が小爆発を起こすと、それに連鎖するようにして爆薬があたえられた役割を果たした。高温のガス風が膨れ上がり、熱と衝撃波をドアにたたきつけて施錠部もろともにドアを吹き飛ばす。


 間近とはいえ、指向性を与えられたそれの加害範囲の外にいたにもかかわらず、露出していた肌がビンタを受けたかのようにジンとしびれる。しかしその奇妙な衝撃を味わう贅沢に甘んじることはせず、M4A1の銃口を視線と同期させたまま、ドアのはまっていた場所を潜り抜けた。


 タイミングをほぼ同じくしてエドガーとジョンの受け持つ方向から爆発音。ヘッドセットの高い遮音性越しにもはっきりと聞き取れるそれを意識の端に意識しつつ、クロードは戸をくぐってすぐ向こう、村の内部へと意識を傾ける。


 まず戸のすぐ右横を確認し、脅威因子のないことを身体に染み付いた癖が瞬時に確認する。後に続いたジムが反対の左側を精査する間に残った二人が侵入し、即座に四人で担当領域をカバーし合える環境を構築するのと、もっとも手近な家屋の戸が開くのは同時だった。


 それはまさにクロードの受け持つ方向で、二〇メートルと離れていないほぼ正面のドアが開かれ、その長方形の輪郭の中にあわてた様子の男の影と、一目で銃とわかるシルエットを暗視装置の映像の中に確かめたときには、コンマ数秒の間に対処を決定した脳の指令に従って腕が持ち上がり、四発の銃弾を叩き込んでいる。


 どこか水っぽい着弾音にかぶさる鈍い発砲音。サプレッサで吹き戻された燃焼ガスがエジェクションポートから漏れ、つんと鼻を突く。痙攣するように背筋を伸ばし、壁にたたきつけられてから戸の外に転がった男の死体に背後の後続がダメ押しの銃弾を浴びせかけるのをよそに、クロードは開け放たれたままのドアに銃口をポイントしつつ、ドアを中心にはさんで、自身から見た部屋の対角線を確認するように、戸口の右から左へと慎重に照準をすえたまま移動する。


 少なくとも外からうかがえる範囲に人影はない、それを確認し終えるころにはジムがドアの向こうにつき、残る二名が外に視線を向けて警戒態勢を敷いている。クロードは小さなジェスチャーで進入の合図を下した、先頭は自分だ。


 大柄のクロードが通るには戸口は窮屈だった。M4A1のストックを脇に挟み込むようにして銃をコンパクトに構え、赤外線IRレーザーと、身体になじんだ銃の感覚を頼りに照準する。肩にストックパッドを押し付けたままでエントリーするには、およそたいていの建物の入り口というのは狭い。


 クロードがドアをくぐり斜めにそこを横切る。ジムはクロードが通った経路の上を交差するように進入し、互いに狭い家屋の隅をなぞるように視線を動かした。武装した敵影はなし、ただし、甲高い声で泣く女性が一名。それを無視し、物影と寝台の下、物置をざっと精査すると、クロードは現地語……つまりはパシュトゥ語で女性に言った。


「抵抗しなければ殺さない。武器は持つな、部屋にいろ」


 彼がアメリカ人であることを考えると驚くほどに滑らかでつっかえのない発音だったが、女がそれをしっかり聞き取れたかどうかは不明だった。おそらくは夫だったのだろう男の死体によろめくように這っていくのを横目に見やりつつ家屋を出る。


 外ではにわかに銃撃戦が始まりつつあるようだった。数箇所で、けたたましいAKの発砲音に減音器で押し殺された銃声が混じる。するとすぐにAKの音は沈黙し、しばらくしてからまた新たな銃声。


「ライリー、状況」

「三人始末しました」


 外で番をしていた男の一人が問いに答えた。彼の示す先を見ると、すぐ隣の建物のドアからすぐの位置に三人分の死体が転がっている。うちひとつは女のもののようだった。


「すみません、銃を拾って向けたので」


 ライリーとは別の一人が言う。クロードは気にしないでいいよという風にうなずき、先ほど撃ち殺した男の亡骸からAKを取り上げつつ言った。


「交戦規定は守っている」


 端的にクロードは返した。抵抗するものはその詳細にかかわらず無力化する。それが射撃時の規定であり、今現在彼ら任務部隊の要員らタスクフォース・オペレーターに課せられた唯一の“火器管制”だった。そこに例外があるとするなら、それは今回の捕縛対象だけだ。


 次を検索する、とクロードは言った。今しがた中を改めたばかりの最も手近な家屋は小さな一階建てだったが、その次に検索するべき家屋は二階分の高さがある。三つの死体が転がっているのもその家屋の玄関前で、まだ中に複数いることは男たちの声でわかった。


 死体にすがりついて泣きわめく女を一瞥し、AKを離れた場所に投げ捨てる。そのまま念の為に消耗した弾倉を新しいものに入れ替えながら素早く二階建ての前まで接近すると、クロードは開け放たれたままになっている戸口に銃口を向け、例のごとく向かい側についたジムにうなずいてやりつつ、左手で背後についた部下……ライリーに見えるように、手を握って開いた。


 彼はその意味を過たず理解すると、クロードのバックパックに括りつけたポーチから音響閃光弾フラッシュバンを一つ取り出した。彼がピンを抜き、クロードの肩を握りこむ。準備完了の合図を受け取り、銃口を入り口へとポイントしたままうなずいて見せる。


 それを確認すると、ライリーが戸口から中へと音響閃光弾を投げ込んだ。からんという缶が転がるのに似た音よりも、明らかな狼狽の気配と、引きつった声のほうが大きかった。それを塗りつぶすように音響閃光弾が炸裂し、戸口から漏れた暴力的な騒音にせかされるように踏み込む。


 木箱と何かしらの機械が隅に寄せられたそこには、五感を吹き飛ばす閃光と轟音に意識を撹拌された男たちが数人確認できた。クロードはAKを握りしめたままどうにか立ち上がろうともがく男にM4A1を数度発砲し、倒れこんだところに更に頭部に二発。その間にこちらの死角を埋めるように侵入した三人が残った男たちを一掃し、しっかりととどめの銃弾を浴びせ終えるまで五秒とかからない。


 部屋の間取りはLの字に折れ曲がっているようだった。クロードが先頭に立ち、L字の角の手前で一度止まる。奥で人が動く気配を感じ取りつつ、息を詰める。肩を背後のジムが叩き、同時にIRレーザーの先を意識しつつ角を曲がると、よろめきつつ隅の扉を開けて奥へ逃げ込もうとする背中が見えた。させまいと引鉄を絞る。銃弾は奥へ引っ込みかけた背中に斜めに入り、悲痛な悲鳴が上がる。


「殺り損ねた」


 口の端からため息を逃しつつ戸へ歩み寄る。射撃姿勢は崩さずその戸の正面、つまりは『敵が必ず通らねばならない』と向こうがわかっている領域、フェイタルファンネルと呼ばれるそのエリアに身体を晒さぬようにしつつ、背後に集結した部下がもう一つ音響閃光弾を取り出すのを待つ。


 肩に合図。すぐに頷いてやると、即座に音響閃光弾が投げ込まれ、数秒と待たずに炸裂する。耳障りな騒音の残響が消えきらぬうちに踏み入り、クロードは先ほど背を撃たれ、地面を這って逃げようと必死にもがく男にしっかりととどめを刺す。


 その間にジムが戸口のすぐ脇を検索してからドアの裏を確かめ、残った二人が部屋の中の残敵を一方的に殺していく。クロードはその場での殺戮にはそれ以上参加せず、頭のなかで残弾を勘定しながら、部屋の奥にある階段へと接近し、その上へと銃口を向けた。


 こちらの気配を拾ったか、当てずっぽうかは知らないが銃撃が叩き込まれる。即座に身を引き、一拍おいて銃口を上階に向けて応射すると、日干し煉瓦と木材にあたった銃弾がその破片をちらし、甲高い音を立てた。


「装填する」


 男の罵り声と女の悲鳴を聞きながら、即座にこちらの支援に入ったジムに任せ、こちらは応射でボルトが後退し残弾がゼロになったM4A1の安全装置をかけ新しい弾倉を叩き込む。親指でボルトストップを押して薬室を閉鎖、即座にセレクターを単射へ。


 そこで息を吐き出し、装填完了を知らせるために彼の背中を軽く叩く。どうしますかと言いたげな視線に、クロードは銃口を上に据え直して、何を今更という声で言った。


「女の声がした、破片手榴弾フラグは使えない。バンで押さえ込む」

「了解」


 すぐさま、先ほどと同じことが反復された。上階に音響閃光弾が投げ込まれ、炸裂する。クロードたちは一列に連なって階段を登り、すぐさまその場に居た人影の脅威度合いを選別にかける。結果、その場で二人の男が射殺された。白い、おそらくは寝間着だろう衣服を着た女が撃ち殺された男に駆け寄り、服を血に染めてこちらになにごとか喚き散らす。


「寝具の下、押入れ、棚、クリアです」


 クロードは女の声を無視した。それはジムもそうだったし、他の二人も同じだった。少なくとも今取り合うだけの余裕はない。二階の窓の外がかすかに明るくなっているのがわかった。階段を降りつつ腕時計を見る、まだ夜明けは先の話だ。


『母屋の電源が入った』


 04、デイヴが報告した。向こうからはこちらの戦闘の動きが丸見えだろう。クロードは制圧済みの部屋の中を油断なく見回しつつ言った。


「母屋に取り付いた班は」

『まだ居ない。03が家屋を三つ検索。02はこちらの死角だ』

「02、状況」


 クロードは家屋の外に出て問うた。村の中央、レンガ造りの大きな母屋のいくつかの窓に明かりが点っている。暗視装置を外すほどではないが、夜間戦闘の視界の優位性はやや損なわれた。


『交戦中……くそ、ガキだ。現在車庫を制圧してる』

「子供を保護したのか?」

『違う! “ガキと撃ち合ってる”!』


 無線の向こうから銃声。車庫の方で活発な銃撃音が聞こえてくる。クロードは眉根を寄せた。ここ最近、というほどでもないが、やはり昔に比べると子供兵との交戦は増えたように思う。それほどに人材が足りないのか、あるいは別の理由があるのか、こちらに判別できることではないが。


「了解、こちらは外周家屋を制圧した。母屋にいく、あとから合流しろ」


 応答は聞こえなかったが構わなかった。クロードは母屋までの距離を詰めつつ、その窓に銃口を向けている。人影が窓枠の中に逆光になって見えた。光は強くないが、その姿を視認するには十分だ。発砲炎、弾着音。応射すると、短い悲鳴とともに倒れる。別の窓にも姿が見えたが、こちらが撃つ前に遠くから飛来した銃弾によって無力化される。デイヴらの支援だろう。村のそこかしこに、こちらの戦果ではない遺体が散見された。


「03、これから母屋を検索する。支援可能か」

『可能だ、裏口があるからそちらに取り付く』

「了解、ビーコン付きを誤射しないように」


 冗談をいうなとエドガーが笑った。至って大真面目な声に聞こえたが、付き合いの長さでわかる。彼は真面目な男だ。多少女遊びを好む傾向があるが、少なくとも仕事に関してはそういう認識をクロードは持っていた。


「目標を捉えても殺さないでくれよ」

『お前はいつ俺のおふくろになった?』

「エド、君までジョンみたいなことを言わないでくれ」


 言う間に母屋に取り付く。即座にジムが音響閃光弾を投げ込んだ。お決まりの流れだ、敵が待ち受ける閉所に踏み入る際には、こういった装備で視覚や聴覚を潰すか、爆発物で制圧してからというのがセオリーになって随分と経つ。クロードは炸裂までの間に暗視装置を跳ね上げ、バリスティックグラスのブリッジの部分を指で押し上げる。


 炸裂、思考よりも身体に染み付いた習性にしたがって足を踏み出す。このあたりにありがちな日干し煉瓦の母屋の中に入るとまず敵を探し、意識を撹拌されてろくに抵抗もできない彼らに銃弾を叩き込み、倒れ伏したところにおかわりを浴びせた。


 死体が四つ、それを確かめてから屋内の検索にかかる。玄関口をはいってすぐのそこは居間のようだった。テーブルと食器があり、ソファと、衛星放送に対応したテレビが有る。まるでアメリカの一般家庭から適当に引っこ抜いたかのような内装だったが、ここはパキスタンだった。


 そして一般的なパキスタンの、特に山岳部に住まう人間はこんな生活をすることはそうない。


 やはりここに標的がいる、確信に近いものを感じつつ、クロードは部下がソファの下等といった人の隠れえるスペースを確認し終えるのを待つ。その間、視線は隣の部屋に繋がるドアへ向けている。とはいっても、そちらはエドガーたちが制圧を行っているようだった。


『クロード、来てくれ』


 居間の確認を終える頃になってエドガーが言った。クロードは隣の部屋のドアが開かれ、撃たないでくれよとオークリーグローブをはめた手がひょいとそこから顔を出す。彼がこちらを手招きするのを見て、銃を下げそちらに足を向けた。


「どうした」

「地下室だ」


 部屋に入るなりエドガーが言って、部屋の床に設置された金属扉を示す。ここは炊事場のようだった。一目でそうとわかる間取りだし、そのためのあれこれが据えてある。日本製らしいシンプルな冷蔵庫まで壁際に設置してあって、およそ辺境の地の小さな村のものとは思えない充実具合だ。炊事場の隅から二階に繋がる階段が上へ伸びていて、エドガーの班の二名がその上を警戒している。


「脱出路だとしたらどちらに通じてると思う?」

「河のほうだろう、地形的にもそこ以外にはありえない」


 クロードはやれやれと頭を掻いてPTTを押した。この地下への扉の存在は事前情報にはなかった。とはいえ地面の下の話であるから、航空写真や衛星による偵察映像をもとに情報を拾い上げる解析担当に文句を言う気はなかったが、面倒が増えたことに変わりはない。


「01から04、地下へ通じる通路を見つけたらしい。河につながっている可能性がある、周囲に逃亡している姿は確認できるか」

『04から01、見ない。そこから逃げ出したなら、どこかの段階でこちらの視界に入る。まだ脱出者は居ない。冬の河にどんぶらこと流れてなければだが』

「了解、警戒を継続してくれ」


 炊事場にジムたちが入ってくる。彼らに待つように手で示し、クロードはエドガーに向き直った。どちらかがこの地下を制圧しなければいけない。


「どっちがやる?」エドガーが決めてくれと言った。

「こっちでやるよ、君たちは上を頼む」

「わかった、下は任せる」


 クロードはエドガーの肩を叩いてから、もう一度無線の送信ボタンを押す。今度は車庫と納屋の制圧に行っているジョンの方へ声をかける必要があった。


「02、状況」

『制圧した、いま検索している』

「了解、済んだら母屋の支援を頼む。僕は地下に入る」


 わかったよと続いたジョンの声を聞きながら、クロードはジムを呼び寄せた。その間にエドガーの班は二階への突入を始め、すぐに銃声が真上で響き始める。それを吹き散らす爆発音と、ののしり声、まごうことなき断末魔が続く。


「地下があるらしい、通路になっているのか、袋小路かはわからない、もしかしたらただの貯蔵庫かも。人がいるかも不明だが、検索する。ドアを開けたらフラッシュバンを転がして、それからいこう」

「普段通りですね」

「そうだ」クロードはうなずき、弾倉を入れ替えてから「ライリー、ドアを持ち上げてくれ」


 了解、とライフルをスリングでわきに吊るしてライリーが戸の取っ手を握った。クロードとジムはそこに銃口を向け、もう一人が音響閃光弾を手にして合図で投げ込めるように待機する。低い軋みとともに金属戸が持ち上げられ、クロードはM4A1にマウントしたシュアファイアのライトで中を照らす。


 戸が開くと、その下には階段が見えた。下へと続く階段の先へと光を向ける、人影はないが、かといって無人という雰囲気ではなかった。クロードは音響閃光弾を手に待機する部下にうなずいて見せる。彼は階段の奥へと音響閃光弾を転がし、ライリーがすぐさま戸を一度閉める。


 炸裂すると同時に金属戸が震え、ライリーがもう一度それを持ち上げるように開けた。クロードは燃焼剤が燃え尽きた後の独特の空気を吸い、フラッシュライトを点灯させて階段へと踏み込む。


 そこは雪の降る外とは違った寒さで満ちていた。土の中の、停滞し凍りついた冷たさ。壁には石材が使われているようで、学生の頃ヨーロッパ観光で立ち寄った地下墓所カタコンベの肌にまとわりつく何とも言えない冷たさに似たものがそこにはあった。一言で済ませれば、不快な寒々しさだ。


 階段を降り切った先の通路は狭く、そして天井も低い。背を丸めてライトの光を奥へ向けると、暗がりの向こうで影が動くのが見えた。足早に距離を詰める。通路は狭く、どうにかすれ違える程度のそこでは、後続がいるから引き返すこともかなわない。前進以外の選択肢はなく、それは目の前にAKのシルエットが飛び出してきても同様だ。


 通路の終わりからこちらに向かって突き出されているのは銃だけだった。それが火を噴き、石材にぶつかって甲高い音を立てる。銃だけを突出す撃ち方はろくに狙うこともかなわず、反動を受け止めることもままならない。それが拳銃ならまだしも、ライフルともなればなおのことで、続く二発目もこちらにあたることはなかったが、とはいえ狭い通路だ、非常に危険であることに変わりはない。


 銃口を持ち上げて、突き出された銃そのものに狙いをつける。引鉄を絞るとAKの上で火花が散ってどこかへすっ飛んだ。持ち主は弾着と強引な射撃で手に相当な負荷を受けたのか、苦悶の声とともに腕を引っ込める。


 さらにそれとは別の人影がライトに照らされて闇の中に浮かび上がる。クロードは視界を押しつぶすまばゆい光をそちらへ向けつつ、歩みを止めないまま壁際に寄る。意図を察したジムが、クロードが壁に寄ったことにより反対側に生まれた隙間から射線を通し、もう一人のほうへと牽制の射撃を叩き込む。


 通路が終わりに差し掛かった。その先の部屋に何があり、どれだけの敵がいるのかはわからなかった。が、今さら止まりようがないし、この状況では音響閃光弾を投げ込んでやるわけにもいかない。こちらの耳と目もダメになる。


 部屋に飛び込むと銃口と視線を横にスライドさせ、その先にあるものを一瞬で判別にかける。先ほどこちらに銃を発砲した敵の影は、部屋中にところ狭しと並べられた書類棚の影に隠れようとしているところだった。


 そちらに向けて銃を撃つ。石材の壁に囲まれたそこで射撃音が反響し、ボルトの甲高い音が尾を引く。銃弾の狙いは少し上にそれたようだった。なおも逃れようとする背中が耳に刺さる金きり声を上げ、こちらに拳銃を向ける。握られたマカロフ拳銃と、それを握る、拳銃には不似合いなほどに小さな手の輪郭を確かめ、眉根に皺がよったが、引鉄にかけた指は止まらなかったし、止めるつもりもなかった。


 減殺された銃声とともに敵の頭部に飛びこんだ銃弾がその中身を吹き飛ばす。湿った音とともに倒れこんだ細い体を視界にとらえようと書類棚を回り込み、ライトで照らしてやる。その間に視界の外で一連に連なった銃声が響いたが、即座にくぐもった三発分の銃声によって沈黙させられる。敵を無力化、とジムの声。すぐにライリーたちが地下室の死角を検索し始める。


「くそ」


 クロードは呻いた。呻いただけだったが、なんともいえない苦いものが口の中に広がっている。今しがた殺した相手は、大人というにはあまりに体が未成熟に過ぎ、体が細すぎた。コントロールを失い、奇妙にねじれた姿勢で転がるその死体に向けられていた意識を銃口とともにそらす、これ以上自分で殺した子供の死体を検分する気はなかったし、その必要もない。


「クリア……すごいな」

「なにがだい」


 ジムのボヤキにクロードは尋ねた。地下室は書類棚と、机と、そしてデスクトップが数台並んでいる。見たところドアの類はなく、部屋はここで終わっているようだった。記録媒体をたっぷりとつめた引き出しが一つ開けっ放しになっていて、ジムは自身の手で殺害した子供兵から銃を取り上げて棚の上に置き、死体を傍らに引き出しの中身に目を向けラベルを読んでいるところだった。


「やばいデータがごろごろしてますよ、こりゃ」

「量が多すぎて全部は持ち帰れないな、ラベルは?」


 クロードは地下室を見回し、手近な壁際の棚に近づいた。その引き出しを開け、中を見る。ファイルにまとまった書類の山とCD‐ROMが詰め込まれていて、クロードはそのうちの何枚かを手にして、マジックで記入されたラベルに視線を落とした。


 ワシントンD.C、あるいはロンドン、ブリュッセル、パリ。そういった皆が知っている都市の名前。眉根を寄せつつROMを棚の上に置き、同じ引き出しに入っていたファイルを引き出しごと引っ張りだそうと、引き出しをレールから外すために手をレールにはわせ、ロックをまさぐる。


 と、棚が引っ張られて揺れ、その背面が密着していた壁との間に隙間ができ、そこに何かが見えた。というよりは、その向こうの暗がりが見えた。壁ではなく、明かりのない空間が。


 それの意味を考えるよりも先に、奥から聞こえた小さな金属音――ちょうど銃器の安全装置を解除するのに似た、かちりという音に対して体が反応するほうが先だった。


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