第56話・惑星の運行

今日も今日とて、ヨウシくんとデンシちゃんの水素原子は、宇宙空間を漂っている。

ふたりは目を見開く。

目の前にひろがる光景はまるで、大都会の繁華街のようだ。

その壮麗で華やかなことといったら、くらくらと目まいを覚えるほどだ。

しばらく見ない間に、世界は劇的に変貌をとげていた。

刻一刻と増えゆく新物質は、宇宙の景色をきらびやかに飾りつけていく。

星ぼしの配置も、より複雑に、しかしより精密に、全体の調和を保ちながら組み立てられつつあるようだ。

光り輝く大きな星の周りを、硬い岩石となった天体がぐるぐるとめぐっている。

味けない姿をしたそいつは、遠くあっちへと過ぎ去ったかと思えば、うんと大きな輪を描いてこっちに舞い戻り、またヨウシくんの鼻先をカーブしては遠ざかる。

星が、まるで考えごとでもしているかのように行きつ戻りつするのが、ヨウシくんにはおもしろい。

惑ってるなあ、あの星は。

「惑星」と呼んでやろう・・・と、ヨウシくんは勝手に命名し、ほくそ笑む。

デンシちゃんは、たまに通りかかるほうき星が気に入った。

長い尾を引いて、ギューン、と大急ぎでやってきては、急旋回し、やがてスピードを落としながら、彼方に消えていく。

かと思えば、また何年も後になって、光の尾を散らして現れる。

まるで、お金がなくなるとふらりと実家に顔を出し、そそくさときびすを返しては、また何年も音信不通になるおじさんのようだ。

気まぐれなのね・・・とデンシちゃんは思う。

まったく不思議で興味深い、星たちの動きだ。


しかし、今やきみは理解している。

星ぼしがなぜそんな軌道を描くのか、ということを。

星と星とは、万有引力で引っぱり合っている「のではない」、すでにきみの中では。

星は、質量がつくりだす時空のゆがみの間を、転がり落ちているだけなんだ。

宇宙空間の時空のゆがみをわかりやすく解説する、有名なモデルがある。

また少し、思考実験をしてみよう。

ゴムマットの四すみを、トランポリンのようにピンと張る。

これを時空間と見立てるんだ。

マット上になにものっていないとき、つまり、質量が干渉していないとき、時空はまっすぐに張りつめている。

まっ平らなここに、ピンポン球を置く。

軽いピンポン球は、ゴムマットをほとんどへこますことができず、その場にじっとしたまま動かない。

ほぼ無重力、という状態だ(実際には、ピンポン球のほんの少しの質量が、ほんの少しだけ時空をゆがめてはいる)。

次に、ピンポン球をどけて、マット上に鉄球を置く。

ゴムマットには、ずしりと重い鉄球を中心にしたくぼみができる。

ハンモックに寝そべったきみのお尻の部分みたいに、深くたわむわけだ。

大質量が、時空を大きくゆがませたぞ。

その周辺に再びピンポン球を置くと、鉄球のつくったくぼみに向かって転がり落ちていく。

これが、大きな質量のものが小さな質量のものを「引き寄せる」メカニズムだ。

だけど、ピンポン球にしてみたら、別に鉄球に引き寄せられたわけじゃない。

くぼみの底への最短経路を落下移動したにすぎないんだ。

あるいはピンポン球を、置くのではなく、ポイと投げ入れれば(初期運動を与えれば)、鉄球の方向に近寄りながら、くぼみのへりにそって、くるんっ、とカーブするかもしれない。

そして鉄球のそばをくるくるとまわった末に、やがてはくぼみの底に落ち着くことになる。

これって、星の動きに似ているよね?

この実験では、ゴムマットとの接触による摩擦や空気抵抗があるために、ピンポン球はたちまち推進力を失ってしまう。

しかし、そんなジャマが入らない宇宙空間では、星の移動する運動エネルギーはずーっと衰えない(慣性の法則)。

すると、星同士の重力がダイレクトに利き合う。

つまり、ひとたび動き出した星は、勢いそのままに、重力がつくる場(マットのデコボコのようなもの)を延々となぞりつづけることになる。

小さな星が、時空のくぼみにそって、ある大きな星の軌道を周回しはじめたら、他のくぼみに干渉されるまではまわりっぱなし、というわけだ。

これが、恒星の周囲をめぐる惑星の運行モデルだよ。

顕著なのは、光の尾を散らすほうき星、つまり、彗星の動きだ。

彼らは宇宙の遠くから、大質量の恒星がつくりだす時空の巨大なくぼみに向かって、落ち込んでくる。

まっすぐに恒星に激突すれば一巻の終わりだけど、わずかに軌道が外れているために、恒星の間近、くぼみの底すれすれで、くるんっ、と旋回させられる。

そして落下時の勢いを借りて、今度は長くなめらかなすり鉢状となった側面をゆっくりとゆっくりとのぼっていく。

宇宙の果てでのぼりのエネルギーが尽きたら、またUターンし、スピードを上げつつ、すり鉢の底に戻ってくる。

彗星がめぐるのは、長い長い楕円軌道だ。

彼らは、大質量星のつくるすり鉢の底に向かって、近づくほどに加速し(大質量星に近いほど、重力は強くなる)、ヘアピンのようにカーブした後は、遠ざかるほどに減速する(今度は、大質量星の重力に後ろ髪を引かれる形になる)。

複雑に見える天体たちの運動だけど、こんな具合いに、メカニズムはシンプルだ。

彼らはただ、時空のくぼみへの最短経路を転がるという、定められた法則にしたがっているだけなんだ。

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