第42話・αプロセス
エネルギーを中抜きしていくニュートリノのせいで、核融合活動は空まわり状態だ。
打てども打てども、手応えがない。
巨大天体の芯はますます押し詰められ、密度をおそろしいまでに高めていく。
温度はなんと、8億度!
ところが、ここで新たにネオンやマグネシウムといった、さらなるいかつい原子核の生成がはじまった。
世界にまた、新しい形のレゴブロックが加わったんだ。
酸素原子核とヘリウム4原子核が結合→ネオン原子核。
ネオン原子核とヘリウム4原子核が結合→マグネシウム原子核。
つぶれるのか、もちこたえるのか・・・というぎりぎりの瀬戸際で、巨大天体も味なまねをしてくれる。
ネオンができたのは、仕事でストレスのたまりがちなお父さんたちにとってはうれしいかぎりだ。
そしてマグネシウムは、お豆腐をつくるのに必要なにがりの原料なんで、冷や奴で一杯、の期待も出てきたぞ。
このままどんどんと新メニューを・・・じゃなくて、新元素をつくりだしてくれ、巨大天体。
・・・なんてバカなことを言っている間に、またそのチャンスがめぐってきた。
天体の凝縮がさらに進んで高温になると、今度はケイ素の原子核が生成されはじめた。
マグネシウム原子核+ヘリウム4原子核が結合→ケイ素。
ケイ素というのは、要するに土のことだ。
ふわふわと頼りなかったガスが、業火にあぶられるうちに、だんだんと骨太なカンジのやつにまで姿を変えてきたわけだ。
それにしても、なんて大活躍なんだ、ヘリウム4・・・いや、アルファ粒子大先生って。
万能すぎるぜ。
こうしたヘリウム4(アルファ粒子)が介在する結合を、α(アルファ)プロセス、というんだ。
さらにこのプロセスを重ねると、硫黄やカルシウムなど、岩石の材料となる原子核が次々と生まれていく。
大地をつくるために欠かせない素材がそろいだし、いよいよ地に足のついた(土だけに)目標が見えてきたぞ。
しかも、これらの新種原子核を生成する核融合活動によって、不安定だった巨大天体のバランスは、また少し持ち直したようだ。
力のかぎりに燃えたぎり、中心温度は上昇をつづける。
10億度・・・20億度・・・そして、ついに30億度!
高温はレッドゾーンを振りきり、密度もまた未知のレベルに突入する。
炉は煮えたぎっている。
ヨウシくんも、過酷な労働環境の中、死にもの狂いで立ち働いている。
大量に発生するニュートリノは、相変わらずエネルギーをくすね盗っていく。
が、その不足分を補うかのように、新しく生まれた原子核たちががんばって、ぶつかり合いをくり返している。
次から次へと新種の元素が生み落とされ、それがまたさらなる新種へと展開していく。
この間に起こるすべての反応が、新たなエネルギーをつくりだしてくれる。
なかなか悪くない連鎖といえる。
ところがこうした中、あろうことか、まったく思いがけないキャラが原子核たちを壊しはじめた。
光、だ。
想像を絶する灼熱地獄、そして圧迫感のせいで、高エネルギー状態となった光がトチ狂ってしまったらしい。
光もまた「光子」という素粒子でできていて、たまにひどく乱暴な振る舞いをすることがあるんだ。
光子は素早く、影もなく(光だからね)忍び寄る。
あぶないっ・・・
ゴチンッ!
ばらばら・・・
ヨウシくんがもぐり込んでいたユニットも、光子によってズタズタに切り刻まれてしまった。
この恐怖の壊し屋は、手当たり次第、問答無用だ。
大きくて安定なユニットをやっとの思いで築きあげたヨウシくんだったのに、また解体されて、四人組の小さなヘリウム原子核に逆戻りだ。
このーっ、なにすんだよう!
光子くん、きみはスピードの出しすぎだぞっ・・・!
ヨウシくんは、熱さとせまさの居心地悪さもあって、イライラがおさまらない。
なのに、光子は少しもスピードをゆるめてくれない。
なにしろ、光の速さで飛ぶのが、彼らのプライドなんだから。
このスピード狂は調子に乗り、あちこちの原子核にぶつかっては、まるで積み木を崩すように組成をバラバラにしていく。
誰も追いつけないので、この無法をとめられるものはいない。
絶体絶命・・・かと思いきや、ヨウシくんの四人組原子核は、すぐさま別の同居相手をさがしはじめた。
いっときバラバラにされたって、簡単にはくじけないのが彼らのいいところだ。
ちょうど勢いにのった原子核が接近してくる。
すかさずぶつかり、結合だ。
他の散り散りユニットも、じゃんじゃんと核融合を起こし、くっついていく。
こうして再び、原子核たちの意欲が沸騰してきた。
あっちでバラされては、こっちで合体し、そっちで砕かれては、どこかでまた結び合う。
派手な組み替えが、目にもとまらぬ早さで行われている。
メンバーが入れ替わり立ち替わりしつつ、さまざまな新物質がおびただしく生成されていく。
ここでもやはり、アルファ先生(ヘリウム4)が主役だ。
あっちからアルファ先生が飛び出し、こっちにアルファ先生がくっつき、ほぐしては組み立て、組み直してはほどき・・・八面六臂の大活躍で、周囲の原子核たちを誘導してくれる。
ヨウシくんは、目がまわりそうだ。
しかしアルファ先生は、テキパキと動きまわる。
このぼくについてくりゃいいのさ、悪いようにはしないよ・・・!
そう言わんばかりだ。
αプロセス!
シャキーン。
積みあげられたり、壊されたり・・・ヨウシくんは四人組ユニットに組み込まれたまま、いいように転がされている。
こうしてアルファ先生は、小から大まで多彩なユニットを大胆にプロデュースしてくださるんだ。
もういいや、こうなったら、されるがままだ・・・
ヨウシくんは、達観した。
やがて要領を得れば、核子が100個も集まった大大大原子核にまでのし上がることができるかもしれない。
それまでは、一段一段、階段をのぼるように大きくなっていくんだ。
とはいえ、アルファ先生ときたら一足飛びどころか三足飛びで、階段を駆けのぼっちゃうんだけどね。
つまり、4で割り切れる段だけを進むんだ。
炭素12(+ヘリウム4)→酸素16(以下、同)→ネオン20→マグネシウム24→ケイ素28→硫黄32→アルゴン36→カルシウム40・・・という具合いに。
世界はこうして、おさまりのいい物質から優先的に組みあげられていくんだった。
破壊と創造、分裂と結合、崩壊と生成・・・
そして、ゆきつくところ、ついに「鉄」の生成がはじまった。
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