第43話・鉄
鉄は、すごろくの「あがり」的な位置づけの物質だ。
元素たちの最終目標なんだ。
あらゆる元素のうち、鉄は最も安定した結合構造を持っているため、ちっとやそっとでは崩壊しない。
なので、あらゆる元素は、永遠の安らぎを求めてこの地位におさまろうと努力する。
鉄の原子番号は26で、この番号はすでにきみが知る通り、原子核内に二十六個の陽子を持っている、ということだ。
水素の1、ヘリウムの2からはじまって、鉄は26番目に位置している。
はて、最終というわりには、このポジションは中途半端なんじゃないか?と思うかもしれない。
なんたって原子番号は、100をはるかに超えた先までつづくからね。
ところが、どの元素もが、この26を目指すんだ。
鉄よりも小さなゼッケンの連中(~25=鉄よりも陽子の数が少ない元素)は、核融合をしてどんどんと核子をくっつけ、鉄のところまで上りたがる。
逆に、ゼッケンが大きな連中(27~)は、核分裂によって核子を減らし、鉄のところまで下りたがる。
例えれば、すり鉢の底でどっしりと寝そべっているのが鉄で、その他の連中は、不安定な傾斜部分にしがみついているといえる。
傾斜地で不安を覚えるものは、かの安定の場所に落ち着きたい。
そこで、原子核内の陽子の数を増減させ、26に勘定を合わせようとするんだ。
それほどまでにあこがれなんだよ、鉄の地位とは。
究極的存在である鉄が、天体内における幾多の核子組み替え作業の末に、今まさに出現せんとしている。
巨大天体の芯で、そんな安定元素ができようかというんだから、これは核融合の打ち止めを予感させる。
とはいえ、ここにきて核融合は絶好調。
次々と新たな燃料を得て、天体の中心街はどっかんどっかんと好景気に沸いている。
まるで、風前のともしびが最期に大きな炎を燃え立たせるかのようだ。
できたてほやほやをニュートリノにピンハネされつつも、天体は核融合活動で生み出したエネルギーを全域に供給し、膨張力を保っている。
こうして、自らの大質量による収縮を押しとどめ、屋台骨の崩落を防がんとしているんだ。
ところがこの作業は、二律背反でもある。
核融合を起こせば起こすほど、その副産物として、極度に重い原子核が生成される。
それによって、天体の腹の底には、強烈な重力源が形成される。
重力にあらがうために、より強い重力源をつくっちゃうんだから、まったく悩ましい話ではないか。
原子核の結合とはすなわち、まばらに点在していた核子が、お互いの距離を詰めてすき間なくおさまる、ということにほかならない。
核子たちがくっつき合う分、間のゆったりとした緩衝帯が失われるわけだ。
思い出してほしいんだけど、パチンコ玉大に置きかえた陽子=水素原子核には、甲子園球場ほどもあるクーロンバリアが張りめぐらされていたよね。
強力なクーロン斥力(斥力=引力の逆。遠ざけようと働く力)がバリバリに効いたその縄張り内は、同電荷同士では原則的に不可侵の領域だった。
思えば、いい時代だったものだ。
陽子一個につき、この広々とした空間を独り占めできたんだから。
別の言い方をすれば、陽子同士はものすごく距離をへだてて(例えれば、パチンコ玉同士が球場いっこ分も離れて)隣り合わせていたということだ。
だけど、ひょんなきっかけで核子同士が結合すると、人数分のクーロン力もひとつに集約される。
それぞれに小さかったアワアワが、ひとつの大きめのシャボン玉にまとまるようなもんだね。
核子とクーロン力とがどんどんと束ねられるにつれて、個々の周囲に張りめぐらされていた余分なスペースは忽然と消えていく。
原子核内におさまる核子の数が多ければ多いほど、それは顕著になる。
鉄に至ると、この天体内では「鉄56」という形態が安定で、陽子が二十六個に、中性子が三十個、という大所帯だ(この「56」という数字は、核子の合計数だよ)。
これほどの一団が間を詰め合ったら、いったいどれだけの空間が失われるか、考えてみて。
その失われた部分には、別の原子核たちが殺到し、たちまちうずめられる。
結果、天体の地下深くに、ものすごい人口過密都市が誕生する。
おまけに、その都市の住民(多くの核子が集まった大きな原子核)は、とても重いんだ。
この高密度中の高密度、すなわち「質量の集中」が、とてつもない重力源となる。
ところが、重力源たる天体の芯は、自らの命脈を保つ核融合を引き起こすために、さらなる高密度を求める。
そうして得た高密度に耐えるためには、さらなる核融合を起こすしかない。
核融合を起こすために、高密度を。
高密度に耐えるために、核融合を・・・
出口のないジレンマだ。
そんな中、ついに鉄が生成された。
されてしまった・・・!
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