第41話・ニュートリノ

さて、説明しなければなるまい。

ノーベル賞のニュースなどでもおなじみの「ニュートリノ」の突然の出現を。

天体内で、エネルギーはふんだんにつくられている。

燃料も有り余っている。

ところが、膨張力の効果がうまく伝わってくれない。

天体中心部のあまりの高熱によって、エネルギー泥棒のニュートリノが、どこからかうじゃうじゃと湧いて出てきたせいだ。

どこから?

β+(ベータプラス)崩壊時の、あのニュートリノの発生の仕方とは違う。

β+崩壊というのは、覚えているかな?

陽子が中性子に変わる際に、陽電子とともに、ニュートリノがポンッとはじき出される、あのプロセスのことだ。

あのときのニュートリノは、もともと陽子の中にあったものが、形を変えて飛び出しただけだった。

それと違って、今回のニュートリノは、「反ニュートリノ」という反物質と対で生成される。

生成・・・本当にこの世に「誕生する」ということだよ。

物質と反物質とがワンセットで、どこからともなく忽然と姿を現すんだ。

「対消滅」(β+崩壊時における、陽電子と電子が一緒に消えるような現象)じゃなく、今度のは逆に「対生成」(一緒に生まれる現象)だ。

自然界における「対」のオキテは覚えているかな?

例えば、陽電子と電子とは電荷がプラスマイナスで対になっていて、両者の増減は必ず同数でなきゃならない、というやつだ。

自然界においては、女子がひとり欠席したからといって、あまった男子がひとりでフォークダンスを踊るはめになった、なんてことは許されない。

男子が現世の営みに参加するときには、必ず女子ひとりをエスコートして現れるし、女子がひとり退場する際には、必ず男子ひとりもお供をするんだ。

電子の例では、ひとつの陽電子(+)は、必ずひとつの電子(-)とペアになっている。

だから、消滅するときも生成されるときも、両者同時となる。

これで電荷は相殺され、自然界における数字上のバランスも保存されるわけだ。

ただ、ニュートリノというやつには、電荷がない。

もともと±0なんだ。

だからここでは、ふたつのニュートリノが同時に発生する、と暫定的に考えてほしい。

さて、そんなことよりも重要な問題が、このニュートリノたちはいったいどこから降臨したのか、という点だ。

なにしろ、なにもないところから突然に飛び出してきたんだから。

これは実は、まるきり無からの出現というわけではなく、エネルギーの質量化といえる現象だ。

エネルギーが?ものに?・・・と、きみは不可解に思うにちがいない。

だって、エネルギーって、姿かたちも、手触り感も、なにもないはずだよね?

それが物質に変わるなんて、仙人がかすみを集めて握りしめたら玉(ぎょく)となりました、みたいに奇妙な話ではないの。

そんなことが本当に起きたら、「存在」の哲学的な意味さえおびやかしかねない大事件だ。

だけど、このへんはまた後の「E=mc2」のところで説明するから、今はそっとしておいてほしい。

とにかく、とても大きなエネルギーが集中し、ひとつの確固たる「もの」へと変身した。

素粒子とはこういう生まれ方をするんだ。

そして生まれる際には、ひとり(片方、といったほうがいいかな)きりではなく、相方を伴ってちょっきりプラマイの勘定が合うように発生する。

そういうシステムに、自然界ではなっているんだった。

まあ素直に納得するのは難しいかもしれないけど、とりあえずは「素粒子とは突然に現れたり消えたりするものなんだな」「しかも必ずふたり対になって」とだけ、無理やりに飲みくだしておこう。

人間が感知できないほどの極めて小さな世界では、本当にそんな不思議な、四次元・・・どころか、高次元の扉があるんだよ。


さて、天体内の風景に戻る。

突如として、虚空の世界からニュートリノと反ニュートリノが対になって出現したんだった。

その数たるや、おびただしい。

困ったことに、こいつができたてのエネルギーをくすね盗っては、天体の外に持ち出してしまう。

このニュートリノというのは、実体(質量)があるんだかないんだかよくわからないようなやつで、どんな物質をも、するーん、とすり抜ける、オバケ素粒子だ。

強い力も電磁力も「カンケーないねっ」とうそぶき、星だろうが、人間のからだだろうが、まるでそこにはなにもないかのようにスルーしていく。

これでは、ギュウギュウにせめぎ合う部屋の中で、泥棒にだけ抜け道が用意されているようなものだ。

そのせいで、つくってもつくっても、エネルギーは天体全体に行き届かない。

エネルギーが行き届かないと、天体の膨張力は衰えてしまう。

なのに、天体の全体重は否応なく中心部に向けてのしかかってくる。

原子核たちのバクハツ効果は、いよいよその重みを内側から支えきれなくなってきた。

収縮の力にあらがえない。

巨大天体は、つぶれてしまうんだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る