第32話・酸素

炭素を生み出す、ヘリウム原子核×三個という新たな核融合によって、天体はまたエネルギーをみなぎらせはじめた。

薄ぼんやりと赤焼けたような色だったのが、再びまばゆく光りだし、ぐずぐずと崩れつつあった表面の組織も、きりりと張りを取り戻す。

ヨボヨボで死にかけていた老体から、劇的な現役カムバックだ。

しかも、ヘリウム原子核三つ分を含む炭素原子核は、四つめの・・・つまり次のひとつのヘリウム原子核と簡単にくっついてくれる。

核融合!

光と熱の放出。

こうしてなんとなんと、待ってましたとばかりに、元素界の千両役者「酸素」原子核が登場だ。

なんてありがたいことだろう。

酸素がなきゃ、われわれ人類は生きちゃいられないんだから、こいつの誕生ほどうれしいことはない。

思わず息を呑む(酸素だけに)興奮を覚えないか?

ここいらでいよいよ、各種元素のレゴブロックを組み合わせて、「生物」をつくりだせそうな雰囲気が漂ってきたわけだ。

人間の肉体の組成は、水素、炭素、酸素でほとんどのパーセンテージを占めているからね。

空っぽの宇宙から、じょじょに生命への素材がそろいはじめたぞ。

・・・とは言っても、そんな大事件はまだまだ先の話だけどね。

がんばれ、元素。

もっともっといろんなものを生み出せるぞ。

だけど、のんきなことを妄想していられるのもここまでだ。

これらの結合によるエネルギー供給の際に、天体が核融合炉としてホカホカと機能してくれるのは、ほんのわずかな時間だけなんだ。

燃料となるヘリウム原子核が、水素ほど多くは調達できない上に、ヘリウム→炭素→酸素と、いかつく結合を進められる原子核ほど、数は少なくなっていく。

さらに、これら上級の原子核による核融合反応は、水素→ヘリウム経路によるものの一割程度しかエネルギーを放出してくれない。

たちまち燃料は尽き、炎は勢いを失って、チリチリと下火になりましたとさ・・・って話だ。

天体は、ハラへった~、とぼやきながら、芯の部分をギュウギュウに縮こまらせていく。

内側につぶれていくのが、いよいよとめられなくなっている。

かたや、赤黒くくぐもった外側表面はぶよぶよにほどけて、芯から遠く離散していく。

ギラギラと輝く小さなコアと、まとまりなく散らかっていく表層部。

むすんで、ひらいて・・・

まるでひとつの天体が、種から実をはがされていくかのようだ。

そして、二種類の形態になった各部位は、それぞれに窮地を迎える。

燃料が底を突き、われらがファースト・スターも、ついに命脈尽きたか。

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