第31話・炭素

ヨウシくんは無我夢中で飛びまわる。

そして、ヘリウムたちに呼びかける。

ばっきゃろうっ、目をさませっ!

ぶつかってみろよ!

全力であたってくだけてみろよ!

そうでなきゃ、生まれないものってあるだろ・・・と。

その声に、ヘリウムたちはハッとする。

ハートに火がともる。

こうまで異常な環境になると、いくら結束が強い原子核のユニットといえども、じっとしてはいられないのだろう。

こんな窮屈さには耐えられない。

新しいことをしなきゃ、ぼくらとて後がないぞ・・・と悟ったんだ。

安定していたヘリウム原子核も、ついに重い腰を上げ、激しい衝突をはじめた。

がつんっ・・・ごちんっ・・・

次なる核融合の予感がするぞ。

ところが、これがなかなか難しい作業だった。

ふたつのヘリウム原子核がまともに正面衝突をしても、新しいユニットの結合は生まれなかったんだ。

何度試みても、どういうわけか、だめだ。

素粒子界のスーパースターたちが、プライドを捨て、がむしゃらに暴れ、猛スピードで飛び交い、ガチンコでぶつかり合う。

だけど、なぜだかうまくいかない。

なぜだ、なぜなんだ・・・?

ヘリウムたちの間で、あきらめムードが漂いはじめる。

原子核の、ヘリウムより上へのバージョンアップは不可能なんだろうか?

五人以上の核子メンバーを固める原子核ユニットは、ありえないのか?

しかし、ここでミラクルな衝突が起きる。

ヘリウム原子核が、出会いがしらに、三個同時にぶつかったんだ。

ヘリウム4+ヘリウム4+ヘリウム4・・・

がち、がちーんっ!

この事件を特別に、「トリプルアルファ反応」という。

なんでアルファなのかというと、スーパースターであるヘリウム4の原子核は、特別に「α=アルファ粒子」という名前をもらっているんだ。

なにしろ、彼らはやたらといろんなロケーションに出演してくれるんで、科学者にとっても、アルファ先生、とお呼びしたくなるわけだ。

ヘリウムがらみのネーミングはいちいちかっこよくて妬けるよね、ヘリウムって名前も、太陽の「ヘリオス」からきているし。

とにかく、ヘリウム4の原子核(アルファ粒子)が三方から飛んできて、一点で同時にぶつかり合うのが、トリプルアルファ反応だ。

かっこいいぜ。

だけどこの衝突、かっこいい名前がつくだけの理由があるんだ。

なぜなら、これでいよいよ「炭素」ができるからだ!

あの、焼き鳥屋さんの備長炭や、パスタなどの炭水化物、それに冷蔵庫の中の脱臭剤でも、ダイヤモンドの原料でもおなじみの、炭素だよ。

その生成メカニズムは、こうだ。

ヘリウム4原子核が三個同時に衝突すると、まずその中の二個が合体して、「ベリリウム8」の原子核になる。

だけど、こいつはとても不安定な元素なんで、すぐに解散しちゃう。

解散しちゃう前に、もう一個のヘリウム4原子核が即座に結合する。

さ、ささっ・・・どか、どかーんっ・・・!

か、カク、核融合!

瞬時の早ワザだ。

ヘリウム4(陽子×2+中性子×2)×3。

これでめでたく、「炭素12(陽子×6+中性子×6)」の原子核が誕生する、というわけだ。

ヘリウム二個がくっついて生まれる短命のベリリウムがいなくなっちゃう前に、あわててもう一個がくっつかなきゃならないから、その二段階の結合は、ほぼ同時進行だ。

ちょっとでも二度めの結合が遅れると、炭素原子核はつくることができず、ヘリウム原子核としてはぶつかり損になってしまう。

だからこそ、正確なタイミングの三重衝突=トリプルアルファ反応が必要だったわけだ。

炭素をつくるのは大変なんだよ。

なのにまったく、なんて不思議で精妙な仕掛けを用意しているんだろう、自然ってやつは。

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