第30話・二重構造

水素とヘリウムしかない世の中なんて、つまらないよね。

考えてもみてよ。

もしも世界がそのふたつの素材だけでできていたら、いったいどうなるか。

そこから進化して生まれる宇宙人は、きっとみんな、あのパーティグッズのヘリウムガスを使った「ワレワレハ、ウチュウジンダ」の声になっちゃうよ。

家を建てても、水素を建材として固形化させておくには-259度よりも冷やす必要があるんで、毎日ふるえて過ごさなきゃならない。

スーパーの商品棚に並んでいるのがたった二種類なんて、お母ちゃんが晩ご飯のメニューに悩むことは間違いない。

この天体は、水素しかないところから身を起こして、なんとかヘリウムもつくった。

数十億年もかけてここまでやったのは、実に立派なことだ。

だけど、より彩り豊かな世界をつくるためには、もっともっといろんな素材がほしいところだ。

なんとかこれまでの方法を用いて、原子核のバリエーションを増やせないものだろうか。


ヨウシくんは、つぶれてのしかかってくる天体を内側から支えるために、懸命に飛びまわる。

なのに、われらが希望の星は、すっかり「輝く」という行為をあきらめてしまったかのようだ。

冷めて暗くなっていくのが、ヨウシくんの肌にも感じられる。

それでも、天体の収縮はつづいている。

いや、「天体の実体部分」の収縮、と表現するべきだろうか。

縮んで密度を上げているのは、ヘリウムがたまった最深部のコアと、その周辺の層だけだ。

逆に、外縁の層の水素たちは散らかりつつある。

この天体は、内側に崩れ落ちながら、外側にバラバラになりかけているんだ。

中心部はどんどんと高温、高圧に煮えたぎっていく。

なのに、どれだけ密度が上がっても、温度が上がっても、ヘリウムたちは新たな核融合をはじめてくれない。

ヘリウム4原子核の核子の配置は、あまりにも安定している。

四つの指定席にがっちりとおさまった核子たちは、これ以上の居心地を求めていないかのようだ。

誰も、席をゆずって移動しようとも、また増員の募集をかけようともしない。

そんな中、ヘリウム原子核の定員からもれたヨウシくんは、ずっと独り身で過ごしている。

無我夢中で飛びまわりながら、この停滞した状況をなんとか打破しなきゃ・・・と気が急く。

だけど小さな身ひとつでがんばったところで、肝心のヘリウム原子核たちが動いてくれなきゃ、どうしようもない。

エネルギーを失った天体は、自分の重さでくしゅくしゅにつぶれゆく一方だ。

支える力がほしい。

だけど、核融合なしには、内側からの膨張力がまるで足りない。


このときの天体の内部構造は、中心部に重いヘリウム原子核が芯を形成し、その周囲を水素原子核が高密度に取り巻いて、卵の黄身部分のようなコアとなり、いちばん外側をふわふわの水素原子(水素原子核に電子が結びついたもの)が包み込む、というものだ。

みしみしにせめぎ合うコアの部分は、ものすごい熱をこもらせながら、煌々と輝いている。

なのに外側の層は、光と熱エネルギーが宇宙空間へと放出されつづけるために、密集力を失ってほどけつつあり、赤焼けたような炎を鈍くともすばかりだ。

ひえびえと冷めゆく天体は、外見をぼんやりと巨大にふくらませていく。

その姿はまるで、大きな赤い星の内側に、小さな白い星を閉じ込めたかのようだ。

天体の二重構造が進んでいるんだ。

その分離はさらに進む。

最深部の一点で、圧縮ともいうべき現象が進んで、ヘリウムが緊密に固められていく。

そこは、のっぴきならないほどの高圧と高温状態だ。

水素原子核が核融合を開始したのは、1千万度というラインだった。

それが今や、天体の中心部は、1億度に達しようとしている。

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