第27話・輝く星

小さな原子核がぶつかり合って、くっついて、どんどんとバージョンアップしていく。

この天体が、自然現象を駆使する「新素材製造装置」だということがはっきりした。

だったら、もっともっと新しい元素をつくってやろうじゃないの。

・・・とばかりに、陽子たちは相手を見つけては、じゃんじゃんとぶつかりはじめた。

大質量の密度による圧力は強烈、温度は激烈。

環境は申し分ない。

陽子と陽子が衝突。

片方の陽子が中性子に変わる。

核融合!

陽子と中性子がくっついて、重水素になる。

質量が欠損、そして結合エネルギーがフルパワーで開放される。

光と熱の放出。

同時に吐き出された陽電子もまた、電子と対消滅する際に、猛烈なエネルギーを置き土産にしていく。

光と熱。

新しく組みあげられた重水素は、別の陽子を捕まえて、再び核融合。

三人組原子核、ヘリウム3が生成。

そして光と熱。

ヘリウム3とヘリウム3が核融合。

ヘリウム4が生成され、陽子二個が追い出される。

エネルギー放出。

光と熱。

光と熱。

光と熱・・・

天体の芯で、延々とこの作業がくり返される。

陽子四個が、結果としてヘリウム4の原子核になるわけだけど、この間の質量欠損は、0.7%だ。

これはわずかな数値に見えるかもしれない。

だけど、例のE=mc2における「光速の二乗」をかけ合わせると、とてつもないエネルギー量になる。

結合エネルギー=核融合パワーは、ほんの少しの質量を、爆発的な光と熱に変えるんだ。

今までぼんやりと宇宙を漂うだけでなーんにもできなかった水素原子核(陽子)たちが、こんなにすごい力を持っていたなんて、驚きだ。

そのうえに、もっと驚くことがある。

水素たちがほわほわと集まっただけの、頼りないかすみのようだったわれらが最初の天体の、今の姿を見てみて!

からだを丸めてみっしりと固まりながら、中心部の原子核たちの炸裂の領域をふくらませている。

ふところで起きているそのおびただしい爆発のおかげで、天体全体にパワーがみなぎっている。

そして今やそのからだが、光を放ちはじめたんだ。

さらに、熱も発散している。

光り輝き、燃えさかるその姿は、ついに「星」と呼んでいい体裁を整えつつある。

まさしく、希望の星ではないか。

なんたって、このなんにもないまっ暗な宇宙で、はじめて輝きはじめた星なんだから。

この感動的な風景を思い浮かべることができるかな。

思い出してほしいのが、初期の宇宙の風景だ。

見渡すかぎりに、強烈な光に満たされていたっけ。

ビッグバンの瞬間に発生した、光の洪水だ。

だけどその光は、宇宙空間がひろがるにしたがって、散り散りに薄められていった。

さらに、果てしないといっていいほどにひろがると、光は、電波というかすかな姿で存在するにすぎなくなった。

つまり、この広大な宇宙から、光はほぼ消えてなくなり、世界は暗闇に閉ざされてしまったんだ。

無数の星がまたたく夜空を見慣れているわれわれ人類には想像もつかないほどの、あまりにもなんにもない、暗黒の空間だ。

「無」の風景、といっていいかもしれない。

だけどそこには、実は小さな小さな水素が、点々とだけ存在していたんだよね。

それが漂い、長い長い時間をかけて集まって、ガスのかたまりをつくった。

そしてもっともっとたくさん集まって、もくもくと大きな天体をつくった。

その「宇宙史上ではじめて築かれた物体」は、小さな小さな力を合わせることによって固められ、しぼられ、練りあげられた。

そして今、ついに輝きを放ちはじめたんだ。

巨大にして、あまりにもまばゆい、光の玉となったんだ。

自然がつくった奇跡の存在、といいたくなる。

思い浮かべてみてよ。

この広い宇宙に、たったいっこきり、まあるい天体が浮かんでいる風景を。

そして、なんにもない宇宙空間に向けて、煌煌と光を放っている姿を。

なんのために?

わからない。

だけど、とにかくそれは起こったんだ。

まったく、信じられない出来事だ。


確かに、驚くべき風景・・・いや、光景だ。

だけどヨウシくんは、その輝きを外からながめることができない。

なぜなら、彼はまさにその天体の中心部で働いているからだ。

自分たちの集合体が、まさかそれほど壮大なスペクタクルを生み出しているなんて、想像もつかない。

それでもなんとなく、自分たちの役割の重要さは理解しはじめている。

これは、輝きに満ちた仕事だ。

地味で苦しくはあるけどね。

ぶつかる、すり減らす、爆発する、くっつく、追い出される、またくっつく・・・

熱くても、せまくても、がんばる。

新しい仲間を増やすぞ。

この世界を豊かにするぞ・・・

その一心で、ヨウシくんは身を粉にする。

こんな作業を、何十億年もくり返す。

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