第21話・β崩壊

ヨウシくんは、もうひとりの別の陽子と衝突してしまった。

どっしーん・・・!

スピードがのりきった、ものすごい勢いで。

しかも、真正面同士でだ。

ジャストミート、芯を食う、ってやつだ。

こうなると、ついにクーロン障壁(バリア)までをも突破して、むき身の陽子同士が極限まで近づき合う。

お互いの鼻先が触れ合おうかという、すぐ間近な距離だ。

そのとき、絶妙のタイミングで、強い力が介入してきた。

ビビビーッ!

+同士の電荷の反発力をものともせず、お互いを引き寄せ、結ばせ、もう離れさせない、というほどの、強烈な引力の発動だ。

それは、接着力とさえ言いかえてもいい。

なにしろそのくっつきは、核(原子核=この場合は陽子×2)が融合(とけ合う)する、とまで表現されるほどなんだから。

ヨウシくんと相手の陽子との距離は、わずか1兆分の1ミリ・・・ちょうど自分のからだひとつ分くらいだ。

そのラインを越えた途端に、強い力は強い力を発揮するんだ。

すると、今まではじき合っていたのがウソのように、ふたりは熱烈に引き合い、触れ合い、ひとつにとけ合おうとする。

ギュギュ~・・・

強い力のワナにはまったヨウシくんは、もがく。

やだやだ、男同士(+電荷同士)でなんかくっつくもんか・・・と。

このときヨウシくんは、相手の陽子の股間を蹴っとばすかなんかしたんだろうね。

き、きんっ・・・!

すると、不思議なことが起こった。

相手の陽子が、「陽電子」と「ニュートリノ」いうふたつのタマを・・・いや、素粒子を吐き出したんだ。

そして、さらに不思議なことが起こった。

相手の陽子が、なんと中性子に変身したんだ!


話は佳境だけど、ここでまたヤボな説明を入れなければならない。

現象のつじつまを合わせるために、どうしても必要な説明なので、がまんしてほしい。

ふたつの陽子がぶつかった。

片方は無事だったけど、もう片方の陽子からは、二個の素粒子が飛び出した。

その飛び出した中の一個が、陽電子だ。

陽電子とは、マイナス電荷であるはずの電子(いわば女の子)が、なぜかプラスに荷電(男の子)した、いわば鏡の中の電子ともいうべきものだ。

顔立ちも性格も電子とそっくりなのに、性別だけが逆というわけ。

こうした、「真っ当な物質」の電子に対する「あこぎな物質」である陽電子のような存在を、「反物質」という。

さて、件の衝突事故だ。

反物質である陽電子(+)は、ぶつかった衝撃で、片方の陽子のからだから抜け出した。

ところがすぐに、そこらにいる電子(-)と結びつき、ふたりでもって「対消滅」してしまう。

対消滅というのは、物質と反物質が出会ってすぐに恋に落ち、一緒になった途端に心中してしまう、というはかない現象だよ。

消滅、という言葉通りに、+と-とがセットで、この世から姿を消してしまうんだ。

そのチャラによって、自然界が電荷のプラマイの勘定合わせをするんだね。

このへんの事情は、話には直接に関係はないから、読み飛ばしてもらっていい。

さて、ここで語るべきは、今回の衝突事件における最も重大な影響だ。

陽電子に逃げられた陽子のからだに、大変な問題が起きる。

+1の電荷を持ち去られたせいで、なんと陽子は電荷を失ってしまうんだ。

陽子(+1)-陽電子(+1)=中性の粒子(0)

中性になった陽子は、もはや陽子とはいえない。

それは、オカマちゃんである中性子だ。

陽子が、なんと性転換して、中性子に変わるんだ!

こんなことってあるのかな。

だけどそれは、自然界の苦肉の策だったにちがいない。

陽電子がなぜ陽子から+1の電荷分を持ち去るのかというと、それは、ふたつの核子を結合させるためだ。

陽子ふたつを、+に荷電したままの形でつき合わせることはできない。

見てきたように、あまりにも激しく反発し合うからね。

だから陽電子は気を利かせ、自分の身を犠牲に(ついでに電子も道連れに)して、宿主だった陽子を中性電荷に変えてみせた、というわけなんだ。

こうして、+の電荷がなくなった片方の陽子は、電荷0の中性子になる。

この一連の流れを、β+(ベータプラス)崩壊、という。

逆に、中性子が陽子に変身するときには、電子(と、反ニュートリノ)が放出される。

こちらはβ-(ベータマイナス)崩壊だ。

βというのは、お察しの通り、電子のことだよ。

このやりくりによって、原子核は複数の核子を集めた状態でも安定でき、しかも世界全体の電荷バランスもプラマイ平衡のラインで保存される、というわけだ。

一方のニュートリノは、エネルギーのおつりみたいなもので、反ニュートリノはその反物質だ。

ニュートリノ放出は、エネルギーの保存の方に深く関わってくるんだけど、くわしい説明は省くので、こちらも興味があったら自分で勉強してね。

最後に、強い力は、クォーク(ひいては、陽子と中性子)にのみ作用する、と説明したのを覚えているかな。

電子・陽電子やニュートリノは、クォーク由来じゃなく、それ自身が素粒子だ。

だから、放出されたそれらは、強い力には反応せず、平気で飛び去ってしまうんだ。

磁石にくっつく金属と、ぜんぜん反応しない金属があるようなものかな。

不思議なルールだね、素粒子の世界。

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