第13話・分子

とても不思議だ。

そして、とても巧妙だ。

水素原子は、プラス電荷の原子核(陽子)を中心とする大きな軌道を、マイナスに荷電した電子がくるくるとまわっている。

陽子は内側の一点に引きこもっているため、外表面で身をさらしているのは電子(の周回)だ。

だとしたら、ふたつの水素原子が近づき合うと、触れ合う接点にくるのは電子と電子で、つまりマイナス対マイナスではじき合ってしまいそうだ。

なのに、そうはならない。

原子は、プラスのパーツとマイナスのパーツが各箇所に配置され、それぞれが独立に荷電している、というわけじゃない。

全体ひとからげで、プラスとマイナスとがひとつになり、差し引きゼロというまったくの中性になっているんだ。

電荷をチャラにして、いわば問題を起こしそうな性格を隠した状態だ。

だから、ふたつの水素原子AとBが近づき合ったとしても、ケンカをすることはない。

両者は接近し、ついに触れ合うときがくる。

すると、また不思議なことが起きる。

なんと、水素原子Aに組み込まれた電子(-)が、相手Bの陽子(+)を電荷の引力=クーロン力で引き寄せ、逆に水素原子Bの電子(-)も、相手Aの陽子(+)を引き寄せはじめるんだ。

あっちの女子がこっちの男子を、こっちの女子があっちの男子を・・・と、ふたつの電子が、お互いの相方の陽子を誘惑し合うわけだ。

もちろん、自分のパートナーの陽子もしっかりとキープしながらの話だ。

まったく、女子ってやつは。

そうして相手を絡め取り、ふたつの電子(-)が協力して、ふたつの陽子(+)をヒョウタン形に閉じ込めてしまうんだ。

AとBの陽子同士は、どちらも+に荷電しているので、お互いにはじき合おうとする。

だけど、ふたつの電子(-)が協力し合って、仲の悪いふたつの陽子(+)をやさしく包み込み、適度な距離を保って対面させてくれる。

そうこうするうちに、ふたりの男子はいがみ合いをやめる。

それどころか、女子たちにほだされる形で、なんとなく居心地よく安定してしまう。

その間、ふたつの電子(-)は、絶対に触れ合わない場所をすれ違いに飛び交うので、女子同士のぶつかり合いもない。

反発し合うもの同士の、奇跡の共存。

これをラヴ&ピースと言わずしてなんとする。

原子って、なんて巧妙なレゴブロックなんだろう。

こうして、カシーン、と噛み合い、水素原子ふたつは「水素分子」に、つまり、少し大きくまとまった水素のひとかたまりになるんだ。

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