第9話・万有引力の法則・1

ヨウシくんとデンシちゃんは手をつなぎ、スッキリと晴れ上がった宇宙へと新たに旅立った。

ずっとひとり旅だった陽子くんにも、すてきな相方ができたというわけだ。

ふと気づけば、周りでもたくさんの陽子がたくさんの電子と結び合い、たくさんの水素原子ができている。

まるで「フィーリングカップル100対100」みたいな雰囲気だ。

仲間は次々と増えつづけ、宇宙空間がにぎやかになっていく。

まだまだ、あちらにぽつり、こちらにぽつり、という状態ではあるけど。

考えてみれば、宇宙空間がひろがるにしたがって、一容積あたりの粒子の密度はスカスカになってしまうんだね。

なにしろこの頃では、1立方センチあたり、水素原子20個くらいが点在しているだけなんだ。

十分じゃん、と思うかもしれないけど、のちに形成されるわが地球の大気が、同じ1立方センチあたり、3千京個(3千万×1兆個)もの気体分子を含んでいることから思うと、そのさびしい感じはよくわかるんじゃないかな。

宇宙はほとんど、がらんどうといっていい。

そのままぼーっとしていたら、絶対に誰とも遭遇しない、というほどのお互いの隔たりだよ。

水素原子は小さすぎ、逆に宇宙は大きくなりすぎているんだね。

それでも、もうぼくはひとりぼっちじゃない・・・と心強く思うヨウシくんなんだった。


さて、陽子と電子がくっつくと、ふたりになった分だけ質量がふくらむ。

すると、例の「万有引力」というシステムが力を発揮しはじめる。

ニュートンさんが発見したこの有名な法則は、誰もが知っている・・・と思っているにちがいない。

だけど、きみが考えている万有引力ってどんなものだろう?

「リンゴが地球に向かって落ちるやつ」って感じのものだとしたら、少し問題がある。

ここはきちんと理解してもらいたいので、いったん宇宙の様子から離れて、万有引力の法則の意味するところを説明させてもらおうかな。


ある日、ニュートンさんは芝生の上に寝そべって、リンゴの実が木からぽとりと地面に落ちるのを見た。

寝そべっているから、横向きの画づらだ。

それがニュートンさんには、「地球とリンゴがくっつき合った」と見えた。

「リンゴが一方的に落ちた」と単純に納得しないところが、ニュートンさんの優れたところだ。

両者がくっつき合った・・・すなわち、地球がリンゴを引き寄せるのと同時に、リンゴもまた地球を引き寄せたんじゃないか・・・と彼は解釈したんだ。

もっと大胆に、「地球もまたリンゴに向かって落ちた」という言い方もできる。

だけど地球の方が重すぎる(質量が大きすぎる)ために、このケースでは、リンゴが地球側に引き寄せられるように見えただけなのかもしれない。

だとしたら、地球対地球ではどうなるか・・・?

そんな考えを念頭に、ニュートンさんは空を見上げてみる。

夕刻で、太陽が沈みつつある。

月が昇り、星もちらほらと輝きはじめている。

その時代までの宇宙観は、キリスト教の影響もあって、地球は宇宙の中心に位置している、というのが一般的だった。

そして、宇宙の中心たる不動の地球における、そのまた中心部(はるか地下の一点)が宇宙の「真の中心」なんだから、すべてのものはそこに向かって引き寄せられている、と考えられていたんだ。

それこそが引力なのだ、と。

また、宇宙の構造の理解も、神話的だった。

空には、神様がおつくりになった「天球」というドーム屋根が張られていて、星ぼしが散りばめられている。

天球の内側には「黄道」というレールが敷かれており、太陽はその上を一日に一回運ばれる。

運行の歯車は、バックヤードで天使がまわしている。

・・・そんな古典的な考え方が支配的だった。

だけどニュートンさんあたりの時代にもなると、もう少し洗練された宇宙観が出はじめていた。

天球がまわることで、頭上を星が移動する(天動説)わけではなく、この地球自体が回転している(地動説)ために、星空や太陽はぐるぐるとめぐって見えるのだ・・・と、そんな論理的な理解が進みつつあったんだ。

観測データから、太陽はぽっかりと空に浮いていて、その周囲を、水星、金星、火星、木星、土星などの惑星がまわっている、ということもわかっていた。

それらが、円運動ではなく、楕円軌道を描いているということも。

だけどそれでもなお、この地上のルールとは別に、天上界のルールが独立して存在し、星ぼしの運行は神様が司っておられる、とも考えられていた。

だって、あれほどまでに大きなものがずっと宙に浮かんでいられるなんて、この地上のルールでは説明がつかないからね。

地球の中心には、地上の万物を引きつける一点が間違いなくある→なのに、空に浮かぶ星ぼしはそこに向かって落ちてこない→ゆえに、地上界と天上界のルールは別ものと考えるしかない・・・というわけだ。

だけどニュートンさんは、まったく新しい発想をした。

あの星ぼしの動きって、リンゴと地球みたいな関係なんじゃね?と。

リンゴの落下の法則って、宇宙にも応用できね?と。

ニュートンさんの思考実験がはじまった。

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