第6話
卒業式が終わり、3年生が卒業して行った後の校舎は、土曜日ということもあるのだが、部活をやっている生徒の掛け声が聞こえるが、どこかしら閑散とした空気が漂っており、夏生はどこか寂しい気持ちに襲われる。
(俺は確かにここにいたんだよなぁ、数日前までは……)
駆け抜けた廊下と、相合い傘の落書きの残る壁を見ながら、夏生は前の教室である3年B組に足を進める。
「あれっ? 夏生さん」
卒業式のライブをやる前に、体育館の待合室で龍平にラブレターを渡した下級生が驚いた顔つきでいる。
「やぁ、忘れ物しちゃってね、取りに戻ってきたんだよ」
「そうなんですね、龍平さんに宜しくです」
元気が良く廊下を駆け抜けていく、龍平の待ち人の後ろ姿を見て、元気がいいなと心でため息をつき、教室に入る。
一番前の席が夏生の席であり、隣が春子であった。
生物の息吹が聞こえなくなり、乾いた空気が立ち込める、誰もいない教室に夏生は変な違和感を感じながら、机の中に手を入れ、ピックを手にしてバッグの中に入れる。
「んん?」
夏生はふと、黒板を見やると、ある文字が目に飛び込んでくる。
『ずっと好きだったよ お互いの夢が叶ったらまた再会しましょう 春子』
「……!」
軽音楽部の練習している音が、夏生の耳に聞こえ、得体のしれない熱いものが胸にこみあがり、ピックを強く握りしめる。
♫♫♫♫
K高校の体育館の待合室に、夏生と龍平が椅子に座り、煙草を吸いながらギターを軽く指で鳴らしている。
「俺達もとうとうビッグになったな……」
夏生はため息をついて、煙草を灰皿にもみ消す。
「あぁ、長かったな……」
龍平もまた、ため息をつき、ペットボトルの水を口に運ぶ。
それぞれ、音大と音楽の専門学校に進学した夏生と龍平は、進路は別々に離れてしまった。
夏生が20歳になり、実家に帰省して成人式で龍平と再会を果たす。
龍平は専門学校を卒業してから特にやりたい進路は決まっておらず、フリーターの日々を送っていたのである。
音大を卒業した夏生は、龍平と本格的にバンド活動をすることとなり、YOUTUBEで曲を流していたら大手音楽会社の重役の目に留まり、すぐさまデビューを果たし、10年近くの年月が流れ、晴れてメジャーとなった彼等は、母校であるK高校の文化祭に招かれて、ライブをすることとなったのである。
「なぁ、俺に紹介したい人って誰だ? てかあと1時間したらライブが始まるのだが……」
夏生は時間を気にしているのか、さっきから時計を見ている。
「まぁ、もう少し待ってろ」
(なんかこの場面どこかで見たことがあるなあ……あれは、18歳の時の夢だったか……うーん、なんか思い出せねーな……)
ドアがノックされて、彼等ははいと返事をする。
「誰だ?」
扉が開くと、髪が長い、30代前半の肌艶の凛々しい面構えの女性が彼等の目の前で立っている。
「……春子?」
「まぁ、そんなところだ。ゆっくりとな……」
龍平は呆気に取られている夏生の肩を叩き、ギターを片手に部屋を出ていく。
「久しぶりね、夏生……」
「春子、お前今まで、一体何を……? 確かお前は、海外へと行ったはずでは……?」
夏生の最後の記憶では、春子は海外に引っ越すことになったとしか聞いていないのである。
春子は久しぶりの再会に顔を綻ばせ、夏生の隣の席に座る。
「私ね、海外の大学へ入って、法学を勉強して、向こうで弁護士やっててね、おばあちゃんが亡くなって、日本に帰って来て、弁護士やりながら国会議員になったのよ。龍平とはね、前にTwitterで知り合って、今日の事を聞いて、ここに来たのよ」
「え!? じゃあお前は夢を叶えたんだな!」
春子の夢は、政治家になりこの国を変える事であり、彼女の能力では難しいだろうなと夏生達は思っていたのである。
「ええ、ねぇ、昔私が書いた黒板の文字、覚えてないよね? てか、見てないか」
「馬鹿野郎、覚えてるよ!」
春子は立ち上がり、夏生を見つめる。
「な、何だよ……」
「ねぇ、夏生、私と付き合ってくれない?」
「え……? てかよ、お前さんだけ綺麗だったら結婚とか楽勝にしてそうなんじゃ無いか?」
「うーんとね、私バツイチなのよ。子供はいないわ。ねぇ、……ダメかなぁ?」
「馬鹿野郎、いいに決まってるだろうが!」
夏生は、春子を思いきり抱きしめた。
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