彗星

夜依伯英

第1話(完)

 夏が終わる。俺の青春も終わった。寂しさに浸りながら、酒を飲む。こんなとき、君が居てくれたなら。そんな想いに身を委ね、俺はペンを取った。遺書を書くつもりだったが、結局何も浮かばずに放り投げてベッドに倒れた。


 俺は、あの人に救われていたんだ。どうしても辛いときに甘えさせてくれた、彼女に。俺が負担になってしまったのだろうか。なってしまったんだろうな。そんなことを言ったら、きっと彼女はそんなことないって笑うだろうな。優しい人だった。


「会いたいな……」


 俺にしては珍しく独白。帰国すれば会えるのだろうか。バーミンガム国際空港へと向かう為に行った空港。彼女には時間を教えなかった。俺は彼女が好きだったから、一緒に居るべきじゃないと思った。俺は、逃げたのだ。俺が彼女に恋をしていて、それがきっと叶わぬものであるという現実から。彼女には俺なんかより相応しい人が居る筈、だなんて自分の心に蓋をして、俺は逃げた。

 あれから6年が経っても俺は彼女が忘れられなかった。酒や煙草や、他の女に溺れても、心に開いた穴にははまらなかった。


 そんなある日の朝のことだった。テレビをつけ、国営放送を見ると合衆国の大統領が写っていた。


「大変悲しいことだ。航空宇宙局も全力を尽くしたが、運命を変えることはできなかった。2日後、地球は滅亡する。隕石によってだ。大量の彗星が地球に衝突し、我々は滅びる」


 俺はテレビを消すと、リモコンを放り投げた。やっと、この世界から解放されるんだ。その喜びだけが俺の心を占めた。死ぬ喜びに打ちひしがれた。


 俺は、このまま寝ることにした。彼女への想いも、死ぬことで散ってしまう。



 目が醒めると、2日後の午後10時になっていた。随分と長く寝たものだ。ここから寝ることは出来ないだろうし、どうやら俺は起きた状態で世界の終わりを見るらしい。部屋のカーテンを開けると、空が生きているかのように、星が流れていた。流星群というものを見たことはないが、きっとそれよりもずっと美しい。

 ——彼女に会いたい。

 最期に、そう願ってしまった。星に願ってしまった。


 奇跡とは、起こるものだ。誰かに肩を叩かれ振り返ると、そこに彼女が居た。誰もが見通せる、でも決して起こりえないシナリオ。それが、俺の身には起こったのだ。


「全部終わっちゃう前に、君に会いたかったの」


 彼女は笑った。馬鹿だった。死なんて望んでいる暇があったら、彼女に会いに行けば良かった。こんな、死を目前としてではなく、普通に、彼女に会いたかった。なんで、会いに行かなかったんだ。


 気づいたときには、俺の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。彼女は、あの頃と変わらない優しい表情で、俺を抱きしめてくれた。全てが満たされた気がした。


「……大好きだよ」


 彼女は俺に、そう言った。俺たちの直上で彗星が俺たちを照らしていた。

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