2016年【隼人】42 正義の味方があらわれた

「隼人!」


 遥の悲痛な叫び。

 飛び立とうとした意識をどうにかこうにか、隼人は精神につなぎ止める。


 大丈夫、大丈夫。

 こんなもの、屁でもない。

 撫子のデコピンにも劣る。


 だが、強がりを言葉にする余裕はなかった。

 息苦しい。

 自分の荒い呼吸がうるさい。だが、それ以外はなにもなかった。やけに静かだ。


 もしかして、やり過ぎたとでも後悔してくれたのか、攻撃の手も止まっている。

 血のせいで滲む目を開く。

 不良連中は隼人ではなく、別のなにかに意識を向けていた。


「やめろ、お前ら!」


 校舎裏に響いた声は、体操服姿のイケメンが発したものだ。


「誰かと思ったら、生徒会長様じゃないか」


 倉田和仁は、歩みを止めない。

 不良に自ら囲まれても涼しい顔をしている。


「おいおい、なにしに来たんだよ? 授業をサボるって、会長様も不良か? あ?」


「知らないのなら、覚えておけ。彼女とその親友を助ける以上に、重要な授業なんてないんだってな」


 諦めの悪い弱者が強くなる前に、正義の味方があらわれた。

 ピンチに誰かが助けにきたら、隼人は雑魚のままだ。

 それでも、遥が助かるのならば、別にいいか。


 殴られても耐えることしか出来ない隼人とはちがう。

 本当の正義の味方は強い。だから、好きな女も、その親友も簡単に助けられるのだろう。


 さぁ、見ものだ。

 そんな風に完璧な奴が、本当にいるのか。


 隼人が寝返りをうつと、口から血混じりの涎がたれていく。

 それが糸を引いて地面に落ちる前に、不良が三名倒れて動かなくなった。


 その中の一人が有沢だ。

 おかしくないか。

 このリンチの中、有沢は最後まで隼人を殴らなかったのに。

 それが正義の味方のすることかよ。畜生。


「大丈夫か、有沢」


 近くに転がった有沢に声をかける。

 彼は苦悶の表情のまま、舌打ちをした。


「しゃべりたくないんだったら、せめて首を縦か横に振ってくれ。お前もきいたよな。あいつが、倉田が、彼女って言ったよな。それって、遥のことなのか? それとも、オレは聞き間違えたのか? なぁ?」


 有沢は閉じていた目を、ゆっくりと開ける。

 まばたきでイエスノーの意思を伝えてくれるとしても、イエスの場合、何回まばたきをするとか決めていない。

 そんな間抜けなことを本気で考えてしまうほど、いまの隼人は動揺している。


 もっと単純なことを有沢は伝えようとしている。

 痛みに耐えながらも目を開けた。

 それは、首の向きで意思を伝えるのではなく、言葉にするための前動作だ。


「お前の聞き間違えだ。殴られすぎて、耳がおかしくなったんだろ」


 優しい嘘を口にした有沢は、また目を閉じた。

 殴られた箇所をおさえて、小刻みに震えている。


 友達がぶっ飛ばされたというのに、いまの隼人は倉田を睨むことしかできない。


「逃げるなよ。謝罪もするな。悪は許されないのだから」


「この人数相手に強がってんじゃねぇぞ、おい。お前ら、浅倉殴って準備運動は終わってるだろ」


 再来さんは、イケメンの生徒会長にムカついているようだった。

 嬉しそうに殴りかかっていく。

 自分よりも身長も体重も上の相手を、倉田は軽々と投げ飛ばした。


 さすが、遥の彼氏だ。

 颯爽とピンチに登場するだけでも、かっこいいのに。

 不良連中をバッタバッタと投げ飛ばしていくとは、どこまで完璧さをアピールしたいのだ。


「体育の授業に出ていないのか? 柔道で受け身の方法を習っただろ?」


 これを余計なお世話と言わずして、なんという。


 そもそも、誰が不良を倒してくれって頼んだ?


 いまは、もっと殴られたい気分なんだ。

 遥の彼氏に助けられるぐらいならば、殴り殺されたほうがマシだ。

 だが、願いは叶わない。


 正義の名のもとに、悪は滅びようとしている。


 いや、待て。有沢を倒した奴が、正義だと?

 認めない。


 こいつが正義ならば、隼人は悪で構わない。

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