2016年【隼人】41 二人が揃えば大逆転は起こせる

 あの日は、キスをしてからは誰も遥をいじめなかった。


 平穏な時間が流れたことで

「これだったら、明日もちゅうしようぜ」

 と、冗談を言いながら、隼人は遥とともに家に帰っている途中だった。


 コトリが声をかけてきた。

 女子二人で何か話したいことがあるというコトリの申し出に、遥は応じた。


 会話内容が、ほとんど聞こえない位置で隼人は待っていた。

 別れ際、遥はコトリちゃんと、コトリはハルと、お互いのことを親しげに呼んだ。

 二人の笑っていた顔が、いまでも印象に残っている。


 もともと、二人は仲がよかったのだと、その時に思い出した。

 後日談ではあるが、コトリは次の日から、髪を染めていた。


 新しいものが好きなガキどもは、コトリの机を囲むように集まっていた。

 いじめよりも面白いものを知った連中の意識は、簡単に別のところへうつる。


 なにかが似ている。

 校舎裏の不良たちにも変化が訪れている。


 あのときは、遥のイジメからコトリのオシャレに、空気は姿を変えた。

 中心が遥からコトリに変わったが、いまはその逆。

 コトリから遥へ。


「よし、有沢が終わったら、順番関係なくして、第二ラウンドといくか。で、浅倉が膝をついたら、アタシじゃなくてハルが相手するっていうことにしよう」


「え? 何の話?」


「耳を貸すな、遥。最低な話だ。とにかく、逃げろ」


 隼人は痛む体を動かす。

 遥の元まで距離としては近い。

 だが、助けに行くとなると、障害が多い。


 不良連中がバリケードのように行く手を阻んでいる。

 人の壁の隙間を探しているうちに、コトリの「捕まえた」という声が聞こえた。


「みんなー。新しいご褒美の確保は終わったから。さっさと茶番は終わらせてね」


 有沢が殴る前から、第二ラウンドは開始となる。

 手近な奴から、順番や回数のルールもなく、隼人を殴ってくる。

 連続の攻撃に足がふらつく。

 膝をつきそうになったが、皮肉にも別方向からの攻撃がそれを阻んだ。


 これこそが、リンチだ。

 幾つもの手が止めどなく隼人の体を痛めつける。

 両腕で防御しようにも、どうしても無防備なところはできる。

 ならば、この二つの拳をもっと有効的に使うべきだ。


 こちらからは手を出さないつもりだった。

 今日で面倒ごとを終わらせたかった。

 でも、そんなことは言ってられない。


 遥を救う。


 握った拳を振り回す。

 よけられた。

 当たれば人を殺せたかもしれない攻撃も、空を切れば蚊に刺されたほうが、威力は高い。


 それどころか、振るった拳の勢いに隼人自身が翻弄される。

 リングアウトするように、不良に取り囲まれた隙間から飛び出す。

 そのまま回転するような勢いはおさまらず、転んでしまう。


「おいおい、自分で膝をつくってなんだ。どこまで、ハルとセックスしたいんだ」


 野次るコトリは、遥の腕を掴んでいる。

 後ろ手を拘束されたことで、遥の自由は奪われている。


「てめぇ」


 頭に血がのぼる一方で、隼人の体からは力が抜けている。

 こけたことで、緊張の糸が切れたのかもしれない。

 地面に手をついても、なかなか立ち上がれない。


 だったら、立ち上がらない。

 這ってでもいく。

 遥のそばにいく。


 もしかしたら、また奇跡を起こせるかもしれない。

 掃除の時間にキスしたら、イジメをなくせたみたいに。二人が揃えば大逆転は起こせるはずだ。


 背中を踏まれる。

 脇腹を蹴られる。

 それでも隼人は止まらない。


「弱ぇくせに、なんでまだ動けるんじゃ、このクソが!」


 誰かに顔を蹴られた。

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